tecktom.com

Born–Oppenheimer 近似の構造

2026年10月9日10分で読めますAI生成教科書『虎の巻』第7章 スケール分離と特異摂動:Born–Oppenheimer から境界層まで
目次
  1. 質量比によるスケーリング
  2. BO 近似と非断熱結合
  3. 円錐交差で BO は破綻する
  4. 木下の層

AI 生成・木下が未勉強

近似の数理 第7章 §7.6 ★★★ 分子の量子化学の土台。質量比を小パラメータとする特異摂動として読む

質量比によるスケーリング

原子単位(ℏ=me=e=1\hbar=m_e=e=1)で、核の質量を簡単のため全部 MM とすると、分子のハミルトニアンは

H=−12MΔR+He(R),He(R)=−12Δr+V(r,R)H = -\frac{1}{2M}\Delta_{\bm{R}} + H_e(\bm{R}),\qquad H_e(\bm{R}) = -\frac12\Delta_{\bm{r}} + V(\bm{r},\bm{R})

と書ける。R\bm{R} は核の座標、r\bm{r} は電子の座標、VV はすべての Coulomb 相互作用である。He(R)H_e(\bm{R}) は核を R\bm{R} に固定したときの電子のハミルトニアンで、その固有値 Ek(R)E_k(\bm{R}) をポテンシャルエネルギー曲面、固有関数を φk(r;R)\varphi_k(\bm{r};\bm{R}) と書く。Born と Oppenheimer(1927)にならい

κ=(meM)1/4\kappa = \Bigl(\frac{m_e}{M}\Bigr)^{1/4}

とおくと、核の運動エネルギーは −κ42ΔR-\frac{\kappa^4}{2}\Delta_{\bm{R}} となる。最高階の微分(R\bm{R} についての2階微分)に小さい係数 κ4\kappa^4 が掛かっているので、これは WKB と同じ型の特異摂動であり、核の運動は実効的な ℏeff=κ2\hbar_{\mathrm{eff}}=\kappa^2 を持つ半古典的な運動になる。

なぜ κ4\kappa^4 の4乗根をとるのかは、エネルギーの階層を見ると分かる。電子の基底状態の曲面 E0(R)E_0(\bm{R}) がある平衡点 R0\bm{R}_0 で最小になるとして、そのまわりで E0≈E0(R0)+12kξ2E_0\approx E_0(\bm{R}_0)+\frac12k\xi^2(ξ=∣R−R0∣\xi=\lvert \bm{R}-\bm{R}_0\rvert、k=O(1)k=\mathcal{O}(1))と近似する。核の方程式 [−κ42∂ξ2+12kξ2]χ=ϵχ\bigl[-\frac{\kappa^4}2\partial_\xi^2+\frac12k\xi^2\bigr]\chi = \epsilon\chi で ξ=κ η\xi=\kappa\,\eta と伸長すると

−κ42∂ξ2+12kξ2=κ2[−12∂η2+12kη2]-\frac{\kappa^4}2\partial_\xi^2+\frac12k\xi^2 = \kappa^2\Bigl[-\frac12\partial_\eta^2+\frac12k\eta^2\Bigr]

となる(検算スクリプト)。括弧の中は O(1)\mathcal{O}(1) の調和振動子なので、振動の広がりは κ\kappa、振動エネルギーは κ2\kappa^2 である。回転は、核間距離 R0=O(1)R_0=\mathcal{O}(1) の剛体回転子のエネルギー ℓ(ℓ+1)/(2MR02)\ell(\ell+1)/(2MR_0^2) がκ4\kappa^4 に比例するので回転エネルギーは κ4\kappa^4 である。電子の励起エネルギーは O(1)\mathcal{O}(1) なので

E電子:E振動:E回転∼1:κ2:κ4E_{\text{電子}} : E_{\text{振動}} : E_{\text{回転}} \sim 1 : \kappa^2 : \kappa^4

という階層が質量比だけから出る。κ\kappa の4乗根は、この階層を整数冪で並べるための選び方である。

例題 7.6 水素分子のエネルギー階層の見積もり ★★★

オリジナルH2\mathrm{H_2} の核の換算質量は陽子質量の半分 μ=Mp/2\mu=M_p/2 である(Mp/me≈1836M_p/m_e\approx1836)。

  • (1) κ4=me/μ\kappa^4=m_e/\mu、κ2\kappa^2、κ\kappa を求めよ。
  • (2) 実測の振動定数 ωe≈4401 cm−1\omega_e\approx4401\ \mathrm{cm^{-1}}、回転定数 Be≈60.85 cm−1B_e\approx60.85\ \mathrm{cm^{-1}} を Hartree 単位(1 Eh=27.211 eV1\,E_h=27.211\ \mathrm{eV}、1 eV=8065.5 cm−11\ \mathrm{eV}=8065.5\ \mathrm{cm^{-1}})に直し、κ2\kappa^2、κ4\kappa^4 と比べよ。回転の代表値はℓ=0→1\ell=0\to1 の間隔 2Be2B_e とする。
  • (3) 振動の広がり κ\kappa が核間距離(約 1.4 a01.4\,a_0)に比べてどの程度かを述べ、調和近似の妥当性を論じよ。
解答

(1) κ4=2/1836=1.09×10−3\kappa^4 = 2/1836 = 1.09\times10^{-3}、κ2=0.033\kappa^2 = 0.033、κ=0.18\kappa = 0.18。

(2) ℏω=4401/8065.5 eV=0.546 eV=0.0201 Eh\hbar\omega = 4401/8065.5\ \mathrm{eV} = 0.546\ \mathrm{eV} = 0.0201\,E_h、2Be=15.1 meV=5.55×10−4 Eh2B_e = 15.1\ \mathrm{meV} = 5.55\times10^{-4}\,E_h である(検算スクリプト)。比をとるとℏω/κ2≈0.61\hbar\omega/\kappa^2\approx0.61、2Be/κ4≈0.512B_e/\kappa^4\approx0.51 で、どちらも O(1)\mathcal{O}(1) の係数で一致する。電子励起はO(1) Eh\mathcal{O}(1)\,E_h(H2\mathrm{H_2} の最低励起は約 11 eV≈0.4 Eh11\ \mathrm{eV}\approx0.4\,E_h)なので、電子・振動・回転のエネルギーの実測の比 0.4:0.02:0.00060.4 : 0.02 : 0.0006は 1:κ2:κ41:\kappa^2:\kappa^4 の階層と桁でそろっている。

(3) 振動の零点振幅は κ≈0.18 a0\kappa\approx0.18\,a_0 程度で、核間距離 1.4 a01.4\,a_0 の1割強である。ポテンシャルを2次で打ち切った誤差は相対的に ξ/R0∼κ\xi/R_0\sim\kappa の程度なので、H2\mathrm{H_2} では調和近似は1割程度の精度でしか成り立たない。実際 H2\mathrm{H_2} は非調和性の大きい分子として知られ、高い振動準位ほど間隔が詰まる。κ\kappa は最も軽い分子で最大になるので、重い核の分子ほど階層の分離もよく、調和近似も良くなる。

BO 近似と非断熱結合

全波動関数を電子の固有関数で展開する。

Ψ(r,R)=∑kχk(R) φk(r;R).\Psi(\bm{r},\bm{R}) = \sum_k\chi_k(\bm{R})\,\varphi_k(\bm{r};\bm{R}).

HΨ=EΨH\Psi=E\Psi に代入し φn\varphi_n との内積を r\bm{r} についてとると、ΔR\Delta_{\bm{R}} が積 χkφk\chi_k\varphi_k に作用することから

[−κ42ΔR+En(R)]χn−κ4∑k[dnk⋅∇R+12Dnk]χk=Eχn(7.11)\Bigl[-\frac{\kappa^4}2\Delta_{\bm{R}}+E_n(\bm{R})\Bigr]\chi_n - \kappa^4\sum_k\Bigl[\bm{d}_{nk}\cdot\nabla_{\bm{R}}+\frac12D_{nk}\Bigr]\chi_k = E\chi_n\tag{7.11}

を得る。ここで dnk=⟨φn∣∇Rφk⟩\bm{d}_{nk} = \langle \varphi_n | \nabla_{\bm{R}}\varphi_k \rangle、Dnk=⟨φn∣ΔRφk⟩D_{nk} = \langle \varphi_n | \Delta_{\bm{R}}\varphi_k \rangle は非断熱結合で、核の運動量演算子が電子の波動関数の R\bm{R} 依存性に作用することから生じる。展開は厳密であり、近似はまだしていない。

Born–Oppenheimer 近似は、(7.11) の k≠nk\ne n の結合を捨て、核が単一の曲面 En(R)E_n(\bm{R}) の上を運動するとみなすものである(対角項 DnnD_{nn} を残すものを断熱近似と呼んで区別することもある)。捨てた項の大きさをスケーリングで見積もる。

  • 断熱定理と同じく、HeH_e を R\bm{R} で微分した式から dnk=⟨φn∣∇RV∣φk⟩/(Ek−En)\bm{d}_{nk} = \langle \varphi_n | \nabla_{\bm{R}}V | \varphi_k \rangle /(E_k-E_n) であり、∣dnk∣∼1/g\lvert \bm{d}_{nk}\rvert \sim1/g(gg は電子準位のギャップ)である。
  • 核の波動関数は幅 κ\kappa の振動状態なので ∇Rχ∼χ/κ\nabla_{\bm{R}}\chi\sim\chi/\kappa である。
  • したがって結合項 κ4dnk⋅∇χk\kappa^4\bm{d}_{nk}\cdot\nabla\chi_k は κ4⋅κ−1/g=κ3/g\kappa^4\cdot\kappa^{-1}/g = \kappa^3/g の大きさである。

これは振動エネルギー κ2\kappa^2 より κ/g\kappa/g 倍小さい。エネルギーへの寄与は2次摂動で (κ3/g)2/g=κ6/g3(\kappa^3/g)^2/g = \kappa^6/g^3 となり、回転エネルギー κ4\kappa^4 よりも高次である。一方、対角補正 κ42Dnn\frac{\kappa^4}2D_{nn} は κ4\kappa^4 の大きさで回転と同じ次数に入る。この見積もりから、BO 近似は電子のギャップ gg が κ\kappa より十分大きい限りにおいて、κ\kappa についての漸近展開の最初の項として正当化されるものだと分かる。数学的な厳密化は、Combes・Duclos・Seiler による固有値の漸近展開や、Hagedorn による時間依存の問題での κ\kappa についての漸近展開(核の波束が曲面上を半古典的に運動する解の構成)などの仕事で与えられている。いずれも、ギャップ条件が考えている核の配置の範囲で一様に成り立つことを仮定している。

BO は断熱定理の空間版

核の振動の周期は 1/κ21/\kappa^2(原子単位の時間)で、電子の運動の時間尺度 O(1)\mathcal{O}(1) より κ−2\kappa^{-2} 倍長い。電子から見ると、核の配置 R(t)\bm{R}(t) は遅い時間 s=κ2ts=\kappa^2t で変わるパラメータであり、電子のハミルトニアン He(R(t))H_e(\bm{R}(t)) は断熱定理の H(s)H(s) の形をしている。断熱定理が「ギャップがあれば電子は瞬間ごとの固有状態 φn(R(t))\varphi_n(\bm{R}(t)) にとどまる」と言い、その結果として核は曲面 EnE_n の上を動く。断熱定理の誤差を支配した ∥H′∥/g2\lVert H'\rVert /g^2 が、ここでは非断熱結合 dnk∼1/g\bm{d}_{nk}\sim1/g と核の速度の積として現れる。速いもの(電子)と遅いもの(核)を分けるという物理の直観は、数学的には「遅い変数を固定して速い変数の固有値問題を解き、その固有値を遅い変数のポテンシャルとして使う」という手続きであり、平均化・多重尺度法と同じ構造をもつ。

円錐交差で BO は破綻する

二つの電子の曲面 E1(R)E_1(\bm{R})、E2(R)E_2(\bm{R}) が核配置のある点 Rc\bm{R}_c で縮退すると、ギャップ条件が破れる。多原子分子では、核の自由度が2つ以上あれば、二つの曲面は一般に点で接して円錐形に交わる(円錐交差)。交差点の近くではギャップが g≈c∣R−Rc∣g\approx c\lvert \bm{R}-\bm{R}_c\rvert と線形に閉じ、非断熱結合は ∣d12∣∼1/∣R−Rc∣\lvert \bm{d}_{12}\rvert \sim1/\lvert \bm{R}-\bm{R}_c\rvert と発散する。上の見積もりで結合項 κ3/g\kappa^3/g が振動エネルギー κ2\kappa^2 と同じ大きさになるのは g∼κg\sim\kappa、すなわち∣R−Rc∣≲κ\lvert \bm{R}-\bm{R}_c\rvert \lesssim\kappa の領域である。核の波束がこの領域に入ると、Landau–Zener の議論と同様に、系は一方の曲面から他方へ O(1)\mathcal{O}(1) の確率で移る。光化学反応で励起状態から基底状態への速い無放射遷移が起こるのは、この円錐交差を通る経路があるためと理解されている。

円錐交差にはもう一つ、BO 近似の内部では見えない幾何学的な性質がある。実数に選んだ電子の固有関数 φn(R)\varphi_n(\bm{R}) は、交差点を一周する経路に沿って連続に追うと符号が反転する(Berry 位相 π\pi)。このため、交差点を囲む核の運動を BO の単一曲面で記述する際には、核の波動関数にも符号の反転を補う境界条件を課す必要がある。Herzberg と Longuet-Higgins が指摘したこの性質は、非断熱結合 dnn\bm{d}_{nn} の虚部がベクトルポテンシャル(Berry 接続)として核の方程式に残る、という形で一般化される。

落とし穴

「BO 近似は核が重いから正しい」という説明は、条件の半分しか述べていない。質量比 κ\kappa が小さいことに加え、電子準位のギャップ gg が κ\kappa に比べて大きいことが必要であり、後者は核配置ごとに成り立ったり破れたりする。平衡点のまわりの基底状態の振動・回転スペクトルではほぼ常に成り立つが、光励起後の動力学・解離・電荷移動のように核が曲面の交差点の近くを通る過程では BO 近似は出発点として使えない。

ほかの巻では

木下の勉強ステータス

木下はまだこの記事を勉強していません。

AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com

← AI生成教科書『虎の巻』の記事一覧へ