「解けない」とはどういうことか
AI 生成・木下が未勉強
近似の数理 第2章 §2.1 ★★ 「閉じた式で書けない」と「解が無い」を区別し、問うべきことを Hadamard の3条件に整理する
物理に現れる微分方程式のほとんどは、閉じた式では解けない。それでも「解は存在するか」「一意か」「初期値を少し変えると解はどれだけ変わるか」「時間がたつとどうなるか」には答えられることが多い。この章では、解を書き下さずに解の性質を調べるための道具を、関数解析を未習の読者に向けて原理から用意する。後の章で近似(Galerkin、平均場極限、均質化など)を正当化するとき、使われるのはほぼすべてこの章の道具である。
閉じた式で書けないことと、解が存在しないこと
「この方程式は解けない」という言い方には、意味の違う二つの主張が混ざっている。一つは、解を有限個の初等関数と積分の組み合わせ(求積)で書けないという主張である。もう一つは、そもそも条件を満たす関数が存在しないという主張である。前者は表現の問題、後者は存在の問題で、両者はまったく別物である。
前者の典型は Riccati 方程式 で、Liouville はこれが求積では解けないことを示した。それでもこの方程式の解は存在し、実際には Bessel 関数を使って書ける。「閉じた式」の範囲をどこまで広げるかで、解けるかどうかの判定は変わる。三体問題も同じで、一般の初期条件に対して軌道を既知の関数で書く方法は無いが、衝突が起きない間は解が存在して一意であることは、次節の Picard–Lindelöf の定理から直ちに従う。
物理の近似について考えるとき、問題にすべきは後者の側である。近似解が「真の解」に近いと言うには、まず真の解が存在して意味をもっていなければならない。真の解が存在しない(あるいは一意でない)方程式を近似しても、近似解が何に近いのかが定まらない。
定性的理論という発想
Poincaré は天体力学(三体問題)の研究の中で、解を式で書くことを諦め、解の集合の幾何学的な性質(周期軌道があるか、軌道が有界か、どこへ近づくか)を直接調べる方法を始めた。これが微分方程式の定性的理論である。「解を書かずに性質を調べる」というこの発想は、この巻全体の基調でもある。物理の近似を数学から意味づけるとは、多くの場合、真の解を書かないまま「近似解と真の解の距離が小さい」ことを示すことだからである。
Hadamard の適切性
定義 2.1(適切性)
微分方程式の問題(初期値問題や境界値問題)が適切(well-posed)であるとは、次の3条件がすべて成り立つことをいう。
- 存在:与えられたデータ(初期値、境界値、外力など)に対して解が存在する。
- 一意性:解はただ一つである。
- データへの連続依存:データを少し変えると、解も少ししか変わらない。
どれか一つでも破れる問題を非適切(ill-posed)という。
3条件の意味は物理の側から読むとわかりやすい。存在と一意性が無ければ「この初期状態からの時間発展」という言葉が意味をもたない。第3の連続依存が無ければ、測定誤差や丸め誤差を含むデータから計算した解は、真の解と何の関係も無くなる。物理で使う方程式が「正しい」と言えるのは、この3条件を満たすときに限られる。注意すべき点として、第3条件の「少し」は何で測るか(どのノルムか)を指定して初めて意味をもつ。この「何で測るか」が第2.5節以降の主題になる。
Hadamard の例:連続依存の破れ
平面の上半分 で Laplace 方程式 を考え、 で と の両方を与える(Cauchy 問題)。データ 、 に対する解は
である。 でデータは一様に へ近づく(振幅 )のに、 での解の振幅は で指数関数的に大きくなる。 でデータの振幅は 、 での振幅は約 である(検算スクリプト)。データ に対する解は なので、データがいくら に近くても解は に近くない。存在も一意性も成り立つが、連続依存が破れている。
同じ型の破れは、時間を逆向きに解く熱方程式(拡散を巻き戻す問題)でも起こる。高い波数の成分ほど速く減衰する方程式を逆に解けば、高い波数の成分ほど速く増幅されるからである。物理の「逆問題」(観測から原因を推定する問題)が難しいのは、多くがこの意味で非適切だからである。
例題 2.1 時間を巻き戻す熱方程式の非適切性 ★★
オリジナル区間 の熱方程式 、境界条件 を考える。
- 初期値 に対する解を求め、時刻 での振幅が初期値の振幅以下であることを示せ。
- 逆に、時刻 での値 が与えられたとき、時刻 での値を求めよ。、 のときの時刻 での振幅を数値で答えよ。
- 時刻 の観測値の各正弦係数に、大きさ までの誤差が含まれているとする。時刻 へ巻き戻したときに第 成分の誤差が 以下に収まる最大の を求め、この問題が Hadamard の意味で非適切であることと結びつけて説明せよ。
解答
(1) とおくと 、 で方程式を満たし、 で になる。時刻 での振幅は で、初期値の振幅以下である。一般の初期値は正弦級数 に展開でき、各係数が時刻 までに 倍されるだけなので、Parseval の等式から である。前向きの問題では、初期値の誤差は時間とともに大きくならない(第2.5節のエネルギー法と同じ結論である)。
(2) 時刻 の値を とすると、(1) により時刻 の値は なので、、すなわち である。、 では振幅は で、時刻 でのデータの振幅 の約 倍になる(検算スクリプト)。
(3) 問題は線形なので、時刻 の第 係数の誤差 は、時刻 では になる。 は と同値なので、最大の は である。実際 では誤差は約 、 では約 になる。増幅率 には上限が無いので、データの誤差をどれほど小さくしても、それを何倍にも増幅する高い波数の成分が必ずある。データへの連続依存が破れているのである。さらに、時刻 のデータの係数が より速く減っていなければ巻き戻した級数は収束しないので、存在も一般には成り立たない。観測から復元できるのは低い波数の成分だけで、実際の逆問題では高い波数を切り捨てる(正則化する)ことで問題を適切なものに作り替えて扱う。
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