光学と量子エレクトロニクス 第19章 §19.4 ★★★ 光 Bloch 方程式の定常解は、弱い光では Lorentz 振動子の近共鳴の分極率に一致し、強い光では飽和パラメータ s に従って吸収が 1/(1+s) に下がり、線が 1+s0 倍に広がる。3準位では結合光が吸収の中心に透明な窓を開く
定常解
式 (19.9) の左辺を 0 とおくと、3元の連立1次方程式になる。解くと
wss=−1+s1,uss−ivss=1−iΔT2iΩT2⋅1+s1,s=1+Δ2T22Ω2T1T2(19.15)
で、励起状態の占有は
ρee=21+wss=2(1+s)s(19.16)
である。s を飽和パラメータと呼ぶ。s は光の強度 I∝Ω2 に比例し、s≪1 では原子はほぼ ∣g⟩ にあり、s≫1 では ρee→1/2 に近づく。
自然放出だけのとき(T1=1/Γ、T2=2/Γ)は
ρee=Δ2+Γ2/4+Ω2/2Ω2/4=1+s0+4Δ2/Γ2s0/2,s0=Γ22Ω2=IsatI(19.17)
になる。s0 は共鳴での飽和パラメータで、光の強度で書くと飽和強度 Isat との比である。I=21cε0E02 と Ω=degE0/ℏ、自然放出の率 Γ=ω03deg2/(3πε0ℏc3) を入れると
Isat=12πc2ℏω03Γ=3λ3πhcΓ(19.18)
を得る。deg は消え、波長と線幅だけで決まる。原子は1秒に Γρee 個の光子を散乱し、強い光でもその上限は Γ/2 である。
弱い光:Lorentz 振動子の近共鳴の形
s≪1 のとき、式 (19.15) と分極率 α=deg(u−iv)/E0 から
α(ωL)=ℏdeg2ω0−ωL−i/T21(19.19)
を得る。第11章(第11章)の Lorentz 振動子の分極率 (e2/m)f/(ω02−ω2−iγω) を共鳴の近くで ω02−ω2≈2ω0(ω0−ω) と近似すると、(fe2/2mω0)/(ω0−ω−iγ/2) になる。第1章(第1章)の振動子強度 f=2mω0deg2/(ℏe2) を入れると係数は deg2/ℏ で、式 (19.19) と完全に一致する。対応は γ/2=1/T2 である。つまり、弱い光に対して2準位原子は Lorentz 振動子として振る舞い、振動子の現象論的な減衰 γ は横緩和の率 2/T2 に当たる。吸収の線は全幅 2/T2 の Lorentz 型で、自然放出だけなら全幅は Γ である。
吸収の断面積を、原子が散乱する光のエネルギーと入射の強度の比 σabs=ℏωΓρee/I で求めると、弱い光・共鳴では
σ0=ε0ℏcΓ2ω0deg2=2π3λ2(19.20)
になる。これは第10章の σ0=fe2/(ε0mcγ) に上の f と γ=Γ を入れたものと同じで、遷移の強さによらず波長だけで決まる。
強い光:飽和とパワー広がり
s が 1 に近づくと、式 (19.15) の u−iv は弱い光の値の 1/(1+s) 倍になる。分極率も吸収の断面積も 1/(1+s) 倍に下がり、媒質の吸収は強い光ほど弱くなる。これが飽和吸収である。上の準位の占有が増えて誘導放出が吸収を打ち消し始めることと、コヒーレンスが占有の差 w に比例して小さくなることが、同じ因子 1/(1+s) にまとまっている。
s は離調にも依るので、飽和の度合いは共鳴の中心で最も大きく、裾では小さい。そのため吸収の線は中心が削られて平らになり、幅が広がる。式 (19.17) の ρee の半値全幅は
Γpb=Γ1+s0(一般の T1,T2 では T221+Ω2T1T2)(19.21)
で、これをパワー広がりと呼ぶ(図 19.3)。強い光で線幅を測ると、自然幅より広い値が出る。分光で自然幅を測るには s0≪1 まで光を弱める必要がある(第24章)。

図 19.3 定常状態の励起状態の占有 (19.17)(自然放出だけ)。s0=I/Isat を大きくすると、中心の高さは 1/2 で頭打ちになり、裾は伸び続けるので、半値全幅 Γ1+s0 で線が広がる。
例題 19.6 原子の共鳴線の飽和 ★★
オリジナル波長 λ=780.2nm、自然放出の率 Γ/2π=6.07MHz の遷移を、閉じた2準位系とみなす。
- (1) 飽和強度 Isat を求めよ。
- (2) 共鳴で I=10Isat の光を当てた。Rabi 周波数、光子の散乱率、パワー広がりした線の全幅を求めよ。
- (3) (2) の光自身に対する原子1個あたりの吸収の断面積は、弱い光のときの何倍か。
解答
(1) 式 (19.18) から Isat=πhcΓ/(3λ3)=π×1.986×10−25×3.814×107/(3×4.749×10−19)=16.7Wm−2(1.67mWcm−2)。1mW の光を 1cm2 に広げた程度の強さで、飽和が始まる。
(2) s0=2Ω2/Γ2=10 から Ω=5Γ、Ω/2π=13.6MHz。散乱率は Γρee=(Γ/2)s0/(1+s0)=(3.814×107/2)×10/11=1.73×107s−1 で、上限 Γ/2 の 91%。全幅は Γ11/2π=20.1MHz で、自然幅の3.3倍に広がる。
(3) 式 (19.15) のとおり、分極率の虚部は弱い光の値の 1/(1+s0)=1/11=0.091 倍になり、吸収の断面積も同じ倍率で下がる。散乱率 Γρee は (2) のとおり強度ほどには増えず、断面積=散乱率×ℏω/強度 が強度とともに下がるからである。媒質は共鳴の中心で吸収をほぼ失い、強い光は減衰せずに奥まで届く。
3準位の電磁誘起透明化
第11章では、結合した2つの Lorentz 振動子で吸収の中心に透明な窓が開くことを見た。その量子論の取り扱いを、光 Bloch 方程式を3準位へ広げて行う。2つの下の準位 ∣g⟩、∣s⟩ と1つの上の準位 ∣e⟩ を持つ原子(Λ 型)に、∣g⟩–∣e⟩ の遷移を探る弱い光(Rabi 周波数 Ωp、離調 Δp)と、∣s⟩–∣e⟩ の遷移を結ぶ強い光(結合光、Rabi 周波数 Ωc、離調 Δc)を当てる。2つの光の周波数でそれぞれ回る座標では
ℏH^=−Δp∣e⟩⟨e∣−δ∣s⟩⟨s∣−21(Ωp∣e⟩⟨g∣+Ωc∣e⟩⟨s∣+h.c.),δ=Δp−Δc(19.22)
で、δ は2光子の離調である。探りの光が弱いので原子はほぼ ∣g⟩ にあり、ρgg≈1 として ρeg と ρsg の1次の式だけを残す。コヒーレンスの減衰率を γeg(自然放出だけなら Γ/2)と γsg(下の2準位の間。ふつうは非常に小さい)とすると
ρ˙eg=i(Δpρeg+2Ωp+2Ωcρsg)−γegρeg,ρ˙sg=i(δρsg+2Ωcρeg)−γsgρsg
になる。定常解は
ρeg=γeg−iΔp+γsg−iδΩc2/4iΩp/2(19.23)
である。Ωc=0 とおくと、2準位の弱い光の解(式 (19.15) で s→0、ρeg=(u−iv)/2、γeg=1/T2)に戻る。
N 個の原子の媒質の感受率は χ=2Ndegρeg/(ε0Ep)(Ep は探りの光の振幅)で、式 (19.23) を書き直すと
χ=ε0ℏNdeg2−Δp−iγeg+δ+iγsgΩc2/41
になる。これは第11章の結合した2振動子の感受率と同じ形で、振動子1の減衰 γ1/2 が γeg に、振動子2の減衰 γ2/2 が γsg に、古典の結合の強さが結合光の Rabi 周波数に、係数 ωp2f/(2ω0) が Ndeg2/(ε0ℏ) に対応する。γsg→0、δ=0 では分母が発散して χ=0 になり、探りの光は吸収も屈折もされない。量子論ではこの透明化を、∣g⟩ から ∣e⟩ へ行く道と、∣g⟩→∣e⟩→∣s⟩→∣e⟩ と回る道の振幅が打ち消し合う干渉として理解する。原子は ∣g⟩ と ∣s⟩ の重ね合わせで、光と結合しない状態(暗い状態)に入る(第18章で縮退した準位について見た暗い状態の、2つの基底状態の重ね合わせ版。コヒーレントな捕獲と呼ぶ)。γsg が小さいことが要るのは、この重ね合わせの相対位相が長く保たれる必要があるからである。実験では K.-J. Boller, A. Imamoğlu, S. E. Harris (1991)、Phys. Rev. Lett. 66, 2593 がストロンチウムの蒸気で初めて観測した。
窓の中心で Reχ の傾きは dReχ/dδ=4Ndeg2/(ε0ℏΩc2) で、群屈折率は ng≈ω0dn/dω=2ω0Ndeg2/(ε0ℏΩc2) になる。結合光の無いときの共鳴の吸収係数 αabs=Nσ0 で書き直すと、長さ L の媒質での遅延は τd=Lng/c=2γegαabsL/Ωc2 である。窓の半幅は Ωc2/(4γeg) 程度なので、遅延と窓の半幅の積は αabsL/2 で、第11章の古典の模型と同じ結論になる。
例題 19.7 冷たい原子の気体の遅い光 ★★
オリジナルλ=780.2nm、Γ/2π=6.07MHz(γeg=Γ/2)の遷移を持つ Λ 型の原子の気体を、数密度 N=1×1017m−3、長さ L=1mm とする。結合光の Rabi 周波数を Ωc/2π=2MHz、δ=Δp(結合光は共鳴)とする。
- (1) 結合光が無いときの、共鳴での光学的厚さ αabsL を求めよ。
- (2) γsg=0 として、窓の中心でのパルスの遅延、群屈折率、窓の半幅を求めよ。
- (3) γsg/2π=10kHz のとき、中心の吸収係数は結合光の無いときの何倍か。透過率も求めよ。
解答
(1) 式 (19.20) から σ0=3λ2/(2π)=2.91×10−13m2、αabsL=Nσ0L=29.1。透過率 e−29 で、結合光が無ければ光はまったく通らない。
(2) τd=2γegαabsL/Ωc2=ΓαabsL/Ωc2=3.814×107×29.06/(2π×2×106)2=7.02μs。ng=cτd/L=2.1×106 で、光は 1mm を 140m/s で進む。窓の半幅は Ωc2/(4γeg)=Ωc2/(2Γ) で、周波数にして 329kHz。積は 7.02μs×2π×329kHz=14.5=αabsL/2。
(3) 式 (19.23) で Δp=δ=0 とおくと、分母は γeg+Ωc2/(4γsg) で、吸収は 1/[1+Ωc2/(4γegγsg)]=1/(1+32.9)=0.0295 倍になる。光学的厚さは 29.1×0.0295=0.856、透過率は e−0.856=0.425。下の2準位のコヒーレンスがわずか 10kHz で壊れるだけで、窓の透過は半分以下になる。
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