相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部 第3章 §7.3.4 ★★★ qubit の数を Bekenstein–Hawking エントロピーと放射の熱力学のエントロピーに読み替えると、Page 時間はブラックホールが初めのエントロピーの 3/7 を失った時刻(寿命の 0.568 倍)になる
2つの粗視化したエントロピー
qubit の模型の lndB と lndR を、本物のブラックホールの量に読み替える。ブラックホールの側は、7.3.1 節で断った仮定のとおりlndB=SBH/kB と置く。質量 M の Schwarzschild ブラックホールでは
kBSBH=4Gℏc3A=ℏc4πGM2(7.3.9)
である(A=4πrs2、rs=2GM/c2。解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第12章)。
放射の側の lndR は、放射を熱力学で数えたエントロピー Srad を kB で割ったものと置く。熱的な放射は、同じエネルギーを持つ状態の中でエントロピーが最大の状態なので、Srad/kB は「放射がこれまでに運んだエネルギーを持つ状態の数の対数」である。これは放射の粗視化したエントロピーで、放射の各部分を独立に熱的とみなして足した値である。一方、S(ρ^R) は放射全体の状態の von Neumann エントロピーで、細かいエントロピー(fine-grained)と呼ぶ。両者の間には、式 (7.3.2) の D≥0 と同じ理由で S(ρ^R)≤Srad/kB が成り立つ。
Hawking 放射が真空へ自由に流れ出るとき、Srad はどれだけ増えるか。ブラックホールが dM<0 だけ質量を失うと、第一法則c2dM=THdSBH(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第2部第19章)から、放射はエネルギー −c2dM=−THdSBH を運ぶ。温度 TH の黒体放射は、エネルギー E あたり 4E/(3T) のエントロピーを運ぶ(7.3.6 節)。したがって
dSrad=−αdSBH,α=34(7.3.10)
である。この比は第7部第1章の式 (7.1.20) と第7部第2章の式 (7.2.14) で使ったもので、ここではそれを α と名付けて一般の値のまま使う。α>1 なので、自由に流れ出る放射は、ブラックホールが失った分より多くのエントロピーを持つ。この結果は W. H. Zurek(1982)による1W. H. Zurek (1982), Physical Review Letters 49, 1683–1686。Zurek は同じ論文で、ブラックホールを周りと熱平衡を保ちながらゆっくり蒸発させれば α=1 にできることも示した。。初めのブラックホールのエントロピーを S0 とすると、Srad=α(S0−SBH) である。
近似の裏付け
型 C(閉じる) | 小さいもの 放射を灰色体因子 1 の黒体放射とみなし、エネルギーあたりのエントロピーを 4/(3TH) で置き換える(小さいパラメータなし) | 証明 C 型=内部の評価なし | 行き先 近似の数理 第9章
Page 時間
qubit の模型の min(lndR,lndB) をこの2つに読み替えると、ブラックホールの Page 曲線は
kBS(ρ^R)≈min(Srad,SBH)=min(α(S0−SBH),SBH)(7.3.11)
になる。2つが等しくなる時刻が Page 時間で、そのときのブラックホールのエントロピーは
SBH=1+ααS0=74S0,M0M=74=0.756(7.3.12)
である(SBH∝M2)。ブラックホールが失ったエントロピーは初めの 3/7 で、半分ではない。放射の粗視化したエントロピーが、失われた分の 4/3 倍あるからである。
時刻に直すには蒸発の速さが要る。第5部第12章の黒体の見積もり P=ℏc6/(15360πG2M2) から dM/dt=−P/c2∝−M−2 で、積分するとM(t)=M0(1−t/tev)1/3、寿命は tev=5120πG2M03/(ℏc4) である。M/M0=4/7 になるのは
tevtPage=1−(74)3/2=0.568(7.3.13)
のときである。これは第7部第2章で Hawking の曲線が上限 SBH を超える時刻 τ∗(例題 7.2.4)と同じ時刻である。Hawking の計算がそこから先で正しくなくなる、というのが Page の読み方である。曲線 (7.3.11) を時刻の関数として描いたのが図 7.3.3 である。光子のほかに重力子やニュートリノも出ること、灰色体因子が 1 でないことを入れると α と蒸発の速さが変わり、Page 時間の数値は変わる。光子と重力子だけを出す大きなブラックホールについて灰色体因子まで入れて計算すると、Page 時間は寿命の 53.81%、ブラックホールが初めの Bekenstein–Hawking エントロピーの 40.25% を失った時刻になる2D. N. Page (2013), Journal of Cosmology and Astroparticle Physics 2013(09), 028。。黒体の見積もりの 0.568 と 3/7=42.9% はこれに近く、曲線が山形になることは変わらない。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℓP2/A→0(地平面の面積が Planck 長の2乗に比べて大きい。計量を古典のまま、ゆっくり変わる M(t) で放射を計算する) | 証明 要確認 | 行き先 近似の数理 第7章

図 7.3.3 黒体の見積もり(α=4/3、M∝(1−t/tev)1/3)での Page 曲線。破線は Hawking の計算で数えた放射のエントロピー、一点鎖線はブラックホールのエントロピー、太い実線はその小さい方で、全体が純粋で状態が典型的なときの放射の細かいエントロピー。
Hawking の計算はどの時刻から矛盾するか
Hawking の計算は、放射の細かいエントロピーを粗視化したエントロピー Srad に等しいとする(放射の各部分が互いに独立で、相関はすべて中の相手との間にある)。Page 時間の前は Srad≤SBH で、これは式 (7.3.4) と矛盾しない。Page 時間の後は Srad>SBH になり、kBS(ρ^R)=Srad が kBS(ρ^B)≤SBH を超える。全体が純粋なら両者は等しいはずなので、ここで矛盾する。蒸発しきった t=tev では、Hawking の計算は S(ρ^R)=34S0/kB を、ユニタリ性は S(ρ^R)=0 を要求する。
矛盾が起きるのは Page 時間で、そのときブラックホールの質量はまだ初めの 3/4 ほど残っている。地平面での曲率は 1/rs2 程度で小さく、Hawking の計算の前提(計量を古典のまま扱う)が壊れる理由は見当たらない。パラドックスが「Planck スケールの最後の瞬間の問題」ではなく、半古典の計算が信頼できる時期の問題であることを、Page 曲線ははっきりさせた。どう解決するかは、半古典の計算そのものに新しい寄与を足す第7部第7章の式 (7.7.10)(島の公式)で扱う。
例題 7.3.4 Page 時間が宇宙の年齢になるブラックホール ★★
オリジナル黒体の見積もり(α=4/3)で、Page 時間 tPage がちょうど宇宙の年齢 1.38×1010 年になる Schwarzschild ブラックホール(初期宇宙でできた原始ブラックホールを想定する)を考える。定数は G=6.67430×10−11m3kg−1s−2、ℏ=1.054571817×10−34Js、c=299792458ms−1、1 年 =365.25 日とする。
- (1) 寿命 tev と初めの質量 M0 を求めよ。
- (2) 初めのエントロピー S0/kB と、Page 時間のブラックホールのエントロピー SBH/kB を求めよ。
- (3) 太陽質量のブラックホールの Page 時間(第7部第2章の例題 7.2.4)と比べよ。
解答
(1) 式 (7.3.13) から tev=tPage/0.568=2.43×1010 年 =7.67×1017s。tev=5120πG2M03/(ℏc4) を M0 について解くと
M0=(5120πG2ℏc4tev)1/3=2.09×1011kg
である。Page 時間のときの質量は 0.756M0=1.58×1011kg になる。
(2) 式 (7.3.9) から S0/kB=4πGM02/(ℏc)=1.16×1039。式 (7.3.12) から Page 時間にはSBH/kB=74S0/kB=6.61×1038 で、これが放射の細かいエントロピーの最大値でもある。
(3) 例題 7.2.4 では太陽質量の Page 時間は 1.19×1067 年で、宇宙の年齢の 1057 倍ほどある。tPage∝M03 なので、宇宙の年齢に合わせるには質量を (1.19×1067/1.38×1010)1/3=9.5×1018 分の1、つまり 2×1011kg 程度まで小さくする必要がある。総合問題 (5) の 1011kg のブラックホールはこれより少し軽く、Page 時間(1.51×109 年)を宇宙の年齢の中で既に過ぎている。初期宇宙で 2×1011kg 前後の原始ブラックホールができていれば、それはいま Page 時間のあたりにいる。
1 W. H. Zurek (1982), Physical Review Letters 49, 1683–1686。Zurek は同じ論文で、ブラックホールを周りと熱平衡を保ちながらゆっくり蒸発させれば α=1 にできることも示した。
2 D. N. Page (2013), Journal of Cosmology and Astroparticle Physics 2013(09), 028。
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