光学と量子エレクトロニクス 第19章 §19.3 ★★★ 共鳴の光は Bloch ベクトルを面積 ∫Ωdt だけ回す。緩和があると Rabi 振動は率 (1/T1+1/T2)/2 で減衰し、原子ごとの離調のばらつきで消えた信号は π パルスでエコーとして戻る
パルスの面積
共鳴(Δ=0)では回転軸 Ω=(−Ω,0,0) の向きが Ω の大きさに依らないので、Ω が時間とともに変わるパルスでも、Bloch ベクトルは同じ軸のまわりを回る。回る角は
Θ=∫−∞∞Ω(t)dt(19.11)
で決まり、パルスの形には依らない。これをパルスの面積と呼ぶ。緩和が無視できる短いパルスでは、南極から出発して ρee=sin2(Θ/2) になる。Θ=π/2 のパルス(π/2 パルス)は ∣g⟩ を ∣e⟩ と ∣g⟩ の等しい重ね合わせへ、Θ=π のパルス(π パルス)は ∣g⟩ を ∣e⟩ へ移す。π パルスは占有を完全に反転させる操作で、Ramsey 分光(第24章・第28章、第24章・第28章)や原子干渉計の基本の操作になる。Θ=2π のパルスでは R は元に戻るが、状態ベクトルは −1 倍になる。Bloch ベクトルは状態の全体の位相を見ないので、この符号は別の準位との干渉でだけ観測される。
例題 19.4 ガウス型の π パルス ★★
オリジナルRabi 周波数の時間変化が Ω(t)=Ω0e−t2/τ2、τ=10ns のパルスを、緩和の無視できる原子に当てる。
- (1) 共鳴で π パルスになる Ω0 を求めよ。
- (2) 共鳴では、パルスの形が違っても面積が π なら占有が完全に反転することを、式 (19.5) から示せ。
- (3) 同じパルスを Δ/2π=5MHz で当てると、反転は完全でなくなる。その理由を球の上で述べよ(数値積分すると ρee=0.947)。
解答
(1) ∫Ω0e−t2/τ2dt=Ω0τπ=π から Ω0=π/τ=1.77×108s−1、Ω0/2π=28.2MHz。
(2) Δ=0 では u˙=0 で、v˙=Ω(t)w、w˙=−Ω(t)v になる。新しい時間変数 ϑ(t)=∫−∞tΩdt′ を使うと dv/dϑ=w、dw/dϑ=−v で、Ω(t) が消える。初期値 (v,w)=(0,−1) の解は v=−sinϑ、w=−cosϑ で、パルスの後は ϑ=Θ だけで決まる。Θ=π で w=+1。
(3) Δ=0 では回転軸 (−Ω(t),0,−Δ) の向きが時間とともに変わり、Ω が小さいパルスの裾では軸が −w 方向へ傾く。そのため回転は1本の軸のまわりの角 Θ の回転にまとまらず、R は北極を外れる。この例では Δ がパルスの中心の Ω0 の 0.18 倍で、反転は 95% にとどまる。離調に対して反転を頑丈にする方法が、軸をゆっくり倒す断熱急速通過(第24章)である。
減衰する Rabi 振動
連続の光を当て続けると、緩和のために Rabi 振動は減衰し、定常状態へ落ち着く。共鳴では式 (19.9) の u が他から切り離され、(v,w) は
dtd(vw)=(−1/T2−ΩΩ−1/T1)(vw)−(01/T1)(19.12)
に従う。行列の固有値は −a±iλ で、
a=21(T11+T21),λ=Ω2−41(T11−T21)2(19.13)
である。∣g⟩(v=0、w=−1、したがって w˙(0)=0)から出発する解は
w(t)=wss−(1+wss)e−at(cosλt+λasinλt),wss=−1+Ω2T1T21(19.14)
になる。自然放出だけのとき(T1=1/Γ、T2=2/Γ)は a=3Γ/4、λ=Ω2−Γ2/16 である。減衰の率 3Γ/4 は、占有の緩和 Γ とコヒーレンスの緩和 Γ/2 の平均になっている。Rabi 振動の間、Bloch ベクトルは v 軸と w 軸の間を行き来し、半分の時間は占有として、半分の時間はコヒーレンスとして減衰を受けるからである。

図 19.2 共鳴の減衰する Rabi 振動(Ω=3Γ、自然放出だけ)。点線が光 Bloch 方程式の解 (19.14)(数値積分とも一致する)、細い実線が緩和を無視した sin2(Ωt/2)。振動は e−3Γt/4 で減衰し、定常値 Ω2/(2Ω2+Γ2)=9/19 に落ち着く。
図 19.2 のように、定常状態の占有は 1/2 を超えない。強い光では wss→0 で、原子は ∣e⟩ と ∣g⟩ を半分ずつ占める完全な混合状態(Bloch 球の中心)に落ち着く。振動が見えるためには、減衰の時間 1/a の間に何周期か回る必要があり、Ω≫Γ が条件になる。
不均一な広がりとエコー
気体の原子は Doppler 効果で、固体の中の不純物は周りの環境の違いで、原子ごとに遷移周波数が少しずつ違う。それぞれの原子の離調が違うと、自由に歳差する間に (u,v) 面の中での向きがばらばらになり、集まり全体のコヒーレンス(分極)は個々の原子の T2 より速く消える。離調の分布の幅で決まるこの見かけの減衰の時間を T2∗ と書き、不均一な広がりと呼ぶ。個々の原子の T2 による広がり(均一な広がり)とは、次の操作で区別できる。
時刻 0 に π/2 パルスを当てると、すべての原子の R は南極から (0,−1,0) へ倒れる。そこから光を切ると、離調 Δ の原子の u+iv は e−iΔt で回り、向きが広がる。時刻 τ に u 軸のまわりの π パルスを当てると (u,v,w)→(u,−v,−w) で、u+iv は複素共役になる。その後も同じ向きに回るので、時刻 t では eiΔτe−iΔ(t−τ) の位相を持ち、t=2τ で Δ に依らず元の向きにそろう。速い原子も遅い原子も、往きに広がった分だけ帰りに戻るからである。そろった瞬間に集まりの分極が戻って光を出し、これをエコーと呼ぶ。エコーの大きさは、ばらつきで消えた分を除き、個々の原子の T2 だけで e−2τ/T2 に減る。磁気共鳴のスピンエコー(E. L. Hahn (1950)、Phys. Rev. 80, 580)を光の遷移で行ったものが光子エコー(N. A. Kurnit, I. D. Abella, S. R. Hartmann (1964)、Phys. Rev. Lett. 13, 567、ルビーの結晶)である。
例題 19.5 エコーで T2 と T2∗ を分ける ★★
オリジナル固体の中の不純物の原子の集まりで、遷移周波数のばらつきが標準偏差 σΔ/2π=100kHz の正規分布をしている。個々の原子の横緩和時間を T2=50μs とし、T1 は十分長いとする。パルスの Rabi 周波数は Ω/2π=10MHz である。
- (1) π/2 パルスと π パルスの長さを求め、パルスの間はばらつきを無視してよい理由を述べよ。
- (2) π/2 パルスの直後から光を切ったとき、集まりの ⟨u+iv⟩ の大きさが 1/e になる時間を求めよ(T2 による減衰は無視する)。
- (3) τ=10μs に π パルスを当てたときの、時刻 2τ のエコーの大きさを、π/2 パルスの直後の値との比で答えよ。
解答
(1) 長さは Θ/Ω で、π/2 パルスが (π/2)/(2π×107s−1)=25ns、π パルスが 50ns。回転軸の傾きは Δ/Ω∼σΔ/Ω=0.01 程度で、パルスの間に離調で回る角も σΔ×50ns=0.03 と小さいので、パルスはすべての原子を同じように回す。
(2) π/2 パルスの後の u+iv=−i が、各原子で −ie−iΔt になる。正規分布で平均すると ⟨e−iΔt⟩=e−σΔ2t2/2 なので、大きさが 1/e になるのは t=2/σΔ=2.25μs。これが T2∗ で、T2 より20倍以上短い。
(3) 時刻 2τ で位相のばらつきはちょうど打ち消し、残るのは T2 による減衰 e−2τ/T2=e−20/50=0.670 だけである。π パルスの時刻 τ を変えてエコーの大きさを測れば、その傾きから T2 が、エコーの幅から T2∗ が分かる。
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