相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第4部 第2章 §4.2.5 ★★ λ を止めて非保存力で駆動し続ける系では、熱浴に捨てた熱の分布が P(Σ)/P(−Σ)=eΣ を満たす
力で駆動された乱歩
ここまでは λ を動かして仕事をした。もう1つの駆動のしかたは、λ を止めたまま、ポテンシャルで書けない力(輪に沿って回す力や、流れによる力)を加え続けることである。系は平衡に達せず、時間によらない非平衡定常状態に落ち着き、力のした仕事は熱として熱浴へ流れ続ける。
最も簡単な例は、間隔 a の格子の上の乱歩に一定の力 f を加えたものである。右に1歩進むと力は fa の仕事をし、それは熱浴に捨てられるので、局所詳細つり合いは
r−r+=eβfa,r±=re±βfa/2(4.2.25)
になる(r± は右・左への跳びの単位時間あたりの率、r:=r+r−)。時間 t のあいだの正味の歩数を n とすると、熱浴のエントロピーの増えは Σ=βfan である。右に n+ 回、左に n− 回跳ぶ経路の確率は r+n+r−n− に比例し(待ち時間の因子は前向きと逆向きで等しい)、逆にたどった経路は右と左が入れ替わるので、比は (r+/r−)n+−n−=eβfan である。格子は並進について一様なので、初めの位置の分布の因子 ln[p0(x0)/p~0(xt)] は現れない。したがって詳細ゆらぎの定理 (4.2.14) が、すべての時刻 t で
P(−n,t)P(n,t)=eβfan(4.2.26)
の形で成り立つ。逆回しの操作は前向きと同じ(λ が動かない)なので、分母も同じ分布 P である。
実際、正味の歩数の分布は変形 Bessel 関数 In を使って
P(n,t)=e−(r++r−)t(r−r+)n/2I∣n∣(2rt)(4.2.27)
と書け(右と左の跳びの回数がそれぞれ独立な Poisson 分布に従うことから出る)、I∣n∣ は n の符号によらないので、式 (4.2.26) がそのまま読める。
一般の定常状態と長い時間の極限
ポテンシャルに起伏のある輪の上を回る粒子のように、定常分布 pss が一様でない系では、Σ に境界の項 ln[pss(x0)/pss(xt)] が加わる。熱浴のエントロピーの増え Σbath=−βQ だけを見ると、この項のために式 (4.2.26) は有限の時間では厳密でなくなる。境界の項は時間によらず有界なので、Σbath が時間に比例して増える長い時間の極限では無視でき、
t→∞limt1lnP(Σbath=−σt)P(Σbath=σt)=σ(4.2.28)
が成り立つ。母関数で書くと、スケールした母関数 Λ(s):=limt→∞t1ln⟨e−sΣbath⟩ が対称性 Λ(s)=Λ(1−s) を持つことと同じである。乱歩では Λ(s)=r+e−sβfa+r−esβfa−r+−r− で、r±=re±βfa/2 を入れると s→1−s で不変であることが確かめられる。
歴史の順に並べると、Evans・Cohen・Morriss(1993)、Phys. Rev. Lett. 71、2401 が剪断流の分子動力学の数値計算で式 (4.2.28) の形の対称性を見つけ、Gallavotti・Cohen(1995)、Phys. Rev. Lett. 74、2694 が決定論的なカオス力学系で示した。確率過程の場合は Kurchan(1998)、J. Phys. A 31、3719 とLebowitz・Spohn(1999)、J. Stat. Phys. 95、333 が示した。過渡的な(初めが平衡の)場合は Evans・Searles(1994)、Phys. Rev. E 50、1645 による。実験では、Wang ほか(2002)、Phys. Rev. Lett. 89、050601 が、光ピンセットで引いたコロイド粒子で、短い時間にエントロピー生成が負になる軌道の割合を測り、ゆらぎの定理と比べた。
例題 4.2.5 後ろに進む確率 ★★
オリジナル式 (4.2.25) の乱歩で βfa=1、rt=2 とする。
- 正味の歩数の平均 ⟨n⟩ と、平均のエントロピー生成 ⟨Σ⟩ を求めよ。
- P(0,t)、Pr(n>0)、Pr(n<0)、P(1,t)/P(−1,t) を式 (4.2.27) から求めよ。
- ⟨e−Σ⟩=1 を、母関数を使って一般の t で示せ。
解答
(1) 右と左の跳びの回数の平均は r±t なので ⟨n⟩=(r+−r−)t=rt(e1/2−e−1/2)=2×1.042=2.084。⟨Σ⟩=βfa⟨n⟩=2.084 nat である。
(2) 式 (4.2.27) の和を数値で求めると、P(0,t)=0.124、Pr(n>0)=0.774、Pr(n<0)=0.102 である。P(1,t)=0.177、P(−1,t)=0.065 で、比は e1=2.718 に等しい。各 n で P(−n,t)=e−nP(n,t)≤e−1P(n,t) なので、和をとって Pr(n<0)≤e−1Pr(n>0) でなければならず、実際 Pr(n<0)/Pr(n>0)=0.132≤0.368 である。平均 2 歩前に進む時間のあいだに、10 回に1回は後ろに進んでいる。
(3) 右と左の跳びの回数は平均 r±t の独立な Poisson 分布で、⟨e−βfan⟩=⟨e−βfan+⟩⟨eβfan−⟩ である。Poisson 分布の母関数 ⟨ezN⟩=exp[Nˉ(ez−1)] から
⟨e−Σ⟩=exp[t(r+e−βfa+r−eβfa−r+−r−)]=exp[t(r−+r+−r+−r−)]=1
となる。r+e−βfa=r− と r−eβfa=r+ は局所詳細つり合い (4.2.25) そのものである。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com