相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部 第3章 §7.3.3 ★★★ 乱数の状態では S(ρ^R)≈min(k,N−k)ln2 で、放射のエントロピーは半分の qubit が出た時刻で折り返し、放射に含まれる情報はその時刻まで指数的に小さい
曲線の形
全体の N qubit が Haar 測度で選んだ乱数の状態にあるとし、k 刻みの後の放射のエントロピーを定理 7.3.2 で評価する。m=min(dR,dB)、n=max(dR,dB) とすると m/n=2−∣N−2k∣ で、Page の式 (7.3.6) は
EψS(ρ^R)≈min(k,N−k)ln2−212−∣N−2k∣(7.3.7)
になる(m2≫1 で (m2−1)/(2mn)≈m/(2n))。初めの半分では S(ρ^R)≈kln2 で、放射の qubit は1個出るたびに ln2 ずつエントロピーを増やす。これは Hawking の状態と同じ増え方である。後の半分では S(ρ^R)≈(N−k)ln2 で、1個出るたびに ln2 ずつ減り、k=N で 0 に戻る。折り返す刻み k=N/2 が qubit の模型での Page 時間で、ブラックホールに残る自由度の数と、出た放射の自由度の数が等しくなる時刻である。

図 7.3.1 14 qubit の乱数の状態の Page 曲線。点線(印つき)は Page の式 (7.3.6) による厳密な平均、実線は上限 (7.3.4)、白丸は乱数の状態を6個ずつ作って数値で求めた平均(標準偏差は 3×10−3 nat 以下)、破線は Hawking の状態の S(ρ^R)=kln2。k=7 で厳密な平均は上限より 21 nat(0.72 ビット)下がる。
図 7.3.1 に N=14 の曲線を描いた。乱数の状態を実際に作って計算した値は、Page の式と3桁以上で一致する。曲線が上限から目に見えて離れるのは Page 時間の近くだけで、そこでは m=n になり補正の項が 21 nat まで大きくなる。
Hawking の状態との食い違い
Page 時間の前は、乱数の状態と Hawking の状態の S(ρ^R) はほとんど同じである。違いは Page 時間の後に現れる。Hawking の状態では S(ρ^R)=kln2 が増え続け、最後の k=N では Nln2 に達する。全体が純粋なら S(ρ^R)≤(N−k)ln2 なので、k>N/2 の Hawking の状態は、全体が純粋であることと両立しない。言い換えると、Hawking の計算を最後まで信じると、全体の状態は Page 時間の後に純粋でなくなる。純粋状態が混合状態に変わることはユニタリな時間発展では起きないので、「Hawking の計算は Page 時間の後も正しい」と「全体の時間発展はユニタリ」のどちらかが捨てられなければならない。これが情報喪失のパラドックスを式で書いた形である。
Page 時間の前の食い違いは小さい。この時期の放射は、どちらの状態でもほぼ最大に混ざっていて、放射だけを測ったのでは区別できない。したがって、放射の初めの半分を調べて Hawking の計算の正否を判定することはできない。次の小節で、このことを情報の量で言う。
放射に含まれる情報
式 (7.3.2) と (7.3.7) から、放射に含まれる情報の平均は
EψD(ρ^R∥1/dR)≈{212−(N−2k)(2k−N)ln2+212−(2k−N)(k<N/2)(k>N/2)(7.3.8)
になる。Page 時間の前は情報が 2−(N−2k) と指数的に小さく、14 qubit の模型の k=5 でも 0.031 nat にすぎない。Page 時間の後は、1個出るたびに D が 2ln2 ずつ増える。1個の qubit が増えると lndR が ln2 増え、同時に S(ρ^R) が ln2 減るからである。蒸発しきった k=N では D=Nln2=lnd で、初めの状態の情報がすべて放射に出ている。
Page は1993年の論文で、この「情報は初めの半分ではほとんど出てこない」ことを強調した。Hawking の計算は、ブラックホールの質量に比べて Planck 質量が小さいことを使う摂動の計算で、放射のごく一部を見たときの性質を正しく与える。式 (7.3.8) の情報は、放射の初めの半分ではどの摂動の次数にも現れない程度に小さく、後の半分でも、放射のたくさんの qubit を合わせて測ったときにだけ現れる(7.3.5 節)。摂動の計算で情報が見えないことは、情報が無いことを意味しない。

図 7.3.2 放射に含まれる情報 D(ρ^R∥1/dR)=lndR−S(ρ^R) の平均。点線(印つき)は Page の式による厳密な値、実線は上限から読んだ近似 max(0,2k−N)ln2、破線は Hawking の状態(どの刻みでも 0)。Page 時間 k=7 を過ぎると1個あたり 2ln2 ずつ増える。
例題 7.3.3 Page 時間での 21 nat ★★
オリジナルN=2n0 個の qubit の乱数の状態で、ちょうど半分が放射に出た k=n0 を考える(dR=dB=m=2n0)。
- (1) Page の式を調和数の展開 ∑j=1n1/j=lnn+γ+2n1−12n21+O(n−4) で展開し、EψS(ρ^R)=lnm−21+12m27+⋯ を示せ。
- (2) N=14(m=128)の値を求め、上限 7ln2 との差を確かめよ。
- (3) この 21 nat は、放射にどれだけの情報が出ていることを意味するか。
解答
(1) ∑j=m+1m21/j=lnm2−lnm+2m21−2m1−12m41+12m21+⋯=lnm−2m1+12m27+⋯(Euler の定数 γ は打ち消し合う)。これから (m−1)/(2m)=21−2m1 を引くと、−2m1 どうしが打ち消し合ってEψS(ρ^R)=lnm−21+12m27+⋯ になる。m が大きくても上限から 21 nat だけ下がったまま残る。
(2) EψS(ρ^R)=4.3521、7ln2=4.8520 で差は 0.49996。(1) の 21−12m27=0.49996 と一致する。
(3) D(ρ^R∥1/m)=lnm−S(ρ^R)≈21 nat =0.72 ビットである。Page 時間には、全体の Nln2 のうち 1 ビットに満たない情報しか放射に出ていない。全体の情報 lnd=2lnm のほとんどは、I(R;B)=2S(ρ^R)≈2lnm−1 として放射とブラックホールの相関に入っている。
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