相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部 第3章 §3.3.6 ★★ 古典のデータ処理不等式・Shannon エントロピーの強劣加法性・マスター方程式の H 定理は、すべて状態が交換する場合の特別な場合
情報理論の授業:データ処理不等式と Markov 連鎖
情報理論の授業では、データ処理不等式を「X→Y→Z が Markov 連鎖なら I(X;Z)≤I(X;Y)」と習う。第1部第4章で示したように、これは確率行列 W についてのD(Wp∥Wq)≤D(p∥q) を、p=pXY、q=pXpY に当てたものだった。量子の定理 3.3.2 は、すべての状態を同じ基底で対角に取り、チャネルを K^yx=W(y∣x)∣y⟩⟨x∣ に限ると、この古典の不等式に戻る。対角の状態 diag(p) は diag(Wp) に写り、対角どうしの D は古典の D だからである。
Shannon エントロピーの強劣加法性
H(X,Y)+H(Y,Z)≥H(X,Y,Z)+H(Y)⟺I(X;Z∣Y)≥0(3.3.18)
は、授業では「条件付き相互情報量は非負」として1行で示す。I(X;Z∣Y)=∑yp(y)D(pXZ∣y∥pX∣ypZ∣y) と Y の値ごとの D の平均に書けるからである。等号は各 y で X と Z が独立なとき、すなわち X→Y→Z が Markov 連鎖のときに限る。式 (3.3.16) の量子 Markov 連鎖は、この古典の条件を、値を持たない B に移したものである。量子では「値ごとに分ける」ことができないので、Lieb の凹性定理という別の道具が要った。
統計力学の授業:エントロピー密度と H 定理
並進対称な1次元の系(スピン鎖や定常な確率過程)で、連続する n 個の部分のエントロピーを S(n) と書く。強劣加法性を、A=左端の1個、B=真ん中の n−1 個、C=右端の1個に当てると S(n)+S(n)≥S(n+1)+S(n−1)、すなわち
S(n+1)−S(n)≤S(n)−S(n−1)(3.3.19)
を得る。1個増やしたときのエントロピーの増分は単調に減るので、S(n) は n について凹で、S(n)/n は n→∞ で極限(エントロピー密度)を持つ。統計力学の授業で「エントロピーは示量的」と言うときの limS/N の存在は、この不等式を根拠にしている。
統計力学の授業では、マスター方程式 dtdpi=∑j(wijpj−wjipi) について「H=∑ipiln(pi/πi) が減る」と習う(Boltzmann の H 定理の離散版)。これは 3.3.4節の量子 H 定理 (3.3.13) で、状態とチャネルを対角に限ったものである。量子の場合はこれに、対角でないコヒーレンスの減衰が加わる。