相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部 第5章 §3.5.3 ★★★ ∣Φ+⟩ を測ると E=cos(α−β) で S=22 になること、量子力学の中では 22 が上限であること、2量子ビットの状態で達成できる最大の S を相関行列で書くこと
量子の箱
量子力学では、Alice の設定 x に固有値 ±1 の観測量 A^x(A^x2=1)が対応し、結果 a の射影子は Π^a∣xA=(1+aA^x)/2 である。Bob も同じく B^y を持つ。状態 ρ^AB を測ったときの箱と相関は
p(ab∣xy)=Tr[ρ^ABΠ^a∣xA⊗Π^b∣yB],Exy=Tr[ρ^ABA^x⊗B^y](3.5.8)
である。量子ビットでは、x–z 面の向き α の観測量 A^(α)=cosαZ+sinαX を使う(偏光なら偏光板の角度に、スピンならStern–Gerlach の磁石の向きに当たる)。
∣Φ+⟩=(∣00⟩+∣11⟩)/2 では ⟨Φ+∣Z⊗Z∣Φ+⟩=⟨Φ+∣X⊗X∣Φ+⟩=1、⟨Φ+∣Z⊗X∣Φ+⟩=⟨Φ+∣X⊗Z∣Φ+⟩=0 なので
E(α,β)=cosαcosβ+sinαsinβ=cos(α−β)(3.5.9)
となる。一重項 ∣Ψ−⟩=(∣01⟩−∣10⟩)/2 では同じ計算で E=−cos(α−β) になる。どちらでも、それぞれの結果の周辺は一様である。
図 3.5.2 に、量子の相関 cosθ と古典の角度の模型 1−2θ/π を並べる。θ=0,π/2,π の3点では一致するが、その間では ∣cosθ∣ の方が大きい。例題 3.5.2 (3) と同じ角度 α0=0、α1=π/2、β0=π/4、β1=−π/4 にとると、
S=3cos4π−cos43π=24=22≈2.828(3.5.10)
となり、CHSH 不等式を破る。CHSH ゲームの勝率は式 (3.5.7) から 21+42=cos28π≈0.8536 で、局所の上限 3/4 を上回る。量子の箱は、4つの設定の組のどれでも勝率 cos2(π/8) を持つ。局所の最適な戦略が3つの組で必ず勝ち1つの組で必ず負けるのとは、勝ち方の配り方が違う。

図 3.5.2 ∣Φ+⟩ を x–z 面の向き α,β で測った相関(実線)と、式 (3.5.4) の局所の角度の模型(破線)。どちらも厳密な値。CHSH の角度 π/4 と 3π/4 の点で、量子は ±0.707、局所の模型は ±0.5 をとり、S はそれぞれ 22 と 2 になる
Tsirelson 限界
量子の箱は S=22 に達し、PR 箱は S=4 に達する。量子力学の中でどこまで上がれるかは次の定理で決まる。
定理 3.5.3(Tsirelson 限界 ★★★)
任意の次元の Hilbert 空間 HA⊗HB 上の任意の状態 ρ^AB と、A^x2=1、B^y2=1 を満たす任意のエルミートな観測量について、∣S∣≤22 である(Cirel'son 1980、Lett. Math. Phys. 4、93)。
証明
S^:=A^0⊗(B^0+B^1)+A^1⊗(B^0−B^1) とおくと S=Trρ^ABS^ である。A^x2=B^y2=1 を使って2乗を展開すると、交差項が打ち消し合って
S^2=41⊗1−[A^0,A^1]⊗[B^0,B^1](3.5.11)
となる。∥A^0A^1∥≤1 だから ∥[A^0,A^1]∥≤2、Bob の側も同じなので、∥S^2∥≤4+2⋅2=8、∥S^∥≤22 を得る。期待値は作用素ノルムを超えないので ∣S∣≤22 である。
上界の 22 に等号で達するには、式 (3.5.11) で [A^0,A^1] のノルムが 2 になる必要がある。量子ビットではこれは A^0 と A^1 が反交換する(Z と X のように Bloch 球の上で直交する)ことで、式 (3.5.10) の角度はこの条件を満たしている。同じ不等式は、作用素の2乗の和で書くこともできる。P^1:=A^0⊗1−1⊗(B^0+B^1)/2、P^2:=A^1⊗1−1⊗(B^0−B^1)/2 とおくと
221−S^=21(P^12+P^22)(3.5.12)
が成り立つ(右辺を展開すると A^x2=B^y2=1 から P^12+P^22=4⋅1−2S^)。右辺は半正定値なので Trρ^ABS^≤22 が出る。等号は P^1 と P^2 が状態を消すとき、すなわち Alice の観測量の結果と Bob の観測量の組み合わせの結果がそろうときに成り立つ。
3つの集合の S の上限を並べると、局所の箱 L で 2、量子の箱 Q で 22、無信号の箱 NS で 4 となる。L⊊Q⊊NS である。
2量子ビットの状態で達成できる最大の S
2量子ビットの状態 ρ^AB が与えられたとき、観測量の向きを最適に選んで達成できる S の最大値は、相関行列
Tij:=Tr[ρ^ABσi⊗σj](σ1,σ2,σ3=X,Y,Z)(3.5.13)
だけで決まる。
定理 3.5.4(Horodecki の判定条件 ★★)
TTT の大きい方から2つの固有値を t1≥t2 とすると、Bloch 球の向きを自由に選んだときの S の最大値は 2t1+t2 である(R. Horodecki・P. Horodecki・M. Horodecki 1995、Phys. Lett. A 200、340)。
証明
観測量を単位ベクトル ax,by で A^x=ax⋅σ、B^y=by⋅σ と書くと Exy=ax⋅Tby なのでS=a0⋅T(b0+b1)+a1⋅T(b0−b1)。b0+b1 と b0−b1 は直交し、長さは 2cosϕ、2sinϕ(2ϕ は b0,b1 のなす角)である。それぞれの方向の単位ベクトルを c,c′ とし、a0,a1 をそれぞれ Tc、Tc′ の向きにとると S=2(cosϕ∣Tc∣+sinϕ∣Tc′∣)。ϕ について最大化すると 2∣Tc∣2+∣Tc′∣2 になり、直交する2つの単位ベクトル c,c′ について ∣Tc∣2+∣Tc′∣2=c⋅TTTc+c′⋅TTTc′ の最大値はTTT の大きい方から2つの固有値の和 t1+t2 である。
例題 3.5.3 Werner 状態が CHSH 不等式を破る範囲 ★★★
オリジナルWerner 状態 ρ^V=V∣Φ+⟩⟨Φ+∣+(1−V)1/4(0≤V≤1)を考える。
- (1) 相関行列 T を求めよ。
- (2) 定理 3.5.4 から S の最大値を求め、CHSH 不等式を破る V の範囲を答えよ。
- (3) V=0.8 で、式 (3.5.10) と同じ向きに測ったときの S を求めよ。
解答
(1) 1/4 の部分から Tr[(1/4)σi⊗σj]=0 が出る。∣Φ+⟩ では X⊗X と Z⊗Z の期待値が 1、Y⊗Y の期待値が −1(Y⊗Y∣00⟩=−∣11⟩ なので)、異なる Pauli の組の期待値は 0 である。よって T=diag(V,−V,V)。
(2) TTT=V213 で、固有値はすべて V2。S の最大値は 22V2=22V である。CHSH 不等式を破るのは 22V>2、すなわち V>1/2≈0.7071 のときである。
(3) ρ^V の相関は ∣Φ+⟩ の相関の V 倍なので、式 (3.5.9) から E(α,β)=Vcos(α−β)、S=22×0.8≈2.263。(2) の最大値と一致し、この向きが最適である。V=0.6 なら最大でも 22×0.6≈1.697<2 で、どの向きに測っても CHSH 不等式は破れない。
ほかの巻では
- 光学と量子エレクトロニクス 第33章:光子対の偏光の相関 E=cos2(α−β) と Aspect の実験の値が読める。記号の対応:向こうの章では S を散乱行列にも使う
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com