近似の数理 第12章 §12.2 ★★★ 原子軌道への射影(A 型)が良い近似になる理由は、トンネル積分が Agmon 距離で指数的に小さいという B 型の定理にある
2つの顔
tight-binding の手続きは、各格子点 R に局在した軌道 ϕR(r)=ϕ(r−R) を1つずつ選び、その張る空間の中で H を対角化することである。これは第4章の Galerkin 法そのもの(A 型)で、行列要素 ⟨ϕR,HϕR′⟩ のうち隣どうしだけを残すとε(k)=εa−th∑δeik⋅δ(δ は最近接のベクトル)が出る(近似の数理 第4章)。第4章の Céa の補題が言うように、射影の誤差は「真の解(ここでは真のバンドの固有関数)を選んだ空間でどこまで近似できるか」で決まる。tight-binding が良いのは、原子の井戸が深くて互いに離れているときである。この「深くて離れている」を極限として定式化し、そこで何が言えるかが B 型の側の主張になる。
井戸の深さを測る小さいパラメータとして、1次元で
Hh=−h2dx2d2+V(x),V(x+a)=V(x)≥0(12.7)
を考える。V は各単位胞にただ1つの非退化な最小点 x=na を持ち、そこで V=0 とする。h→0 は「質量が大きい」または「ポテンシャルが深い」極限で、h2=ℏ2/(2m) を固定して V を λ2 倍した −∇2+λ2V の λ→∞ と同じことである(h=1/λ と割り直す)。最低のバンドは各井戸の調和振動子の基底状態のエネルギー hV′′(0) の近くにあり、問題はその幅である。
Agmon 距離と幅の定理
第7章の WKB では、古典的に禁じられた領域の波動関数が exp(−h1∫V−Edx) の形で減衰した(近似の数理 第7章)。これを井戸の底のエネルギー E=0 で測った距離が Agmon 距離
dA(x,y)=∫xyV(s)ds(12.8)
である(d 次元では計量 V∣dr∣2 による測地距離。S. Agmon の名による)。隣の井戸までの Agmon 距離を S0=dA(0,a) とおく。
定理 12.4(最低バンドの幅 ★★★)
滑らかな周期ポテンシャル V が各単位胞に非退化な最小点を1つだけ持つとき、Hh の最低バンドの幅 W(h)=maxε1−minε1 は
h→0limhlnW(h)=−S0
を満たす(B. Simon (1984), Ann. Phys. 158, 415。d 次元では S0 は異なる最小点を結ぶ Agmon 距離の最小値)。
証明の筋は2段である。第1段は Agmon の評価で、最低バンドに属する状態は井戸から離れると e−dA(x,井戸)/h より速くは減らないことを、ポテンシャルの重み edA/h をかけた二次形式の不等式で示す(WKB の減衰を、方程式を解かずに不等式として取り出したもの)。第2段は、各井戸に1つずつ置いた「局在した近似固有関数」の張る空間が、最低バンドのスペクトル射影の値域と e−S0/h の程度の精度で一致することを示し、その空間での Hh の行列(tight-binding 行列)の非対角要素が e−S0/h の大きさで、隣の隣は e−2S0/h 程度とさらに小さいことを使う。係数まで含めた精密な形(多重井戸の一般論)は Helffer と Sjöstrand が整えた(B. Helffer and J. Sjöstrand (1984), Comm. Partial Differential Equations 9, 337)。
この定理が tight-binding に与える意味ははっきりしている。最近接だけを残す近似は、第2近接のホッピングを e−S0/h に比べて e−S0/h 倍だけ小さいとして捨てる近似で、深い井戸の極限では相対誤差が指数的に小さい。逆に、近似の精度を決めるのは S0/h という1つの無次元数であり、井戸が浅くなって S0/h が1の程度になると、ホッピングを何個残せばよいかは数学からは言えなくなる。
軌道の選び方の誤り:尾の形
A 型の側から見ると、どの軌道 ϕ を選ぶかで誤差が変わる。井戸の底の調和振動子のガウス関数 e−V′′(0)/2x2/(2h) を軌道に選ぶと、井戸の中の形は正しいが、尾がガウス型で速すぎる。真の固有関数の尾は Agmon 距離の指数関数なので、2つのガウス関数の重なりから計算したホッピングは、指数の肩が正しい S0/h と違う値になる。下の例題の余弦ポテンシャルでは、ガウス軌道で作った tight-binding の幅は指数が π2/2≈4.93 に向かい、正しい 4 より大きい(幅を指数的に過小評価する)。第4章の言葉では、ガウス関数1個の空間は真の解の尾を近似する能力 inf∥u−v∥ が足りない。井戸の中の形が合っていても、トンネルを担うのは尾であり、ホッピングの大きさは尾で決まる。
例題 12.2 余弦ポテンシャルの最低バンドの幅 ★★★
オリジナルMathieu 方程式の形 −y′′+2qcos(2x)y=Ey(周期 π、q>0)の最低バンドの幅 W(q) を考える。
- ポテンシャルを最小値が 0 になるように 4qcos2x と書き直し、h=1/q とおいて (12.7) の形にせよ。隣り合う井戸 x=π/2 と 3π/2 のAgmon 距離 S0 を求め、定理 12.4 から W≈e−4q(指数の肩)を導け。
- 数値の対角化で W(10)=4.27×10−4、W(40)=4.04×10−9 である。−lnW/q を計算し、4 との違いが何に由来するか述べよ。
- 各井戸に調和振動子の基底状態 e−q(x−xn)2 を置いた LCAO の幅の指数の肩が π2/2 になる理由を、隣の軌道との重なり積分から説明せよ。
解答
(1) 2qcos2x=4qcos2x−2q なので、定数 −2q をエネルギーへ移せば −y′′+4qcos2xy=(E+2q)y。全体を q で割ると−q1y′′+4cos2xy=qE+2qy となり、h2=1/q、V=4cos2x の形である(エネルギーの単位は q 倍になるが、指数の肩には関係しない)。井戸は cosx=0 の点で、S0=∫π/23π/24cos2xdx=2∫π/23π/2∣cosx∣dx=4。定理から hlnW→−4、すなわち lnW=−4q+o(q) である。
(2) −lnW/q は q=10 で ln(4.27×10−4)=−7.76 を 10=3.162 で割って 2.45、q=40 で 19.33/6.325=3.06 である。4 から離れているのは、幅の前に冪の因子があるからである。実際 Mathieu 方程式の漸近形(DLMF §28.8)はW≃322/πq3/4e−4q で、q=10 で 4.61×10−4、q=40 で 4.19×10−9 と数値の幅に 0.93 倍、0.96 倍まで近い(比は 1−O(q−1/2) で 1 に近づく。図 12.2)。定理 12.4 は対数の主要項だけを言う主張なので、前の因子 q3/4 によるlnq/q の程度のずれは定理と矛盾しない。
(3) ガウス軌道どうしの重なりは、中心の距離 π について ∫e−q[(x−xn)2+(x−xn−π)2]dx∝e−qπ2/2 である(指数の最小値は中点で 2q(π/2)2)。ホッピングの行列要素も中点付近の積分で決まるので同じ指数を持ち、幅は e−(π2/2)q の程度になる。π2/2=4.93>4 なので、q が大きいほど LCAO は幅を大きく過小評価する。数値では、この LCAO の幅は q=40 で 2.8×10−11 と真の値の約 1/150 である(検算スクリプト)。

図 12.2 余弦ポテンシャル 2qcos2x の最低バンドの幅。点線と丸=平面波基底の対角化による値、実線=漸近形。縦軸は対数で、傾きが Agmon 距離 S0=4 を表す
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの h/S0→0(隣の井戸までの Agmon 距離が h=ℏ/2m の尺度で大きい) | 証明 証明済み(滑らかな V・単位胞に非退化な最小点1つ。幅の対数の主要項は Simon 1984、係数まで Helffer–Sjöstrand 1984。実在の原子間距離での誤差の大きさは要確認) | 行き先 近似の数理 第4章・近似の数理 第7章
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