解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部 第8章 §3.8.5 ★★★ 衝突の項を −(f−f0)/τ に置き換えると Boltzmann 方程式は線形になり、電気伝導度 σij=e2τn⟨(m∗−1)ij⟩ が出る
衝突の項を緩和で置き換える
衝突の項 (3.8.13) は f について2次の積分で、そのまま解くのは難しい。そこで「衝突は f を平衡の分布 f0 へ、時間 τ で引き戻す」とだけ考え、
C[f]≈−τf−f0(3.8.20)
と置き換える。これを緩和時間近似と呼び、τ を緩和時間と呼ぶ。外力が無く一様なら ∂f/∂t=−(f−f0)/τ で、f−f0 は e−t/τ で減る。
何を f0 に選ぶかが要点で、衝突で何が保存するかに合わせて決める。気体の分子どうしの衝突は粒子数・運動量・エネルギーを保存するので、f0 はその場の f と同じ n, u, T を持つ局所 Maxwell 分布に選ぶ。これを BGK 模型と呼ぶ(Bhatnagar, Gross, Krook(1954)、Physical Review 94、511)。BGK 模型は保存則と H 定理を満たす(例題 3.8.6)。一方、金属の伝導電子が不純物に当たって散乱される場合は、不純物は動かないので電子の運動量は保存しない(不純物が運動量を受け取る)。エネルギーは弾性散乱なら保存する。このとき f0 は静止した(u=0 の)平衡の分布で、電子は Fermi 粒子なので Fermi 分布
f0(p)=h32eβ(ε(p)−μ)+11(3.8.21)
である(2 はスピンの向き、1/h3 は相空間の升目)。運動量を保存しない f0 を選ぶことで、電子の集団が持つ運動量が時間 τ で失われ、抵抗が生じる。
近似の裏付け
型 C(閉じる) | 小さいもの 衝突の項を −(f−f0)/τ で置き換える(小さいパラメータなし) | 証明 C 型=内部の評価なし | 行き先 近似の数理 第8章

図 3.8.2 BGK 模型で、速度 ±3(単位は各ビームの速度の幅)の2本のビームが Maxwell 分布へ緩和するときの1粒子分布のエントロピー(1次元の速度分布、例題 3.8.6)。実線が緩和時間近似の厳密な解の数値積分、点線が行き着く先の Maxwell 分布の値。エントロピーは単調に増える。
電気伝導度
一様な電場 E の中の伝導電子(電荷 −e)を考える。1粒子の Hamiltonian はバンド ε(p) と eϕ(r) の和で、力は F=−eE、速度は v=∇pε である。定常で一様な場合、Boltzmann 方程式 (3.8.13) に式 (3.8.20) を入れると
−eE⋅∇pf=−τf−f0(3.8.22)
となる。電場が弱いとき、左辺の f を f0 で置き換えて1次まで取ると
f=f0+δf,δf=eτE⋅∇pf0=eτ(E⋅v)∂ε∂f0(3.8.23)
を得る。f0 は ε だけの関数なので ∇pf0=v∂f0/∂ε を使った。δf は、f0 を運動量の空間で −eEτ だけずらしたときの1次の変化にあたる(図 3.8.3)。電流密度 J=−e∫vfd3p に入れると、f0 の寄与は v が奇関数なので消え、
Ji=j∑σijEj,σij=e2τ∫vivj(−∂ε∂f0)d3p(3.8.24)
となる。−∂f0/∂ε は Fermi 面の近く(∣ε−μ∣≲kBT)だけで大きいので、金属の伝導は Fermi 面の上の電子だけで決まる。
式 (3.8.24) はもう1つの形に書き直すことができる。vj∂f0/∂ε=∂f0/∂pj を使って部分積分すると(Brillouin 域の端の項は周期性で消える)
σij=e2τ∫f0∂pj∂vid3p=e2τn⟨(m∗−1)ij⟩f0,(m∗−1)ij=∂pi∂pj∂2ε(3.8.25)
で、⟨⋅⟩f0 は f0 による平均である。自由電子 ε=∣p∣2/(2m) なら (m∗−1)ij=δij/m で、統計(Fermi 分布か Maxwell 分布か)によらず
σij=mne2τδij(3.8.26)
となる。これが Drude の伝導度である。式 (3.8.24) では Fermi 面の電子だけが寄与するのに、式 (3.8.26) には全電子の密度 n が現れる。2つは部分積分で移り合う同じ量で、「Fermi 面の電子が速く動く」ことと「全電子が少しずつずれる」ことは、同じ電流の2通りの数え方である。

図 3.8.3 緩和時間近似の1次の解 (3.8.23)。点線が平衡の Maxwell 分布 f0、実線が f0+δf で、ずれの大きさ e∣E∣τ/mkBT=0.3 の場合(電子は電場と逆向きに押されるので、E を −x 向きにとった)。1次の範囲では、分布は +px の側へずれる。
例題 3.8.5 銅の緩和時間と平均自由行程 ★★
オリジナル銅の伝導電子を自由電子とみなし、電子密度を n=8.47×1028m−3、室温の抵抗率を 1.68×10−8Ωm として与える。
- (1) 式 (3.8.26) から緩和時間 τ を求めよ。
- (2) Fermi 波数 kF=(3π2n)1/3 と Fermi 速度 vF=ℏkF/m を求め、平均自由行程 vFτ を求めよ。
- (3) 平均自由行程を、Maxwell 分布の平均の速さ 8kBT/(πm)(T=300K)で見積もった場合と比べ、どちらが正しいかを式 (3.8.24) から述べよ。
解答
(1) 抵抗率 1/σ から τ=m/(ne2⋅1.68×10−8)=9.109×10−31/(8.47×1028×(1.602×10−19)2×1.68×10−8)=2.49×10−14s。
(2) kF=(3π2×8.47×1028)1/3=1.36×1010m−1、vF=1.0546×10−34×1.36×1010/9.109×10−31=1.57×106ms−1。平均自由行程は 1.57×106×2.49×10−14=3.9×10−8m=39nm で、格子定数(0.36nm 程度)の100倍を超える。
(3) 8kBT/(πm)=1.08×105ms−1 で見積もると 2.7nm となり、約15分の1になる。式 (3.8.24) の −∂f0/∂ε は Fermi 面だけで大きいので、伝導に寄与する電子の速さは vF であり、39nm のほうが正しい。τ そのものは式 (3.8.26) の形のため統計によらずに決まるが、それを長さに直すときに Fermi 統計が必要になる。(検算 scripts/verify_ch3-08.py)
例題 3.8.6 BGK 模型で2本のビームが緩和する ★★
オリジナル1次元の速度 v だけを持つ粒子の一様な気体で、BGK 模型 ∂f/∂t=−(f−fM[f])/τ を考える(fM[f] は f と同じ密度・平均速度・温度の Maxwell 分布)。時刻 0 に、幅 s の正規分布2本を ±u に置いた f(v,0)=2n[Gs(v−u)+Gs(v+u)](Gs は平均 0、分散 s2 の正規分布の密度)を与える。
- (1) f の密度・平均速度・分散が時間によらないことを示し、fM[f] が分散 s2+u2 の正規分布で一定であることを示せ。
- (2) f(v,t) を求めよ。
- (3) u=3s のとき、1粒子あたりのエントロピー −∫(f/n)ln(f/n)dv の初めの値と行き着く値を求め、増えることを確かめよ。
解答
(1) ψ=1,v,v2 を掛けて積分すると、右辺は −τ1∫ψ(f−fM[f])dv で、fM[f] は f と同じ ∫ψf を持つように選んだので 0 である。初めの値は密度 n、平均速度 0、分散 s2+u2(各ビームの分散 s2 と、ビームの中心の ±u のばらつき u2 の和)なので、fM[f]=nGs2+u2(v) は時間によらない。
(2) fM が定数なので方程式は線形で、f(v,t)=e−t/τf(v,0)+(1−e−t/τ)nGs2+u2(v)。
(3) 行き着く値は分散 10s2 の正規分布のエントロピー 21ln(2πe⋅10s2) で、s=1 として 2.570。初めの値は、2本のビームがほぼ重ならないので 21ln(2πes2)+ln2=2.112 に近く、重なりを数値積分で入れると 2.108 である。増えた量は 0.462 で、ビームが重ならない近似では 21ln10−ln2=0.458 である。途中の値は図 3.8.2 のように単調に増える。一般に f と fM の凸結合のエントロピーは、エントロピーが凹関数であることから t について単調に増え、BGK 模型でも H 定理が成り立つ。(検算 scripts/verify_ch3-08.py)
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com