相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第1部 第4章 §1.4.4 ★★★ データを統計量にまとめても相対エントロピーが減らないこと、条件付き分布がパラメータによらないこと、尤度が因子分解されること、の3つが同じであることを示す
統計量はデータの処理である
パラメータ θ で番号づけられた分布の族 {pθ} から、データ X が1つ出るとする。たとえば X=(X1,…,Xn) は、表の出る確率が θ のコインを n 回投げた結果である。データの関数 T(X)(表の回数など)を統計量と呼ぶ。統計量を計算することは関数による処理なので、系 1.4.2(ii) から、2つのパラメータ θ,θ′ について
D(pθT∥pθ′T)≤D(pθ∥pθ′)(1.4.18)
が成り立つ。ここで pθT(t)=∑x:T(x)=tpθ(x) は統計量の分布である。D(pθ∥pθ′) は「データから θ と θ′ を見分ける難しさの逆」を測る量で(第1部第8章 の Stein の補題で正確な意味を与える)、統計量にまとめると見分ける力は一般に下がる。下がらないのはどういう統計量か、というのがこの節の問いである。
3つの言い方が同じであること
定義 1.4.4(十分統計量)
統計量 T が族 {pθ} について十分であるとは、pθT(t)>0 となるすべての t で、T(X)=t を与えたときのデータの条件付き分布
pθ(xT(X)=t)=pθT(t)pθ(x)(T(x)=t)
が θ によらないことをいう。
言葉で言えば、T の値を知った後でデータの残りの部分がどう出るかには θ が関わらない。θ についての情報は T にすべて入っていて、残りはパラメータと無関係な雑音である。
定理 1.4.5(十分統計量の3つの特徴づけ ★★★)
族 {pθ} のすべての分布が同じ台(正になる x の集合)を持つとする。統計量 T について次の3つは同値である。
- (a) T は十分統計量である。
- (b) すべての θ,θ′ で D(pθT∥pθ′T)=D(pθ∥pθ′)(式 (1.4.18) で等号)。
- (c) 関数 gθ と、θ によらない関数 h があって、pθ(x)=gθ(T(x))h(x) と書ける(因子分解)。
証明
(a)⇒(c):pθ(x)=pθT(T(x))⋅p(x∣T(x)) で、第2因子は (a) から θ によらない。gθ=pθT、h(x)=p(x∣T(x)) と置けばよい。
(c)⇒(b):pθT(t)=gθ(t)∑x:T(x)=th(x) なので、T(x)=t のとき
pθ′(x)pθ(x)=gθ′(t)gθ(t)=pθ′T(t)pθT(t)
となり、尤度の比は T(x) だけで決まる。よってD(pθ∥pθ′)=∑tpθT(t)ln(pθT(t)/pθ′T(t))=D(pθT∥pθ′T)。
(b)⇒(a):X と T=T(X) の組に連鎖律を当てる。T は X で決まるので D(pXT∥qXT)=D(pθ∥pθ′) であり、T を先に分けると
D(pθ∥pθ′)=D(pθT∥pθ′T)+t∑pθT(t)D(pθ(⋅∣t)∥pθ′(⋅∣t)).(1.4.19)
(b) から第2項は 0 で、各項が非負なので pθT(t)>0 のすべての t で pθ(⋅∣t)=pθ′(⋅∣t)。台が共通なので D は有限であり、これがすべての θ,θ′ で成り立つので、条件付き分布は θ によらない。
式 (1.4.19) の第2項は、統計量にまとめたときに失われる「見分ける力」を、T の値ごとの条件付き分布の違いとして書いたものである。十分統計量はこれを 0 にする統計量にほかならない。
Bayes の見方:Θ→X→T
パラメータを確率変数 Θ とみなし、事前分布 w(θ)>0 を1つ置くと、Θ→X→T(X) は Markov 連鎖になる(T は X だけから作る)。定理 1.4.3 から I(Θ;T)≤I(Θ;X) で、その差は式 (1.4.15) により I(Θ;X∣T) である。これが 0 になることは、T を与えたとき Θ と X が条件付き独立であること、すなわち p(x∣t,θ) が θ によらないことと同じなので、
T が十分⟺I(Θ;T(X))=I(Θ;X)(1.4.20)
が成り立つ(w がすべての θ に正の確率を置くかぎり、どの事前分布で調べてもよい)。十分統計量は、データについての驚き(エントロピー)を捨てつつ、パラメータについての相互情報量だけは残す要約である。
2つの仮説なら尤度比が十分
θ が θ0,θ1 の2つしかないとき、尤度比 Λ(x)=pθ1(x)/pθ0(x) は十分統計量である。実際 pθ1(x)=Λ(x)pθ0(x) は、gθ1(λ)=λ, gθ0(λ)=1, h=pθ0 とした因子分解 (c) になっている。D(pθ0∥pθ1)=⟨−lnΛ⟩pθ0 が Λ の分布だけで書けることも、これと同じ事情を表す。しかも任意の十分統計量 T について尤度比は T の関数になる((c) から Λ=gθ1(T)/gθ0(T))ので、尤度比はもっとも粗い十分統計量(最小十分統計量)である。2つの仮説を見分ける検定がすべて尤度比で書けるという Neyman–Pearson の補題は、第1部第8章 で相対エントロピーとともに扱う。
例題 1.4.4 コイン投げの表の回数は十分 ★★★
オリジナル表の確率 θ のコインを3回投げ、結果を X=(X1,X2,X3)(表 =1)とする。θ=1/2 と θ′=1/5 を比べる。
- D(pθ∥pθ′) を求めよ。
- 表の回数 T=X1+X2+X3 の分布は二項分布である。D(pθT∥pθ′T) を求め、(1) と等しいことを確かめよ。
- T=t を与えたときの X の条件付き分布を求め、T が十分であることを定義 1.4.4 から確かめよ。
- 1回目だけ X1、最初の2回の和 X1+X2 という統計量について、相対エントロピーを求めて式 (1.4.18) を確かめよ。
解答
- 3回は独立なので pθ は1回の分布の積で、連鎖律を3回使うと D は1回分の和になる。1回分はD(Bern(1/2)∥Bern(1/5))=21ln1/51/2+21ln4/51/2=21ln1625=0.2231 nat。よって D(pθ∥pθ′)=3×0.2231=0.6694 nat。
- pθT(t)=(t3)θt(1−θ)3−t。比は (t3) が消えて (θ/θ′)t((1−θ)/(1−θ′))3−t=(5/2)t(5/8)3−t。θ=1/2 のもとでの平均は ⟨T⟩=3/2 を使ってD(pθT∥pθ′T)=⟨T⟩ln25+⟨3−T⟩ln85=23(ln25+ln85)=23ln1625=0.6694 nat で、(1) と等しい。
- T(x)=t となる x について pθ(x)=θt(1−θ)3−t で、どの x も同じ確率を持つので、pθ(x∣T=t)=θt(1−θ)3−t/(t3)θt(1−θ)3−t=1/(t3)。θ によらないので T は十分である。表が何回目に出たかには θ についての情報が含まれていない。
- X1 は1回分なので 0.2231 nat、X1+X2 は2回分の十分統計量なので 2×0.2231=0.4463 nat。どちらも 0.6694 より小さく、3回目(と1・2回目の一部)を捨てた分だけ見分ける力が下がる。
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