相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部 第3章 §3.3.4 ★★★ 比べる2つの状態の選び方を替えると、単調性1本から「局所操作で相関は増えない」「測定で取り出せる情報は Holevo 量以下」「定常状態への D は減り続ける」が出る
局所操作で相互情報量は増えない
B だけにチャネル NB を当てる。比べる2つの状態を ρ^AB と ρ^A⊗ρ^B に取ると、後の組は(idA⊗NB)(ρ^AB) と ρ^A⊗NB(ρ^B) で、後者はちょうど前者の周辺の積になっている。よって単調性から
I(A;B′)≤I(A;B),B′ は NB を当てた後の系.(3.3.11)
A と B が離れていて、それぞれが手元の系に何をしても(測定・ノイズ・補助系との相互作用を含む)、2人の間の相互情報量は増えない。例題 3.3.1 はこの特別な場合で、失われた分は捨てた環境が持ち去った I(A;E∣B′) だった。
Holevo 限界
送り手が古典の記号 x を確率 px で選び、量子状態 ρ^x にして送る。受け手は何らかの測定をして結果 y を得る。受け手が得られる情報 I(X;Y) には次の上限がある。
定理 3.3.8(Holevo 限界 ★★★)
どのような測定をしても
I(X;Y)≤χ({px,ρ^x})=S(x∑pxρ^x)−x∑pxS(ρ^x).(3.3.12)
証明
送り手の記号を量子系 X の直交基底 ∣x⟩ に書いた古典量子状態 ρ^XB=∑xpx∣x⟩⟨x∣⊗ρ^x を考える。ρ^X=∑px∣x⟩⟨x∣、ρ^B=ρˉ:=∑pxρ^x で、ブロック対角なので S(XB)=H(p)+∑pxS(ρ^x)。よってI(X;B)=H(p)+S(ρˉ)−H(p)−∑pxS(ρ^x)=χ。受け手の測定は、B を測って結果を古典の記録 ∣y⟩⟨y∣ に書く B だけのチャネルなので、式 (3.3.11) から I(X;Y)≤I(X;B)=χ。測定後の ρ^XY は対角で、その量子相互情報量は古典の I(X;Y) に等しい。
この上限は A. S. Holevo(1973)による1A. S. Holevo (1973), Probl. Peredachi Inf. 9(3), 3.。前の章では χ≥0(凹性)だけを示し、上限としての意味をこの章に残していた。純粋状態どうしが直交しないとき χ<H(p) となり、1回の測定で記号を完全に読み出すことはできない。多数回の送信での容量(Holevo–Schumacher–Westmoreland の定理)は第3部第7章(第3部第7章)で扱う。
例題 3.3.4 直交しない2状態から取り出せる情報 ★★★
オリジナル送り手は確率 1/2 ずつで ∣0⟩ か ∣+⟩=(∣0⟩+∣1⟩)/2 を送る。
- 平均の状態 ρˉ の固有値を求め、Holevo 量 χ を求めよ。
- 受け手が Z 基底(∣0⟩、∣1⟩)で測ったときの I(X;Y) を求めよ。
- 受け手が実の基底 ∣b0⟩=cosφ∣0⟩+sinφ∣1⟩、∣b1⟩=−sinφ∣0⟩+cosφ∣1⟩ で測る。φ=−π/8 のとき、結果 b0 を「∣0⟩ だった」、b1 を「∣+⟩ だった」と読む誤り確率 Pe と I(X;Y) を求め、χ と比べよ。
解答
(1) ρˉ=21(∣0⟩⟨0∣+∣+⟩⟨+∣)=(3/41/41/41/4)。トレース 1、行列式 3/16−1/16=1/8 から固有値は 21±42、すなわち cos2(π/8)=0.8536 と sin2(π/8)=0.1464。2つの状態は純粋なので χ=S(ρˉ)=hb(cos2(π/8))=0.4165 nat。
(2) ∣0⟩ を送ると必ず 0、∣+⟩ を送ると 0 と 1 が 1/2 ずつ。Y の分布は (3/4,1/4) で H(Y)=hb(1/4)、H(Y∣X)=21⋅0+21ln2。I(X;Y)=hb(1/4)−21ln2=0.5623−0.3466=0.2158 nat。
(3) ∣⟨b1∣0⟩∣2=sin2φ=sin2(π/8)、∣⟨b0∣+⟩∣2=21(cosφ+sinφ)2=21(1+sin2φ)=21(1−21)=sin2(π/8)。2種類の誤りの確率が等しく Pe=sin2(π/8)=21(1−1/2)=0.1464。これは誤り確率 Pe の2値対称通信路で入力が一様なので、I(X;Y)=ln2−hb(Pe)=0.6931−0.4165=0.2767 nat。0.2158<0.2767<0.4165=χ で、Holevo 限界は破れていない。Pe が ρˉ の小さい方の固有値と同じ数になるのは、2つの純粋状態の重なり ∣⟨0∣+⟩∣=1/2 だけで両方が決まるからである。図 3.3.2 のように、この族の測定の中では φ=−π/8 で I(X;Y) が最大になる。

図 3.3.2 例題 3.3.4 の2状態 ∣0⟩、∣+⟩ を、角度 φ の実の基底で測ったときの相互情報量 I(X;Y)(実線)と Holevo 量 χ(点線)。φ=0 は Z 基底、φ=−π/8 が最大 0.2767 nat、φ=−3π/8 では2状態から同じ分布が出て I=0。実線は常に点線の下にある
量子 H 定理
比べる相手を、チャネルの定常状態 σ^(N(σ^)=σ^)に取る。同じ N を何度も当てた ρ^n=Nn(ρ^0) について、単調性から
D(ρ^n+1∥σ^)=D(N(ρ^n)∥N(σ^))≤D(ρ^n∥σ^).(3.3.13)
これが量子 H 定理で、古典の Markov 連鎖の H 定理(第1部第4章)と同じく、詳細つり合いを仮定しない。定常状態が完全に混ざった状態 1/d のとき(N(1)=1 を満たす単位的なチャネル)は D(ρ^∥1/d)=lnd−S(ρ^) なので、von Neumann エントロピーが増え続ける。熱浴との接触のように定常状態が Gibbs 状態 ρ^β なら、kBTD(ρ^n∥ρ^β)=F(ρ^n)−Feq(前の章)なので、非平衡の自由エネルギーが減り続ける。このときエントロピーそのものは単調とは限らない。連続時間の Lindblad 方程式での同じ主張は Spohn(1978)による2H. Spohn (1978), J. Math. Phys. 19, 1227.。
例として、温度 T の熱浴と接した2準位系を、1刻みごとの一般化振幅減衰チャネルで表す。Kraus 演算子は、0≤γ≤1、0≤q≤1 として
K^1K^3=q(1001−γ),=1−q(1−γ001),K^2K^4=q(00γ0),=1−q(0γ00)(3.3.14)
で、定常状態は σ^=q∣0⟩⟨0∣+(1−q)∣1⟩⟨1∣ である。K^2 は ∣1⟩→∣0⟩ の緩和、K^4 は熱による ∣0⟩→∣1⟩ の励起を表す。Bloch ベクトルで書くと、1刻みで rz↦(1−γ)rz+γ(2q−1)、rx,ry↦1−γ(rx,ry) となる。
γ=0.3、q=0.9、初めの状態を ∣+⟩⟨+∣ として D(ρ^n∥σ^) と S(ρ^n) を計算したものが図 3.3.3 である。D(ρ^0∥σ^)=−21ln(0.9×0.1)=1.2040 nat から単調に減る。一方 S(ρ^n) は 0 から増えて n=4 で 0.3457 nat の最大を取り、定常状態のエントロピー S(σ^)=hb(0.1)=0.3251 nat を上から越えたあと減っていく。純粋な ∣+⟩ のコヒーレンスが失われる途中で、状態がいったん定常状態より混ざるからである。第二法則の役をするのは S でなく D(⋅∥σ^) だということが、この図に表れている。

図 3.3.3 一般化振幅減衰チャネル(γ=0.3、q=0.9)を ∣+⟩⟨+∣ に繰り返し当てたとき。D(ρ^n∥σ^) は単調に減るが、S(ρ^n) は n=4 で最大を取り、定常値 S(σ^)(点線)を上から越えてから近づく
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 系と熱浴の結合の強さ λ→0(時間を λ−2 で測る van Hove 極限)で、熱浴の記憶を無視して1刻みのチャネルの繰り返しで書く | 証明 条件付き(弱結合の極限で Markov 半群になることは Davies 1974 が証明。有限の結合では記憶が残る) | 行き先 近似の数理 第14章
1 A. S. Holevo (1973), Probl. Peredachi Inf. 9(3), 3.
2 H. Spohn (1978), J. Math. Phys. 19, 1227.
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com