光学と量子エレクトロニクス 第26章 §26.4 ★★★ 磁場の勾配で Zeeman のずれを位置に比例させ、円偏光の向きを選ぶと、Doppler のずれと同じ形で位置に比例する復元力が加わる。原子は過減衰の調和振動子として中心に集まる
光の糖蜜は原子を閉じ込めない
式 (26.4) の力は速度だけに依存し、位置によらない。冷えた原子は止まるのでなく、でたらめな蹴りを受けて糖蜜の中を拡散し、いずれ光の外へ出ていく。原子を1か所に集めるには、位置に比例する復元力が要る。散乱力が光の強さに比例し、原子の内部状態が光の強さによらない限り、散乱力だけで安定な平衡点を作れないことが知られている(光の Earnshaw の定理。Ashkin と Gordon 1983、Opt. Lett. 8, 511)。この制約を外すために、原子の遷移周波数を位置で変える。
1次元の模型
基底状態が Jg=0、励起状態が Je=1(副準位 me=−1,0,+1)の原子を考える。x 軸に沿って B=bx の磁場をかけ(b は勾配で、x=0 で磁場が0)、x 軸を量子化軸にとる。励起状態の副準位は Zeeman 効果で meμeffbx だけずれる(μeff=geμB は励起状態の磁気モーメントで、ge は Landé の g 因子)。+x 向きに進む光は Δm=+1 の遷移を、−x 向きに進む光は Δm=−1 の遷移を起こすように円偏光を選ぶ(どちらも +x 軸を量子化軸にとった σ+ と σ−)。
x>0 では me=−1 の準位が下がり、∣g⟩→∣me=−1⟩ の遷移周波数が ω0−μeffbx/ℏ に下がる。赤く離調した光にとってはこれが共鳴に近づくことで、−x 向きの光(Δm=−1)の離調は Δ+μeffbx/ℏ になる。+x 向きの光(Δm=+1)は me=+1 との遷移を起こし、その離調は Δ−μeffbx/ℏ になる。Doppler のずれも合わせると、力は
F=ℏk[Γsc(Δ−kv−ℏμeffbx)−Γsc(Δ+kv+ℏμeffbx)](26.14)
である。式 (26.3) の kv が kv+μeffbx/ℏ に置き換わっただけなので、同じ展開から
F≈−ηv−κx,κ=ℏkμeffbη(26.15)
を得る。x>0 にいる原子は −x 向きの光をよく散乱し、中心へ押し戻される。Zeeman のずれは位置に比例して離調を変え、Doppler のずれは速度に比例して離調を変える。2つが同じ形で式に入るので、力も同じ形で位置と速度の1次になる。

図 26.4 1次元の磁気光学トラップの準位(模式図)。勾配 b の磁場で励起状態の副準位が位置に比例してずれる。赤く離調した光(破線)は、x>0 では me=−1 と、x<0 では me=+1 と共鳴に近い。−x 向きの光を σ−、+x 向きの光を σ+ に選ぶと、どちらの側でも原子は中心へ向かう光を多く散乱する
過減衰の振動子
式 (26.15) の運動方程式 mx¨+ηx˙+κx=0 は減衰振動子である。固有の角周波数は ωMOT=κ/m、減衰の速さは η/m で、η/m>2ωMOT なら振動せずに中心へ戻る(過減衰)。実際の磁気光学トラップはふつう過減衰で、その場合の遅いほうの緩和の速さはおよそ κ/η である。復元力が働く範囲は、Zeeman のずれが離調の程度になる距離 ℏ∣Δ∣/(μeffb) までで、その外では原子はどちらの光とも共鳴から外れる。
3次元では、互いに逆向きの電流を流した1対のコイル(反 Helmholtz の配置)で、中心で0になり、そのまわりで位置に比例する四重極の磁場を作る。∇⋅B=0 から、コイルの軸の方向の勾配は横方向の勾配の2倍で符号が逆になる。そこへ3対の円偏光の光を当てたものが磁気光学トラップ(MOT)で、Raab たち(1987、Phys. Rev. Lett. 59, 2631)が実現した。今日の冷却原子の実験の多くは、この装置で原子を集めることから始まる。
例題 26.5 ルビジウムの磁気光学トラップのばね定数 ★★
オリジナル87Rb の閉じた遷移では、励起状態の磁気モーメントの実効値を μeff=μB とおいてよい。各光の s=1、Δ=−Γ、磁場の勾配 b=0.1Tm−1(10Gcm−1)とする。1次元の式 (26.4), (26.15) を使う。
- (1) η, κ, ωMOT/2π を求め、過減衰かどうか判定せよ。
- (2) 復元力が働く範囲 ℏ∣Δ∣/(μeffb) を求めよ。
- (3) 式 (26.8) の温度で等分配 κ⟨x2⟩=kBT が成り立つとして、原子の雲の広がり ⟨x2⟩ を求めよ。
解答
(1) ℏk2=(1.0546×10−34)(8.053×106)2=6.84×10−21kgs−1 である。s=1, Δ/Γ=−1 では分母が (1+1+4)2=36 なので
η=368ℏk2=1.52×10−21kgs−1,mη=1.05×104s−1.
ばね定数は κ=ημBb/(ℏk)=(1.52×10−21)(9.274×10−24)(0.1)/(8.49×10−28)=1.66×10−18Nm−1、ωMOT=κ/m=3.39×103s−1 で、ωMOT/2π=540Hz である。η/m=1.05×104s−1 は 2ωMOT=6.78×103s−1 より大きいので過減衰である。
(2) ℏΓ/(μBb)=(1.0546×10−34)(3.81×107)/((9.274×10−24)(0.1))m=4.33mm である。光のビームの太さ(数 mm から 1 cm)と同じ程度で、ビームの中に入った遅い原子はほぼすべて中心へ引き寄せられる。
(3) 式 (26.8) で s=1, 2∣Δ∣/Γ=2 とすると kBT=4ℏΓ⋅26=43ℏΓ、すなわち T=1.5TD=218μK である。⟨x2⟩=kBT/κ=(1.3806×10−23)(2.18×10−4)/(1.66×10−18)m=43μm になる。実際の磁気光学トラップの雲はこれより大きく、原子の数が多いほど大きくなる。ある原子が出した蛍光の光子を別の原子が吸収することで、原子どうしが押し合うからである(Walker・Sesko・Wieman 1990、Phys. Rev. Lett. 64, 408)。1原子の模型の答え 43μm は、原子が少ないときの下限の目安である。
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