解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第9章 §4.9.1 ★★★ 外から動かすパラメータ R を含む H^(R) を選び、各 R での固有状態 ∣n(R)⟩ を並べる。固有状態の位相は R ごとに自由に選べる
第1部第14章(第1部第14章)では、Hamiltonian に含まれるパラメータ λ を周期に比べてゆっくり変えると、作用変数 J がほとんど変わらないことを示した。理由は、J の変化の速さ J˙=−λ˙∂Λ/∂θ が角変数 θ について振動していて、1周で平均すると 0 になることだった。量子力学では作用変数は量子数で数えられる(第4部第4章の調和振動子では Jn=(n+21)ℏ)。したがって古典の断熱不変性の量子版は「パラメータをゆっくり変えても、系は同じ番号の固有状態にとどまる」という主張になる。これを断熱定理と呼ぶ。
断熱定理の主張そのものは、第3部第5章(第3部第5章)で断熱消磁の計算に使い、証明の骨格は近似の数理 第7章(近似の数理 第7章)で示した。この章で扱うのは、断熱定理が言い残していることである。量子状態は固有状態の番号だけでなく位相も持つ。パラメータを1周させて元の Hamiltonian に戻したとき、状態は元の固有状態に戻るが、位相はエネルギーの時間積分 −ℏ1∫Endt だけでは決まらず、パラメータが描いた閉曲線の形だけで決まる項 γn が加わる。これを Berry 位相と呼ぶ1M. V. Berry (1984), Proc. R. Soc. Lond. A 392, 45–57.。Berry 位相は、パラメータの空間で定義されるベクトルポテンシャル(Berry 接続)の周回積分として書け、その回転(Berry 曲率)は固有値が縮退する点に置いた磁気単極子の磁場の形になる。
解析力学の言葉では、この章の計算は次の2つの対応の上に組み立てる。第1に、時刻とともに動く固有状態の組を基底に選ぶことは、時刻を含む正準変換を行うことにあたり、新しい Hamiltonian に第1部第14章の λ˙Λ と同じ形の余分な項が付く。第2に、その余分な項のうち速く振動する部分は平均で消え(断熱定理)、振動しない部分が位相に残る(Berry 位相)。古典力学でも、ゆっくり1周させた可積分系の角変数には ∫ωdt のほかに幾何学的なずれが残り、Foucault の振り子の振動面の回転がその例になる。
4.9.1節でパラメータを含む Hamiltonian とその瞬間の固有状態を選び、4.9.2節で動く基底への変換と断熱定理を当てる。4.9.3節から4.9.5節が「出てくるもの」で、Berry 位相とそのゲージ不変性、Berry 曲率と縮退点の単極子、Aharonov–Bohm 効果と Foucault の振り子を順に扱う。4.9.6節では、授業の断熱近似の式と Born–Oppenheimer 近似の式に、この章の項を書き足して並べる。
選ぶ Hamiltonian
この章で選ぶのは、外から動かすことのできるパラメータの組 R=(R1,R2,…) を含む Hamiltonian
H^=H^(R),R=R(t)(4.9.1)
である。R は系の力学変数ではなく、実験者が決める時刻の関数で、磁場の向き、閉じ込めのポテンシャルの位置、分子の中の原子核の位置などにあたる。第1部第14章と第3部第5章で使った1つのパラメータ λ を、複数の成分を持つ R に広げたものである。成分が2つ以上あることが、この章では本質になる。パラメータが1つだけなら、λ を変えて元に戻す道は行って帰る往復しかないが、2つ以上あれば、面積を囲む閉曲線を描いて元に戻ることができる。
各 R を止めたときの固有値問題
H^(R)∣n(R)⟩=En(R)∣n(R)⟩,⟨m(R)∣n(R)⟩=δmn(4.9.2)
の解を瞬間の固有状態、En(R) を瞬間の固有値と呼ぶ。この章では、注目する準位 En(R) が考える範囲の R で縮退しない(ほかの準位と離れている)とする。離れている度合いをギャップ
g=Rminm=nmin∣Em(R)−En(R)∣(4.9.3)
で測る。
固有状態の位相は決まっていない
式 (4.9.2) は、∣n(R)⟩ を位相因子 eiχ(R) 倍しても成り立つ。χ(R) は R の任意の実関数でよい。つまり、瞬間の固有状態は「方向」(Hilbert 空間の中の1次元の部分空間)までは H^(R) で決まるが、各 R での位相は決まらない。数値計算で H^(R) を対角化すると、固有ベクトルの位相は R ごとにでたらめに出てくる。この自由度を変える操作
∣n(R)⟩ → eiχ(R)∣n(R)⟩(4.9.4)
を、電磁気のゲージ変換になぞらえてゲージ変換と呼ぶ。名前だけの類似ではなく、4.9.3節で見るとおり、この変換で Berry 接続が An→An−∇Rχ と電磁場のベクトルポテンシャルと同じ形で変わる。物理的な結果は、ゲージ変換で変わらない量で書けなければならない。
古典力学の対応物は、作用角変数の角変数 θ の原点の選び方である。第1部第14章では各 λ で角変数を定めたが、どこを θ=0 に選ぶかは λ ごとに自由だった。その選び方を λ によって変えると、母関数 W(q,J;λ) の λ 依存性が変わり、Λ=∂W/∂λ も変わる。量子力学では、角変数の原点の自由度が固有状態の位相の自由度になっている。
例:磁場の中のスピン 21
この章を通して使う例は、向きを変えられる磁場の中のスピン 21 である。電子のスピンの Hamiltonian −μ^⋅B=μBB⋅σ(g≈2)を、エネルギーの次元を持つベクトル R=μBB で書くと
H^(R)=R⋅σ=Rxσx+Ryσy+Rzσz(4.9.5)
になる。パラメータの空間は3次元で、R を極座標 (R,θ,φ) で書き、向きを単位ベクトル n=(sinθcosφ,sinθsinφ,cosθ) で表す。(n⋅σ)2=1 なので固有値は E±=±R、ギャップは 2R で、R=0 でだけ2つの準位が縮退する。固有状態は
∣+(R)⟩=(cos2θeiφsin2θ),∣−(R)⟩=(−e−iφsin2θcos2θ)(4.9.6)
と選べる。∣+⟩ はスピンが n の向きを向いた状態(⟨σ⟩=n)で、エネルギーは高い方である。固有状態は R=∣R∣ に依らず、向き (θ,φ) だけで決まる。
式 (4.9.6) の位相の選び方には癖がある。北極 θ=0 では ∣+⟩=(1,0) で φ に依らないが、南極 θ=π では ∣+⟩=(0,eiφ) となり、同じ点 n=(0,0,−1) なのに φ ごとに違うベクトルになってしまう。全体に e−iφ を掛けると南極ではよくなるが、今度は北極で φ に依る。球面全体で滑らかで1価な位相の選び方は存在しない。この事実は4.9.4節で、縮退点 R=0 に単極子があることとして説明される。
例題 4.9.1 磁場の向きに沿ったスピンの状態 ★★
オリジナル式 (4.9.5) の Hamiltonian について次の問いに答えよ。
- (1) 式 (4.9.6) の ∣+⟩ が固有値 +R の固有状態であることを確かめ、⟨σ⟩=n を示せ。
- (2) R が y 軸の正の向き(θ=φ=π/2)のとき ∣+⟩ を書き、σy の固有値 +1 の固有ベクトルになっていることを確かめよ。
- (3) 南極 θ=π で ∣+⟩ が φ に依ることを示し、e−iφ∣+⟩ に取り替えるとどこで同じ問題が起きるかを述べよ。
解答
(1) c=cos2θ, s=sin2θ と書く。R⋅σ=R(cosθsinθeiφsinθe−iφ−cosθ) なので、第1成分は R(cosθc+sinθs)=Rc(cosθ+2s2)=Rc(sinθ=2sc、cosθ=1−2s2 を使った)、第2成分は Reiφ(sinθc−cosθs)=Reiφs(2c2−cosθ)=Reiφs。よって固有値 +R である。期待値は ⟨σz⟩=c2−s2=cosθ、⟨σx⟩+i⟨σy⟩=2⟨σ+⟩ で、σ+=(0010) を使うと2ceiφs=sinθeiφ。実部と虚部から ⟨σx⟩=sinθcosφ、⟨σy⟩=sinθsinφ で、⟨σ⟩=n である。
(2) θ=π/2 で c=s=1/2、eiπ/2=i なので ∣+⟩=21(1,i)T。σy(1,i)T=(−i⋅i, i⋅1)T=(1,i)T で、固有値 +1 の固有ベクトルである。
(3) θ=π で c=0, s=1 なので ∣+⟩=(0,eiφ)T。φ=0 と φ=π/2 で (0,1) と (0,i) になり、同じ点で違うベクトルを与える(位相が1価でない)。e−iφ∣+⟩=(e−iφc, s)T は南極で (0,1) と1価になるが、北極 θ=0 で (e−iφ,0) となり、今度は北極で φ に依る。どちらの選び方でも球面のどこか1点で1価性が破れる。
1 M. V. Berry (1984), Proc. R. Soc. Lond. A 392, 45–57.
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