近似の数理 第7章 §7.3 ★★ 時間方向の特異摂動。断熱定理・BO の「遅い変数」の数学的原型
前節の非一様性は空間の薄い層に現れた。時間発展の問題では、同じ非一様性が「長い時間」に現れる。
永年項による破綻
弱く減衰する振動子
x′′+εx′+x=0,x(0)=1,x′(0)=0(7.4)
に素朴に x=x0+εx1+⋯ を代入する。ε0 で x0′′+x0=0、x0=cost。ε1 で
x1′′+x1=−x0′=sint,x1(0)=x1′(0)=0
となり、右辺が自由振動の振動数 1 と共鳴しているので解は
x1=−2tcost+21sint
となる(検算スクリプト)。tcost のように時間とともに際限なく増える項を永年項(secular term)という。展開 x≈cost−(εt/2)cost は t=O(1) では正しいが、t∼1/ε で第2項が第1項と同じ大きさになり、近似の意味を失う。厳密解 x=e−εt/2(cosωt+2ωεsinωt)(ω=1−ε2/4)と比べると、素朴展開の項 1−εt/2 は e−εt/2 の Taylor 展開の最初の2項にすぎない。展開は各 t では正しいが、t について一様ではない。これは前節の e−x/ε と同じ型の非一様性であり、「減衰」という遅い過程を「振動」という速い過程の中で冪展開しようとしたことが原因である。
二つの時間尺度
多重尺度法(method of multiple scales)は、遅い時間 T=εt を独立な変数として扱う。x=x0(t,T)+εx1(t,T)+⋯ とおき、d/dt=∂t+ε∂T を使うと
ε0: ∂t2x0+x0=0,ε1: ∂t2x1+x1=−2∂t∂Tx0−∂tx0.
第1式の一般解は x0=A(T)eit+A(T)e−it で、振幅 A が遅い時間の関数として残る。第2式の右辺は
−2∂t∂Tx0−∂tx0=−(2iA′+iA)eit+c.c.
であり、e±it の成分は共鳴して永年項を生む。永年項が出ないためには、その係数が 0 でなければならない。
2iA′+iA=0⟹A(T)=A(0)e−T/2.(7.5)
これが振幅方程式であり、初期条件から A(0)=1/2、したがって x0=e−εt/2cost となる。
この操作の数学的な中身はFredholm の択一定理(可解条件)である。Lu=∂t2u+u を周期 2π の関数の空間で考えると、L は核 span{eit,e−it} を持つ。Lu=f が周期解を持つための必要十分条件は f が核と直交すること、すなわち f が e±it の成分を含まないことである。永年項を消す条件はこの可解条件そのものであり、「核への射影が 0」という条件が遅い変数 A(T) の発展方程式を与える。
数値で比べると、t∈[0,10/ε] での sup∣x−e−εt/2cost∣ は ε=0.1,0.01 でそれぞれ 0.048、0.0050 であり誤差は ≈ε/2 にとどまる。素朴展開の誤差は同じ区間で 4 程度に達する(検算スクリプト)。

図 7.2 弱減衰振動子 (7.4)(ε=0.1)。素朴展開は t∼1/ε=10 を過ぎると永年項 −(εt/2)cost のために厳密解から大きく外れる。多重尺度法の振幅方程式が与える包絡線 e−εt/2 は全区間で厳密解の振幅をなぞる。
振動数のずれ:Poincaré–Lindstedt
非線形の振動では、遅い時間で変わるのは振幅だけでなく位相(すなわち振動数)である。Duffing 振動子x′′+x+εx3=0 では、振幅に依存して振動数がずれる。周期解を求めるだけなら、時間を τ=ωt と伸縮してω 自体を展開する Poincaré–Lindstedt 法が簡単である(例題で扱う)。
例題 7.3 Duffing 振動子の振動数のずれ ★★
オリジナル[標準的な題材を自作]
x′′+x+εx3=0、x(0)=a、x′(0)=0 を考える。
- (1) 素朴な展開 x=x0+εx1 で x1 の方程式を書き、永年項が現れることを示せ。
- (2) τ=ωt、ω=1+εω1+⋯、x=x0(τ)+εx1(τ)+⋯ とおいて、永年項が消える条件から ω1 を決めよ。
- (3) 結果を物理的に解釈せよ(硬いばねか軟らかいばねか)。
解答
(1) x0=acost、x1′′+x1=−a3cos3t=−a3(43cost+41cos3t)(恒等式 cos3t=43cost+41cos3t)。右辺の cost が共鳴して x1∋−83a3tsint という永年項を生む。
(2) d/dt=ωd/dτ なので方程式は ω2x¨+x+εx3=0(ドットは τ 微分)。ε0:x¨0+x0=0、x0=acosτ。ε1:
x¨1+x1=−2ω1x¨0−x03=(2ω1a−43a3)cosτ−41a3cos3τ.
cosτ の係数が 0 であることが永年項の出ない条件なので ω1=83a2、すなわち
ω=1+83εa2+O(ε2).
数値積分で周期を測ると、ε=0.05、a=1 で ω=1.01855、公式は 1.01875 で、差は O(ε2) の大きさ(≈−0.08ε2)である(検算スクリプト)。
(3) ε>0 は復元力 x+εx3 が変位とともに線形より強くなる硬いばねであり、振幅が大きいほど速く振動する。ε<0 なら軟らかいばねで振動数は下がる。振動数が振幅に依存することは非線形振動の基本的な性質で、素朴展開ではこの位相のずれが tsint という永年項に化けて現れていた。
平均化
多重尺度法の結果は、より一般的な平均化原理にまとめられる。振動子 x′′+x=εh(x,x′) をx=rcosθ、x′=−rsinθ、θ=t+φ と極形式で書くと
r′=−εhsinθ,rφ′=−εhcosθ
となり、(r,φ) は O(ε) の速さでしか変わらない遅い変数、θ は速い変数になる。遅い変数の方程式の右辺を速い変数について1周期平均したものに置き換えるのが平均化である。減衰振動子(h=−x′=−rsinθ)ではsin2θ=1/2 から r′=−εr/2 となり振幅方程式 (7.5) が再現される。Duffing(h=−x3)ではrφ′=εr3cos4θ=83εr3 となり、例題の振動数のずれが再現される。
定理 7.4(平均化定理(一次) ★★)
x∈Rn について x˙=εf(x,t) を考え、f は t について周期 2π、x について有界な2階までの導関数を持つとする。平均 fˉ(y)=2π1∫02πf(y,t)dt による平均化方程式 y˙=εfˉ(y) の解で y(0)=x(0) のものが、時間 L/ε まで考えている有界領域にとどまるなら、
∣x(t)−y(t)∣≤Cε(0≤t≤L/ε)
が成り立つ。C は L と f の上界にのみよる。
証明
近恒等変換で振動部分を取り除く。w(y,t)=∫0t(f(y,s)−fˉ(y))ds とおくと、被積分関数の1周期平均が 0 なので w は t について周期的で有界である。x=z+εw(z,t) で新しい変数 z を定義すると、
z˙(I+ε∂zw)=εf(z+εw,t)−ε∂tw=εfˉ(z)+O(ε2)
となる(∂tw=f−fˉ を使った)。よって z˙=εfˉ(z)+ε2R、R は有界である。e=z−y とおくと ∣e˙∣≤εK∣e∣+ε2∣R∣(K は fˉ の Lipschitz 定数)、∣e(0)∣≤εsup∣w∣ である。ここで Gronwall の不等式(u′≤αu+β なら u(t)≤(u(0)+βt)eαtという微分不等式の比較)を使うと、t≤L/ε で∣e(t)∣≤(εsup∣w∣+ε2∣R∣L/ε)eKL=O(ε)。最後に ∣x−z∣=ε∣w∣=O(ε) と合わせて主張を得る。
証明の要所は、指数 eεKt が t≤L/ε で eKL という定数にとどまることである。時間 1/ε を超えるとこの定数が際限なく大きくなり、評価は保証を失う。平均化が保証するのは「遅い時間尺度 T=εt で O(1) の範囲」であり、それより長い時間(たとえば 1/ε2)を扱うには二次の平均化や、保存系なら KAM 理論のような別の道具が要る。この「速い変数について平均して遅い変数の方程式を得る」という手続きは、後の断熱定理と Born–Oppenheimer 近似で、速い電子・遅い原子核という形でもう一度現れる。
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