相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第1部 第4章 §1.4.3 ★★★ 観測をどう加工しても、もとの量についての相互情報量は増えない。I(X;Z)≤I(X;Y) を2通りに示す
主張と1つ目の証明
定理 1.4.3(相互情報量のデータ処理不等式 ★★★)
X→Y→Z が Markov 連鎖なら
I(X;Z)≤I(X;Y).(1.4.14)
等号が成り立つのは X→Z→Y も Markov 連鎖のとき(Z を知れば Y は X について何も付け加えないとき)に限る。
証明(相対エントロピーの単調性から)
1.4.1節の式 (1.4.5) により、通信路 id⊗W2 は pXY を pXZ に、pXpY を pXpZ に移す。定理 1.4.1 を当てると
I(X;Z)=D(pXZ∥pXpZ)≤D(pXY∥pXpY)=I(X;Y).□
この証明は1行で、相互情報量に固有の計算を何も使っていない。相互情報量は「実際の同時分布」と「独立とした分布」の相対エントロピーであり、Y を加工する処理は両方に同じように当たるので、相対エントロピーの単調性がそのまま相互情報量の単調性になる。
2つ目の証明:相互情報量の連鎖律
等号条件をはっきりさせるために、前の章で予告した形の証明も書く。前の章(第1部第3章)では、Z=z を知った後の X と Y の相互情報量を pZ で平均した条件付き相互情報量 I(X;Y∣Z) を定義し、それが非負で、0 になるのは Z を与えたとき X と Y が条件付き独立なときに限ることと、相互情報量の連鎖律 I(X;Y,Z)=I(X;Y)+I(X;Z∣Y) を示した。連鎖律の右辺で Y と Z の役を入れ替えた I(X;Y,Z)=I(X;Z)+I(X;Y∣Z) も成り立つので、2通りの展開を等しいと置いて
I(X;Z)+I(X;Y∣Z)=I(X;Y)+I(X;Z∣Y).(1.4.15)
X→Y→Z では式 (1.4.4) から I(X;Z∣Y)=0 なので、
I(X;Y)−I(X;Z)=I(X;Y∣Z)≥0.
差は I(X;Y∣Z) で、それが 0 になるのは Z を与えたとき X と Y が条件付き独立なとき、すなわち X→Z→Y のときである。これで定理 1.4.3 の等号条件も示された。
X→Y→Z なら逆向きの Z→Y→X も Markov 連鎖なので(1.4.1節)、X と Z の役を入れ替えて I(X;Z)≤I(Y;Z) も成り立つ。Z は X についても、自分を作った Y についても、それぞれの相互情報量を超える情報を持たない。特に Z=g(Y) と関数で決まるときは
I(X;g(Y))≤I(X;Y)(1.4.16)
である。観測値を丸める・ヒストグラムにまとめる・判定結果だけを残す、といった操作で、もとの量 X についての情報が増えることはない。特に Y=X、Z=g(X) とおくと X→X→g(X) は Markov 連鎖で、I(X;X)=H(X)、I(X;g(X))=H(g(X))−H(g(X)∣X)=H(g(X)) なので
H(g(X))≤H(X)(1.4.17)
を得る。前々章(第1部第2章)で示した「関数で移すとエントロピーは増えない」は、データ処理不等式のもっとも簡単な場合である。
Markov 性を外すと成り立たない
X と Z を独立な公平なコイン(0 か 1)とし、Y=X⊕Z(排他的論理和)とする。Y だけを見ても X について何も分からないので I(X;Y)=0 だが、Z を知った後では Y から X が決まるので I(X;Y∣Z)=ln2 である。条件を付けると相互情報量が増えることがある。この例では Z は Y から作られておらず X→Y→Z が成り立たないので、定理 1.4.3 とは矛盾しない。データ処理不等式を使う前には、加工した量が本当に Y だけから(X を見ずに)作られているかを確かめる必要がある。

図 1.4.3 一様な入力 X を誤り確率 0.1 の2値対称通信路に n 段通した出力 Zn との相互情報量(正確な値なので点線)。X→Z1→Z2→⋯ は Markov 連鎖なので、定理 1.4.3 により段を進むたびに減る
例題 1.4.3 2段の通信路で相互情報量を比べる ★★
オリジナルX を公平なコインとし、Y は X を誤り確率 0.1 の2値対称通信路に通した出力、Z は Y を誤り確率 0.2 の2値対称通信路に通した出力とする。一様な入力を誤り確率 ε の2値対称通信路に入れたときの入力と出力の相互情報量は ln2−hb(ε) である(前の章の例題で示した。hb は二値エントロピー)。
- I(X;Y) と I(X;Z) を nat とビットで求め、定理 1.4.3 を確かめよ。
- I(Y;Z) を求め、逆向きの連鎖 Z→Y→X から出る不等式 I(X;Z)≤I(Y;Z) を確かめよ。
- 差 I(X;Y)−I(X;Z) が I(X;Y∣Z) に等しいことを使ってその値を求め、正である理由を述べよ。
解答
- I(X;Y)=ln2−hb(0.1)=0.6931−0.3251=0.3681 nat =0.531 ビット。例題 1.4.1 より X から Z への通信路は誤り確率 0.26 の2値対称通信路なので、I(X;Z)=ln2−hb(0.26)=0.6931−0.5731=0.1201 nat =0.173 ビット。0.1201<0.3681 で定理のとおりである。(I(X;Y) の値は D((0.9,0.1)∥(0.5,0.5)) にも等しく、例題 1.4.2 の 0.3681 と同じ数である。)
- Y も一様なので(一様分布は2値対称通信路で一様のまま)、Y から Z は一様入力の誤り確率 0.2 の通信路である。I(Y;Z)=ln2−hb(0.2)=0.6931−0.5004=0.1927 nat。I(X;Z)=0.1201≤0.1927 で不等式は成り立つ。Z は X を直接見ておらず、X についての情報はすべて Y を経由したものなので、Y についての情報より少ない。
- 式 (1.4.15) に I(X;Z∣Y)=0 を入れると、差は I(X;Y∣Z)=0.3681−0.1201=0.2480 nat になる。これが正であるのは、Z を知った後でも Y を見ると X についての情報が増えるからである。Z は Y に雑音を加えたものなので、X との相関は Y の方が強い。X→Z→Y は成り立たず、等号条件は満たされない。
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