量子力学の様々な構成方法 第10部 第4章 §10.4.1 ★★★ 波動関数に「ある方向について共変定数」を課すとき、その方向の組は ω が0になる組でなければならない。最大の組が Lagrange 部分空間で、これを偏極と呼ぶ
第10部第3章では、Poisson 括弧をすべての関数について交換子に写す前量子化
Qpre(f)=−iℏ∇Xf+f=−iℏXf+θ(Xf)+f,∇=d+ℏiθ
を組み立てた(第10部第3章)。その代わりに、波動関数を相空間の上の関数 F(q,p) にしたので Hilbert 空間が大きすぎ、基準の Schrödinger 表現を無限個重ねたものになった。調和振動子のスペクトルは ℏω0Z で、各準位が無限に縮退していた。
この章は第10部の部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値性 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)のうち、「基準との同値性」と共通例題の前半を受け持つ。出発点に置くのは、前量子の空間から「相空間の半分の方向について共変微分が0になる切断」だけを残すという幾何の条件、すなわち偏極である。1節で、半分の方向を勝手に選んではいけない理由を示す。共変微分の曲率が (i/ℏ)ω なので、同時に共変微分を0にできる方向の組は ω が0になる組(Lagrange 部分空間)に限られる。2節で、運動量の方向を選ぶ実偏極が位置表示を、位置の方向を選ぶ実偏極が運動量表示を与えること、量子化できる関数が a(q)+b(q)p に限られることを示す。3節で共通例題③(自由粒子)を実偏極で解き、伝播関数を2通りに出す。4節で複素の方向を選ぶ正則偏極が Bargmann–Fock 表示とコヒーレント状態を与えることを示し、共通例題①(調和振動子)のスペクトルが下に有界で縮退のない ℏω0n になるところまで進む。零点の 21 はまだ出ず、第10部第5章の半形式補正に送る。5節では、第10部第3章の総合問題で予告した「トーラスを偏極すると状態の数が N=eBA/h になる」ことを、実偏極と正則偏極の両方で証明する。6節が橋の節である。
記号は第10部第2・3章と補足の表に従う。ω=dq∧dp、θ=−pdq、Xf=∂p∂f∂q∂−∂q∂f∂p∂(ιXfω=df)、ω(Xf,Xg)={f,g}、ゲージ変換は θ→θ+dλ と F→e−iλ/ℏF の組である。自由度は fd、調和振動子の角振動数は ω0 と書く。共通例題の1自由度の座標は補足の約束どおり x と書くが、相空間の幾何を書く所では (q,p) を使い、両者は同じ変数である。
前量子の空間から何を除くか
第10部第3章の分解定理によれば、1自由度の前量子の空間は L2(R2)≅L2(Ru)⊗L2(Rv) と分かれ、Qpre(q)=u⊗1、Qpre(p)=(−iℏ∂u)⊗1 だった(第10部第3章)。基準の量子力学を取り出すには、余分な因子 L2(Rv) を落とせばよい。ただし落とし方を座標で決めると、正準変換をしたときに別の落とし方へ移ってしまい、量子化が相空間の幾何から決まるという幾何学的量子化の目的に反する。そこで落とし方を「ある方向の共変微分が0」という、座標によらない条件で書く。前量子の空間の関数は 2fd 個の変数に依存するので、fd 個の方向について条件を課せば、残る関数は fd 個の変数の関数になり、基準の波動関数と同じ大きさになる。
同時に共変定数にできる方向
方向の組を、各点で接ベクトルの部分空間 P を与えるもの(分布)として表す。複素の方向も許すため、P は複素化した接空間 TCM の部分空間とする。F が P のすべての方向について共変定数、すなわち
∇UF=0(U∈P)(10.4.1)
を満たすとき、F を P について偏極した切断と呼ぶ。
命題 10.4.1(共変定数にできる方向は等方的 ★★★)
P が交換子で閉じている(U,W∈P なら [U,W]∈P)とする。ある開集合で0にならない偏極した切断 F があるなら、その開集合で P は等方的、すなわちすべての U,W∈P について ω(U,W)=0 である。
証明
第10部第3章の曲率の式 [∇U,∇W]−∇[U,W]=ℏiω(U,W) を F に当てる。左辺は ∇UF=∇WF=0 と、[U,W]∈P から ∇[U,W]F=0 となるので0である。右辺は ℏiω(U,W)F で、F=0 の点で ω(U,W)=0 が従う。
等方的な部分空間の次元は fd 以下である(ω が非退化なので、P と ω で直交する空間 P⊥ω の次元は 2fd−dimP で、等方的なら P⊂P⊥ω)。上限 fd に達するもの、すなわち P=P⊥ω を Lagrange 部分空間と呼ぶ(第10部第2章で、Lagrange 部分多様体の接空間として出てきたもの。第10部第2章)。命題 10.4.1 は、課せる条件の数が最大でも fd 個であることを述べている。fd 個の条件で余分な変数がちょうど落ちるので、最大の組を使う。
定義 10.4.2(偏極)
シンプレクティック多様体 (M,ω) の偏極とは、TCM の部分空間の滑らかな族 P で、次を満たすものである。
- (i) 各点で Lagrange 部分空間:dimCP=fd で、ω(U,W)=0(U,W∈P)。
- (ii) 交換子で閉じている(可積分)。
P=Pˉ(複素共役で閉じる)なら実偏極、P∩Pˉ=0 でさらに iω(Uˉ,U)>0(U∈P、U=0)なら正の正則偏極(Kähler 偏極)と呼ぶ。
実偏極では、(ii) と Frobenius の定理により M が fd 次元の葉に分かれ、P は葉の接空間になる。条件 (i) から各葉は Lagrange 部分多様体である。曲率が葉の上で0になる((i))ので、葉の上では共変定数の切断が局所的にいつでも作れる。正則偏極では、(ii) によって P を ∂/∂zˉj で張る複素座標 zj が取れ(Newlander–Nirenberg の定理)、偏極した切断は「zj の正則関数に決まった因子を掛けたもの」になる。どちらの場合も、偏極を選ぶことは「波動関数がどの fd 個の変数の関数か」を選ぶことである。条件 iω(Uˉ,U)>0 の意味は4節と5節で具体的に見る。この不等式の向きが逆だと、偏極した切断が e+∣z∣2/2 のように増えて規格化できない。
例題 10.4.1 等方的でない方向の組は両立しない ★★
オリジナル2自由度の相空間 R4(ω=dq1∧dp1+dq2∧dp2、θ=−p1dq1−p2dq2)で考える。
- (1) P1=span{∂p1,∂q2} が Lagrange 部分空間であることを確かめ、偏極した切断の一般形を求めよ。
- (2) P2=span{∂p1,∂q1} について [∇∂p1,∇∂q1] を計算し、0でない偏極した切断が無いことを示せ。
解答
(1) ω(∂p1,∂q2)=0(dq1 と dp2 の成分がどちらも0)で、2次元なので Lagrange。∇∂p1=∂p1(θ に dp1 の成分が無い)、∇∂q2=∂q2−ℏip2。∂p1F=0 から F は p1 によらず、∂q2F=ℏip2F から
F(q1,p1,q2,p2)=eip2q2/ℏΦ(q1,p2).
粒子1は位置表示、粒子2は運動量表示で表した波動関数になる。このように、自由度ごとに別の表示を選ぶことも偏極の1つである。
(2) ∇∂q1=∂q1−ℏip1 で、[∂p1,∂q1−ℏip1]=−ℏi。これは曲率の式の右辺 ℏiω(∂p1,∂q1)=ℏi⋅(−1) と一致する。∇∂p1F=∇∂q1F=0 なら左辺を F に当てて0なので −ℏiF=0、すなわち F=0 である。位置と運動量の両方について波動関数を決めようとすると解が無いという事情は、不確定性関係の幾何での表れである。
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