解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第2部 第19章 §2.19.1 ★★★ 定常なブラックホールは質量・角運動量・電荷の3つの数で決まり、地平面の面積・角速度・表面重力はその関数になる
第2部第17章では、ブラックホールを時空の幾何として調べた。事象の地平面は光円錐が内側へ倒れきる面で、いったん内側に入ったものは外へ戻れない。この章では同じブラックホールを、別の角度から眺める。ブラックホールに物を落とすと質量と角運動量が変わり、地平面の面積も変わる。その変わり方には決まった規則があり、規則を並べると熱力学の4法則と同じ形になる。これが Bardeen・Carter・Hawking(1973)がまとめたブラックホール力学の4法則である。
この章で選ぶものは、真空の Einstein 方程式の定常で軸対称な解である Kerr 解と、その上を動く試験粒子の作用L=−mcgμνx˙μx˙ν(第2部第12章)である。当てる道具は、計量の対称性に Noether の定理を当てて得られる保存量(Killing ベクトルの保存量)と、第2部第11章の Rindler 座標、そして第1部第7章の Legendre 変換の言葉である。出てくるものは4つの法則で、①表面重力 κ が地平面の上で一定であること(第零法則)、②質量の変化が面積の変化と角運動量の変化に分かれること c2δM=8πGκc2δA+ΩHδJ(第一法則)、③古典的な過程で地平面の面積が減らないこと(第二法則=面積定理)、④κ=0 にする操作の難しさ(第三法則)である。第二法則の帰結として、回転するブラックホールからエネルギーを取り出す Penrose 過程の上限も出る。最後に、熱力学の授業で習う dU=TdS+ΩdJ や Euler の関係と、この章の式を並べる。
単位は SI、計量は ημν=diag(+1,−1,−1,−1) の流儀で x0=ct とし、上下に1回ずつ現れるギリシャ添字は和を取る(記法の正本どおり)。この章の式に ℏ は第5節の対応表の所まで出てこない。4法則はすべて古典の一般相対論の中の定理である。
Kerr 計量
第2部第16章の Schwarzschild 解は、回転していない球対称の真空解だった。回転している星が重力崩壊してできるブラックホールは角運動量を持つので、軸対称で定常な真空解が要る。Kerr(1963、Physical Review Letters 11、237)が見つけたその解を Boyer と Lindquist(1967、Journal of Mathematical Physics 8、265)の座標で書いた計量は、第2部第17章の式 (2.17.15) で Schwarzschild 半径 rs を使って示した。この章では rg=rs/2 と x0=ct で書き直した
ds2=(1−Σ2rgr)(dx0)2+Σ4rgarsin2θdx0dφ−Δ(r)Σdr2−Σdθ2−(r2+a2+Σ2rga2rsin2θ)sin2θdφ2(2.19.1)
を使う。ここで
rg=c2GM,a=McJ,Σ=r2+a2cos2θ,Δ(r)=r2−2rgr+a2(2.19.2)
で、M は質量、J は角運動量である。rg は質量を長さに直した量(重力半径)で、Schwarzschild 半径の半分 rs/2 にあたる。a も長さの次元を持ち、無次元の比 a∗=a/rg=Jc/(GM2) をスピンと呼ぶ。Δ(r) は Kerr の論文以来の記号で、有限の差の Δ ではないことを示すため、この章では必ず引数を付けて書く。a=0 と置くと Σ=r2、Δ(r)=r2(1−rs/r) となり、式 (2.19.1) は Schwarzschild 計量に戻る。a=0 で新しく現れたのは dx0dφ の交差項で、これが回転を表す。式 (2.19.1) が Rμν=0 を満たすことの確かめは第2部第17章に任せ、この章では使う量だけを取り出す。
計量の成分は x0 と φ を含まない。したがって ξ(t)=∂/∂x0 と ξ(φ)=∂/∂φ の2つが Killing ベクトルである。前者が「時間をずらしても同じ」という定常性、後者が「軸のまわりに回しても同じ」という軸対称性を表す。
地平面・エルゴ面・角速度
grr=−Σ/Δ(r) は Δ(r)=0 で発散する。その根は、第17章の式 (2.17.16) を rg で書き直した
r±=rg±rg2−a2(2.19.3)
のうち外側の r+ が事象の地平面で、内側の r− は内部地平面と呼ばれる(この章では使わない)。実数の根があるのは a≤rg、つまり a∗≤1 のときに限る。a∗>1 では地平面がなく、特異点が外から見えてしまう。a∗=1 を極限 Kerrと呼ぶ。式 (2.19.3) から r+2+a2=2rgr+ が成り立つので、地平面(r=r+ で x0 一定の面)の面積は、計量の θ,φ 部分から
A=∫02π∫0πΣ⋅(r+2+a2+Σ2rga2r+sin2θ)sinθdθdφ=4π(r+2+a2)=8πrgr+(2.19.4)
と求まる。根号の中は r=r+ で (r+2+a2)2 に等しくなる(Σ(r+2+a2)+2rga2r+sin2θ=(r+2+a2)(Σ+a2sin2θ) を使う)ので、被積分関数は θ によらない。
もう1つの特別な面は g00=0 となる面で、第17章の式 (2.17.17) を書き直すと
rE(θ)=rg+rg2−a2cos2θ(2.19.5)
で、エルゴ面と呼ぶ。極(θ=0)では r+ に接し、赤道では 2rg まで張り出す。r+<r<rE(θ) の領域(エルゴ領域)では g00<0 となり、ξ(t) が空間的になる。そこでは遠方から見て静止したまま留まれず、どんな観測者も回転の向きに引きずられる(理由は第17章で光円錐の向きから見た)。
地平面そのものの上では、ξ(t) に ξ(φ) を一定の割合で足した
χ=ξ(t)+cΩHξ(φ),ΩH=c(−gφφg0φ)r=r+=r+2+a2ca(2.19.6)
が光的になる(gμνχμχν=0 が r=r+ ですべての θ について成り立つ)。χ は2つの Killing ベクトルの定数係数の和なので、それ自身も Killing ベクトルである。地平面を作る光線は χ に沿って進み、遠方から見ると角速度 ΩH で回っている。ΩH を地平面の角速度と呼ぶ。Killing ベクトルが光的になる面をKilling 地平面と呼び、定常なブラックホールの事象の地平面は Killing 地平面になる。

図 2.19.1 a∗=0.8 の Kerr ブラックホールの回転軸を含む断面。Boyer–Lindquist の (r,θ) を平面の極座標とみなして描いた(目盛りは rg)。黒い円が地平面 r=r+、外側の閉曲線がエルゴ面 (2.19.5)。灰色のエルゴ領域では静止できない。
定常なブラックホールが何で決まるかについては、Carter(1971、Physical Review Letters 26、331)・Robinson(1975、Physical Review Letters 34、905)らの一意性定理がある。真空の Einstein 方程式の定常で漸近的に平坦なブラックホール解は Kerr 解に限り、電磁場があっても (M,J,Q) の3つの数で決まる(Kerr–Newman 解)。この章では電荷を持たない場合に話を絞り、(M,J) の2つで決まる Kerr 解を使う。落ちてきた物質の形や組成の情報は、地平面の外から見える量としては M と J の変化にしか残らない。熱力学で平衡状態が少数の状態量で決まるのとよく似た状況で、4法則の類似はここから始まる。
例題 2.19.1 太陽質量の10倍、スピン 0.8 の Kerr ブラックホール ★★
オリジナル質量 M=10M⊙、スピン a∗=0.8 の Kerr ブラックホールについて、r±、地平面の面積 A、地平面の角速度 ΩH とそれを回転数に直した値 ΩH/(2π) を求めよ。GM⊙=1.3271244×1020m3s−2(IAU 2015 の名目値)とする。面積を同じ質量の Schwarzschild ブラックホールと比べよ。
解答
重力半径は rg=GM/c2=10×1.3271244×1020/(2.99792458×108)2=1.4766×104m。1−a∗2=0.36=0.6 なので、式 (2.19.3) から
r+=1.6rg=2.363×104m,r−=0.4rg=5.907×103m.
面積は式 (2.19.4) から A=8πrgr+=12.8πrg2=8.77×109m2。同じ質量の Schwarzschild では A=4πrs2=16πrg2 なので、比は 12.8/16=0.8 で、回転している方が2割小さい。角速度は a=0.8rg、r+2+a2=2rgr+=3.2rg2 を式 (2.19.6) に入れて
ΩH=3.2rg2c⋅0.8rg=4rgc=5.08×103s−1,2πΩH=808Hz.
差し渡し 50 km ほどの地平面が、1秒に 800 回ほど回っている。同じ M で比べると、回転が速いほど r+ も A も小さくなる。この「同じ質量なら回転している方が面積が小さい」ことが、2.19.4節で回転のエネルギーを取り出せる理由になる。
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