解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第2部 第17章 §2.17.3 ★★★ 内向きの光に沿う座標で計量は r=rs を越えて正則になり、地平面の内側では光円錐が内側へ倒れて、未来へ進む世界線はすべて r が減る
計量を書き直す
内向きの光で一定になる時刻
cv:=ct+r∗(2.17.12)
を新しい時間座標に採る(Eddington(1924)、Finkelstein(1958)1A. S. Eddington, Nature 113, 192 (1924); D. Finkelstein, Phys. Rev. 110, 965 (1958).)。cdt=cdv−dr/(1−rs/r) を Schwarzschild 計量に入れると、dr2 の項がちょうど打ち消し合って
ds2=(1−rrs)c2dv2−2cdvdr−r2(dθ2+sin2θdφ2)(2.17.13)
を得る。この計量の成分はどれも r=rs で有限で、t-r 部分の行列式 −1 も 0 にならない。r>0 ならどこでも正則である。r=rs の発散は座標 t の選び方に由来するもので、時空は r=rs を越えて r<rs へ滑らかにつながっている。ここで (v,r) 座標は r<rs の領域にも目盛りを振っている。t で書いた元の計量の r<rs の部分は、(2.17.13) の同じ領域を別の座標で書いたものになる。
光円錐の傾き
(2.17.13) で動径方向の光(ds2=0、θ,φ 一定)を求めると、
dv=0(内向き),dvdr=2c(1−rrs)(もう一方)(2.17.14)
の2本である。r>rs では2本目は r が増える外向きの光である。r=rs では dvdr=0 で、外向きに出した光はその場に留まる。r<rs では dvdr<0 となり、「外向き」に出したはずの光も r が減る。
質量のある粒子の世界線は、各点の光円錐の内側にある。r<rs では光円錐の2本の縁がどちらも r の減る向きを向くので、粒子がどう噴射しても r は減り続け、有限の固有時のうちに r=0 に着く。外の観測者へ信号を送る世界線は1本も無い。この境界 r=rs を事象の地平面と呼ぶ。地平面は「外の無限遠へ届く世界線を持つ点の集まり」の境界として定義される面で、局所的な曲率の大きさでは決まらない(例題 2.17.2)。
図 2.17.1 は、内向きの光が 45∘ になるように時間座標を ct~:=cv−r と取り直して描いた光円錐である。この座標で外向きの光の向きは (dr,cdt~)∝(1−rs/r,1+rs/r) で、r=rs で真上を、内側では左上を向く。

図 2.17.1 Eddington–Finkelstein 座標(ct~=cv−r)で描いた光円錐。各点から出る2本の線が内向きと外向きの光で、色を付けた扇形の内側が質量のある粒子の進める向き。内向きの光はどこでも左上 45∘。外向きの光は遠くで右上 45∘ に近づき、地平面(破線)で真上、内側(灰色)では左上を向く。左端のギザギザの線が r=0 の特異点
内側で r は時間
t で書いた元の計量の r<rs の部分を見ると、1−rs/r<0 なので dt2 の係数が負、dr2 の係数が正になる。(+,−,−,−) の流儀で係数が正の座標は時間の向きなので、地平面の内側では r が時間座標、t が空間座標の役を入れ替わる。r が減っていくことは「時間が進む」ことと同じで、r=0 は内側の観測者にとって「どこかの場所」でなく「未来のある時刻」である。避けられないのはそのためである。
例題 2.17.3 地平面の内側で過ごせる最長の固有時 ★★★
オリジナル地平面の内側でまっすぐ動径方向に動く粒子を考える(ℓ=0)。
- (1) (2.17.4) を使い、r=rs から r=0 までの固有時が E~ によらず τ≤πrs/(2c)=πGM/c3 を満たすことを示せ。
- (2) M=10M⊙ と M=6.5×109M⊙ について、この上限を数値で求めよ。
解答
(1) ℓ=0 で (2.17.4) は r˙2=c2(E~2/c4−1+rs/r)。内側では r が減る向きしか無いので r˙=−cE~2/c4−1+rs/r で、
τ=c1∫0rsE~2/c4−1+rs/rdr≤c1∫0rsrs/r−1dr.
不等号は E~2≥0 で被積分関数が小さくなることによる(等号は E~=0、すなわち地平面の上で「外から見て静止」から出発する極限)。r=rssin2α とおくと rs/r−1=cosα/sinα、dr=2rssinαcosαdα なので
∫0rsrs/r−1dr=∫0π/22rssin2αdα=2πrs.
よって τ≤πrs/(2c)=πGM/c3。ロケットで外へ噴射すると r˙ の大きさは減るように思えるが、噴射は世界線を測地線から外し、測地線は固有時を最大にする世界線なので(第2部第12章)、かえって τ は短くなる。
(2) GM⊙/c3=4.93×10−6s である。M=10M⊙ では τmax=π×10×4.93×10−6s=1.55×10−4s。M=6.5×109M⊙ では τmax=1.01×105s、約 28 時間である。
回転するブラックホール:止まっていられない領域
回転するブラックホールの真空解は Kerr(1963)2R. P. Kerr, Phys. Rev. Lett. 11, 237 (1963).が見つけた。角運動量を J、長さの次元を持つ量 a:=J/(Mc) として、Boyer–Lindquist 座標で(この本の流儀 (+,−,−,−) で)
ds2=(1−Σrsr)c2dt2+Σ2rsarsin2θcdtdφ−Δ(r)Σdr2−Σdθ2−(r2+a2+Σrsra2sin2θ)sin2θdφ2,Σ=r2+a2cos2θ,Δ(r)=r2−rsr+a2(2.17.15)
である(Δ(r) は有限の差の Δ と区別するため必ず引数を付けて書く)。a=0 で Schwarzschild 計量に戻る。verify_ch2-17.py は時空の1点で Rμν=0 を数値で確かめている。
grr が発散する Δ(r)=0 の外側の根
r+=2rs+rs2−4a2(2.17.16)
が事象の地平面である(a≤rs/2 のときだけ存在し、a=rs/2 を極限 Kerr と呼ぶ)。これとは別に、g00 が 0 になる面
rE(θ)=2rs+rs2−4a2cos2θ(2.17.17)
がある。rE≥r+ で、等号は極(θ=0,π)だけで成り立つ。r+<r<rE の領域をエルゴ領域と呼ぶ。
エルゴ領域の意味は、Schwarzschild の地平面の議論と同じく光円錐の向きで読める。r,θ,φ をすべて一定にした世界線は ds2=g00c2dt2 で、g00<0 の所では空間的になる。つまりエルゴ領域では、遠方から見て静止したまま留まることができない。ただし φ を回転の向きに動かせば時間的な世界線が作れ、さらに地平面の外なので遠方へ出ていくこともできる。Schwarzschild では「静止できなくなる面」と「出られなくなる面」が同じ r=rs だったが、回転があると2つが分かれる。エルゴ領域の中では保存量 E~ が負の軌道が許され、それを使って回転のエネルギーを取り出すのが Penrose 過程である(第2部第19章)。
例題 2.17.4 エルゴ領域の中での回転の向き ★★
オリジナルa=0.4rs の Kerr ブラックホールを考える。
- (1) 地平面の半径 r+ と、赤道面(θ=π/2)でのエルゴ面の半径 rE を求めよ。
- (2) 赤道面の r=0.9rs(エルゴ領域の中)で、r,θ を一定にして φ だけ動く世界線が時間的であるためには、角速度 ω:=dφ/dt がどの範囲になければならないか。数値で答え、その範囲に ω=0 や負の値が含まれないことを確かめよ。
解答
(1) r+=2rs+rs2−0.64rs2=21+0.6rs=0.8rs。赤道で cosθ=0 なので rE=2rs+rs=rs。エルゴ領域は赤道で 0.8rs<r<rs にある。
(2) 長さを rs、ω を c/rs の単位で測る。r=0.9、a=0.4、θ=π/2 では Σ=0.81 で、g00=1−0.9/0.81=−0.1111、g0φ=0.9×0.4/0.81=0.4444、gφφ=−(0.81+0.16+0.9×0.16/0.81)=−1.1478。世界線が時間的である条件 ds2>0 を c2dt2 で割ると
g00+2g0φω+gφφω2>0,すなわち1.1478ω2−0.8889ω+0.1111<0.
2次式の根は ω=2×1.14780.8889±0.88892−4×1.1478×0.1111 で、0.157 と 0.618。したがって 0.157c/rs<ω<0.618c/rs で、範囲はすべて正である。ω=0(静止)も逆向きの回転も許されず、エルゴ領域の中の観測者はブラックホールと同じ向きに回らざるをえない。地平面に近づくと範囲は1点に縮み、その値が地平面の角速度になる。
1 A. S. Eddington, Nature 113, 192 (1924); D. Finkelstein, Phys. Rev. 110, 965 (1958).
2 R. P. Kerr, Phys. Rev. Lett. 11, 237 (1963).
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