光学と量子エレクトロニクス 第33章 §33.4 ★★★ χ(2) の結晶は真空から2モードのスクイーズド真空 ∑ntanhnζ∣n,n⟩/coshζ を作り、片方の腕は熱的、2つの腕の相互相関は 2+1/⟨n^⟩ で古典の Cauchy–Schwarz の上限を破る。J=0→1→0 のカスケードは偏光でもつれた対 (∣xx⟩+∣yy⟩)/2 を出し、相関は cos2(α−β)
パラメトリック下方変換を量子化する
第17章では、χ(2) の結晶の中で、強いポンプ光(角周波数 ωp)がシグナル光(ωs)とアイドラー光(ωi、ωs+ωi=ωp)を増幅することを古典の結合波方程式で示した。位相整合した長さ L の結晶で、シグナル光の振幅は cosh(gL) 倍になる(第17章の式)。古典の式では、シグナル光もアイドラー光も入れなければ何も出てこない。量子化すると、入れなかったモードにも真空があり、その真空から光子の対が生まれる。これが自発パラメトリック下方変換(spontaneous parametric down-conversion、SPDC)である。
ポンプを古典の振幅のまま残し(33.5節の近似)、シグナルとアイドラーのモードを1つずつ取り出すと、相互作用は2つのモードの生成演算子の積 a^s†a^i† とそのエルミート共役になる。ポンプ光子1個が消えてシグナルとアイドラーの光子が1個ずつ生まれる項と、その逆の項である。結晶を通り抜ける間の時間発展は、ポンプの位相を選んで
S^2(ζ)=exp[ζ(a^s†a^i†−a^sa^i)],ζ=gL(33.15)
と書ける。ζ を2モードのスクイーズのパラメータと呼ぶ。これは第31章の S^2(ζ)(式 (31.25))と同じ演算子で、ポンプの位相を選んで ζ を実数にしたので ζ は第31章のスクイーズの強さ r に等しい。この章では r を反射の振幅に使う。K^=a^s†a^i†−a^sa^i について [a^s,K^]=a^i†、[a^i†,K^]=a^s なので、Heisenberg 描像では双曲線関数の級数にまとまり、
S^2†a^sS^2=a^scoshζ+a^i†sinhζ,S^2†a^iS^2=a^icoshζ+a^s†sinhζ(33.16)
になる。これは第17章の古典の解(シグナルの振幅が cosh(gL) 倍、アイドラーにシグナルの複素共役が sinh(gL) で混ざる)を演算子に読み替えたもので、ビームスプリッタの cosθ, sinθ が coshζ, sinhζ に替わった形をしている。ビームスプリッタは a^ と a^ を混ぜて光子の数の和を保つのに対し、下方変換は a^ と a^† を混ぜて光子の数の差 n^s−n^i を保つ(対で生まれるので)。
真空から出発したシグナルの光子の数は、式 (33.16) の期待値をとって
⟨n^s⟩=sinh2ζ=cosh2(gL)−1(33.17)
である。この sinh2ζ は式 (33.16) の a^i†sinhζ の項から出て、アイドラーの腕に光子を1個入れたときにシグナルへ移る分と同じ大きさである。入れなかったアイドラーの真空のゆらぎが、シグナルの光子になる。
2モードのスクイーズド真空
状態で書くと、真空に S^2(ζ) を当てた状態は
∣ψSPDC⟩=S^2(ζ)∣0,0⟩=coshζ1n=0∑∞tanhnζ∣n⟩s∣n⟩i(33.18)
である(S^2 を正規順序に並べ直す公式から出る。verify で打ち切った Fock 空間の数値と照合した)。シグナルとアイドラーの光子の数はいつも等しく、この状態を2モードのスクイーズド真空と呼ぶ。ζ が小さいとき、展開の頭は
∣ψSPDC⟩≈∣0,0⟩+ζ∣1,1⟩+O(ζ2)
で、ほとんどの時間は何も出ず、ときどき光子の対が1組だけ出る。対が2組同時に出る確率は、1組の確率の tanh2ζ 倍である。
片方の腕(シグナル)だけを見ると、アイドラーについて部分トレースをとって
ρ^s=cosh2ζ1n∑tanh2nζ∣n⟩⟨n∣
で、これは平均 sinh2ζ の熱的な分布(第32章の熱的な光、gss(2)(0)=2)である。2つの腕を合わせると純粋状態で、片方だけでは熱的な混合状態になる。この違いが、2つの腕のもつれの表れである(相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部第4章)。
2つの腕の相関は、相互相関 gsi(2)=⟨n^sn^i⟩/(⟨n^s⟩⟨n^i⟩) で測る。式 (33.18) では n^s=n^i なので、熱的な分布の ⟨n^2⟩=2nˉ2+nˉ(nˉ=sinh2ζ)から
gsi(2)=2+sinh2ζ1(33.19)
になる。古典の強度 Is, Ii では、Cauchy–Schwarz の不等式 ⟨IsIi⟩2≤⟨Is2⟩⟨Ii2⟩ から (gsi(2))2≤gss(2)gii(2) が成り立つ。SPDC の光では右辺が 2×2=4 なのに左辺が (2+1/nˉ)2>4 で、どんなに小さな nˉ でも破れる。対が少ないほど、片方の光子の到着がもう片方の到着を強く告げる。
告知した1光子
アイドラーの腕に検出器を置き、鳴ったときだけシグナルの光子を使えば、シグナルの腕に1光子の状態を用意できる。これを告知した(heralded)1光子と呼ぶ。検出器が光子の数を区別せず「1個以上来たら鳴る」とすると、鳴ったときのシグナルの状態は、式 (33.18) の n≥1 の項を集めたもの
ρ^s∣h∝n≥1∑tanh2nζ∣n⟩⟨n∣
である。n=1 の割合は 1−tanh2ζ で、g(2)(0) は
gh(2)(0)=1+nˉ2nˉ≈2nˉ(33.20)
になる(n=m+1 と置き、m が平均 nˉ の熱的な分布に従うことを使う)。nˉ を小さくするほど単一光子に近づくが、対の出る速さも下がる。2組同時に出ることが告知した1光子の不純物で、その割合と速さの釣り合いで源の明るさを選ぶ。
結晶の中では、エネルギー ℏωp=ℏωs+ℏωi と運動量 ℏkp=ℏks+ℏki(位相整合。第17章の Δk=0)が保たれる。連続波のポンプでは ωp が決まっているので、シグナルの周波数が帯域の中で高ければアイドラーは低く、2つの周波数は逆向きに相関する。2個の光子が生まれる時刻は、帯域の逆数(コヒーレンス時間)の程度でそろう。同じ源から出た2個の光子を 33.3節の2つの入口に入れれば、HOM の谷の幅で生まれた時刻の差を測れる。
原子のカスケードと偏光のもつれ
光子対のもう1つの源は、2つの遷移を続けて起こす原子である。Ca 原子の 4p21S0(J=0、偶)を励起すると、4s4p1P1(J=1、奇)へ波長 551.3nm の光子を出して移り、続けて基底状態 4s21S0(J=0、偶)へ 422.7nm の光子を出す(図 33.4。波長は Aspect ほか (1982) の値)。2つの遷移はどちらも第18章の電気双極子の遷移で、始めと終わりの準位がともに J=0 なので、2個の光子の対は角運動量 0 と偶の偶奇性を原子から受け継ぐ。

図 33.4 Ca の J=0→1→0 のカスケード。z 軸に沿って逆向きに出る2個の光子は、中間の m=±1 のどちらを通ったかが分からないので、2つの経路の振幅が重なる(m=0 からは z 軸の向きに光子が出ない)。
2個の光子を z 軸に沿って逆向き(光子1が +z、光子2が −z)に取り出す。z の向きに進む光子は z 軸まわりの角運動量 ±ℏ しか運べないので、中間の準位は m=−1 か m=+1 で、m=0 は通らない。光子1が角運動量 +ℏ を運べば原子は m=−1 に移り、そこから光子2が −ℏ を運んで m=0 に戻る。偏光で書くと、z 軸まわりの角運動量 ±ℏ の偏光ベクトルは e±=∓(ex±iey)/2 なので、2つの経路の和は e+⊗e−+e−⊗e+=−(ex⊗ex+ey⊗ey) になる。2つの経路の相対的な符号は対称性で決まる。z 軸まわりの回転で不変な2光子の偏光の状態は ∣xx⟩+∣yy⟩ と ∣xy⟩−∣yx⟩ の2つで、xz 面での鏡映(y→−y)で前者は不変、後者は符号を変える。始めと終わりの原子の状態はどちらも J=0 で偶なのでこの鏡映で不変であり、光子の対も不変な前者になる。したがって
∣ψpol⟩=21(∣x⟩1∣x⟩2+∣y⟩1∣y⟩2)(33.21)
である。どちらの光子も単独では偏光していない(部分トレースが 21 の単位行列)が、2つの偏光は完全に相関している。相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部第5章(相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部第5章)の ∣Φ+⟩ と同じ形で、∣0⟩↔∣x⟩、∣1⟩↔∣y⟩ と対応づけたものである。
光子1を透過軸の角 α の偏光子に、光子2を角 β の偏光子に通す。透過する偏光は ∣α⟩=cosα∣x⟩+sinα∣y⟩ で、2つとも透過する確率は ∣⟨α∣⊗⟨β∣ψpol∣2=21cos2(α−β) である。透過を +1、反射(直交する偏光)を −1 と数えた相関は
E(α,β)=cos2(α−β)(33.22)
になる。偏光子の角が α だけ回ると Poincaré 球(第15章)の上では 2α だけ回るので、Bloch 球の角で書いた相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部第5章の E=cos(α−β) とは角が2倍だけ違う。CHSH の量 S=E(a,b)−E(a,b′)+E(a′,b)+E(a′,b′) は、偏光子の角を a=0∘, a′=45∘, b=22.5∘, b′=67.5∘ に選ぶと、4つの項がどれも大きさ cos45∘ で S=22 になり、局所的な隠れた変数の模型の上限 2 を超える(CHSH 不等式の導出と Tsirelson の上限 22 は相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部第5章)。
偏光でもつれた対は、SPDC でも作れる。シグナルとアイドラーが直交する偏光で生まれる位相整合(タイプ II)の結晶では、2つの円錐状の光の交わる2方向で (∣HV⟩+eiϕ∣VH⟩)/2 の対が得られる(P. G. Kwiat ほか (1995)、Phys. Rev. Lett. 75, 4337)。波長板(第15章)で ϕ と偏光の基底を回せば式 (33.21) の形にできる。
例題 33.4 ζ=0.1 の光子対の源 ★★
オリジナル1組のシグナルとアイドラーのモードについて、2モードのスクイーズのパラメータが ζ=0.1 の SPDC の源を考える。
- (1) nˉ=⟨n^s⟩、1組だけ出る確率 P(1,1)、2組と1組の確率の比を求めよ。
- (2) gss(2) と gsi(2) を求め、古典の Cauchy–Schwarz の不等式と比べよ。
- (3) アイドラーで告知したシグナルが1光子である割合と、gh(2)(0) を求めよ。
解答
(1) nˉ=sinh20.1=0.01003。式 (33.18) から P(n,n)=tanh2nζ/cosh2ζ で、P(1,1)=tanh2(0.1)/cosh2(0.1)=9.84×10−3、比 P(2,2)/P(1,1)=tanh2(0.1)=0.00993 である。1組の対を100回取るごとに、2組同時の事象が1回ほど混ざる。
(2) 片方の腕は熱的なので gss(2)=2。式 (33.19) から gsi(2)=2+1/0.01003=101.7。(gsi(2))2=1.03×104 は古典の上限 gss(2)gii(2)=4 の2500倍を超える。片方の腕の光子は熱的にばらばらに来るのに、2つの腕の到着は強く結びついている。
(3) 1光子である割合は 1−tanh2ζ=0.990、gh(2)(0)=2×0.01003/1.01003=0.0199 である。熱的な片方の腕の g(2)=2 が、アイドラーで告知するだけで 0.02 まで下がる。
例題 33.5 偏光でもつれた対の相関と CHSH ★★
オリジナル式 (33.21) の対の光子1を角 α、光子2を角 β の偏光子で調べる。
- (1) α−β=30∘ のとき、2つとも透過する確率と相関 E を求めよ。
- (2) 光子1の結果だけを見たとき、透過の確率が α に依らず 1/2 であることを示せ。
- (3) 本文の4つの角で S=22 となることを確かめよ。測定の装置の不完全さで相関が E=Fcos2(α−β) に縮むとき、S>2 となる F の範囲を求めよ。
解答
(1) 2つとも透過する確率は 21cos230∘=0.375。E=cos60∘=0.5 である。
(2) 光子2について和をとると、光子1が透過する確率は 21cos2(α−β)+21sin2(α−β)=21 で、α にも β にも依らない。光子2の偏光子の角を変えても光子1の統計は変わらず、片方の操作で他方へ信号を送ることはできない。
(3) E(a,b)=cos(−45∘)、E(a,b′)=cos(−135∘)=−cos45∘、E(a′,b)=cos45∘、E(a′,b′)=cos(−45∘) なので S=4cos45∘=22=2.828。縮んだ相関では S=22F で、S>2 には F>1/2=0.707 が要る。
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