第1部第4章(第1部第4章)では、確率行列 W を2つの分布に当てたときの D(Wp∥Wq)≤D(p∥q) を示し、等号の条件を調べた。統計量 T について、パラメータのどの2つの値でも D が減らないことは、T が十分統計量であること、すなわち T の値を知れば元のデータを T だけから(パラメータを知らずに)再現できることと同値だった。再現するための確率行列は、T を与えたときのデータの条件付き分布で、それはパラメータに依らない。
(ii) から (i) は前の節の議論そのもので、N と R にデータ処理不等式を1回ずつ当てれば挟み撃ちで等号が出る。(iii) から (ii) は、R=Pσ^,N と取ればよい(σ^ はいつも戻る)。(i) から (iii) は、D の等号から具体的な回復写像が出てくるという主張で、証明は Petz による1D. Petz (1986), Commun. Math. Phys. 105, 123; D. Petz (1988), Quart. J. Math. Oxford 39, 97。下の脚注へ。この証明は作用素の単調関数の議論を使うので、ここでは結果を使う。
式 (3.9.5) は、古典のBayes の公式の量子版として読める。古典で σ^ を事前分布 q(x)、N を通信路 W(y∣x) とすると、Pq,W(y→x)=W(y∣x)q(x)/(Wq)(y) は出力 y から入力 x を推す事後分布で、第1部第4章でデータ処理不等式の差を書くのに使った逆向きの条件付き分布と同じものである。σ^1/2 を両側から挟むのは、交換しない行列で「q(x) を掛ける」ことを対称に書くためである。
符号空間全体を戻す
誤り訂正では2つの状態でなく、符号空間 C のすべての状態を戻したい。比べる相手を符号空間の完全混合状態 σ^C=P^/dimC に固定すると、符号空間のどの状態 ρ^ も suppρ^⊆suppσ^C を満たす。Petz の定理を族に広げた形によれば、すべての ρ^ についてD(N(ρ^)∥N(σ^C))=D(ρ^∥σ^C) が成り立つことと、1つの写像 Pσ^C,N が符号空間全体を戻すことが同値になる。σ^C を使った Petz の回復写像は誤り訂正の文脈で「転置チャネル」と呼ばれ、等号が近似的にしか成り立たないときにもほぼ最良の回復を与える2H. Barnum and E. Knill (2002), J. Math. Phys. 43, 2097。D の減り方が小さければ回復の忠実度が高いことを不等式で示した結果は M. Junge, R. Renner, D. Sutter, M. M. Wilde and A. Winter (2018), Ann. Henri Poincaré 19, 2955。下の脚注へ。
D が 1.7578 から 0.9705 に減ったので、Petz の定理によりこの2つを同時に戻すチャネルは存在しない。
(3) Kraus 演算子 1−ε1 と εZ はエルミートなので N†=N、また N(σ^z)=σ^z である。σ^z は Z の固有基底で対角なので、行列 A^ の成分を Aij、σ^z の固有値を s0,s1 と書くと、σ^z−1/2A^σ^z−1/2 の非対角成分は A01/s0s1、N は非対角成分に 1−2ε を掛け、外側の σ^z1/2 が s0s1 を掛け戻す。対角成分はどの段でも変わらない。したがって Pσ^z,N は対角成分をそのまま、非対角成分を 1−2ε 倍する写像で、Pσ^z,N(N(ρ^z))=ρ^z は元に戻るが、Pσ^z,N(N(ρ^x))=21(1+(1−2ε)2rX) はさらに縮む。位相緩和は Z の固有基底で書いた古典の情報には何もしないが、重ね合わせの情報を失わせる。量子の符号は X の向きと Z の向きの両方を守らなければならない。
1 D. Petz (1986), Commun. Math. Phys. 105, 123; D. Petz (1988), Quart. J. Math. Oxford 39, 97。
2 H. Barnum and E. Knill (2002), J. Math. Phys. 43, 2097。D の減り方が小さければ回復の忠実度が高いことを不等式で示した結果は M. Junge, R. Renner, D. Sutter, M. M. Wilde and A. Winter (2018), Ann. Henri Poincaré 19, 2955。