量子力学の様々な構成方法 第10部 第3章 §10.3.1 ★★★ −iℏXf だけでは定数が消え、f を足すと括弧がずれ、θ(Xf) を足すとずれが消える。前量子化の演算子がこの3段で決まる
第10部第1章では、Poisson 括弧を交換子に写す規則 [Q(f),Q(g)]=iℏQ({f,g}) をすべての多項式に課すと、既約性(位置表示で q^,p^ と交換する演算子は定数だけ)と両立しないことを示した(第10部第1章)。同じ章で、既約性を捨てれば規則を全部の関数で満たす写像があることを予告し、その形
Qpre(f)=−iℏXf+θ(Xf)+f
を先に示した。第10部第2章は、この式に入っているハミルトンベクトル場 Xf(ιXfω=df)とシンプレクティック・ポテンシャル θ(dθ=ω)を準備した(第10部第2章)。
この章は第10部の部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値性 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)のうち、「基本の対象」の後半を受け持つ。出発点に置くのは、第10部第1章の要請のうち既約性を除いた3つ、すなわち線形性・実の関数をエルミートな演算子に送ること・括弧を交換子に送ることと、定数関数1を恒等演算子に送ることである。この要請から、演算子の形を1節で組み立て、2節でそれを「相空間の上の荷電粒子の共変微分」として読み直す。θ がベクトルポテンシャル、ω/ℏ が磁場の役を受け持ち、括弧が保たれる理由は「接続の曲率がちょうど (i/ℏ)ω である」ことに集約される。3節で演算子が働く Hilbert 空間を作り、時間発展が「古典の軌道に沿って運び、作用の位相 eiS/ℏ を掛ける」ことを示す。4節では、相空間の形によって線束が作れない場合があり、作れる条件が ω の閉曲面上の積分が 2πℏ の整数倍であること(整数条件)を示す。これは Aharonov–Bohm 効果の位相と Dirac の磁気単極子の量子化条件と同じ式である。5節では、前量子化の Hilbert 空間が基準の Schrödinger 表現を無限個重ねたものであり、調和振動子のスペクトルが ℏω0Z になって正しくないことを示す。これが第4章の偏極へ進む理由になる。6節が橋の節である。
記号の流儀は補足の表と第10部第2章に従い、ω=dq∧dp、θ=−pdq、Xf=∂p∂f∂q∂−∂q∂f∂p∂、ω(Xf,Xg)={f,g} とする。第10部第2章で示した Xf(g)={g,f} と [Xf,Xg]=−X{f,g} を何度も使う。関数を f,g と書くので、第10部第2章と同じく自由度を fd と書き、調和振動子の角振動数は2形式 ω と区別して ω0 と書く。前量子化の写像は Qpre(f) と書き、文脈が明らかなときは f^ と略す。
要請
相空間 M(はじめは R2fd)の上の滑らかな実関数 f を、ある Hilbert 空間の演算子 Q(f) に送る写像に次の4つを課す。
定義 10.3.1(前量子化の要請)
- (P1) 線形:Q(af+bg)=aQ(f)+bQ(g)(a,b∈R)。
- (P2) 実の関数はエルミート(対称)な演算子に送る。
- (P3) 括弧を交換子に送る:[Q(f),Q(g)]=iℏQ({f,g})。
- (P4) 定数関数 1 を恒等演算子に送る:Q(1)=1。
第10部第1章の要請 (Q1)〜(Q3) に (P4) を明示して足し、既約性 (Q4) を外したものである((Q1)〜(Q4) は第10部第1章の量子化の要請で、第1部第2章の公理 Q1〜Q6 とは別物)。(P4) を外すと、次に見るように Q(f)=0 や、もっと退屈な写像も要請を満たしてしまう。量子力学では定数のエネルギーのずれ E0 は位相 e−iE0t/ℏ を与えるので、定数を0へ送る写像は物理の量子化になりえない。
演算子を働かせる空間として、まず相空間の上の複素数値関数 F(q,p) の空間を取る。波動関数を位置 q だけでなく (q,p) の関数にするのは、相空間の上の操作である Xf をそのまま演算子にするためである。この選択の代償(空間が大きすぎること)は5節で調べる。
第1段:微分だけの候補
ハミルトンベクトル場は f の流れを生成し、第10部第2章で示したとおり [Xf,Xg]=−X{f,g} を満たす。そこで最初の候補を
Q0(f)=−iℏXf
と置く。交換子を計算すると
[Q0(f),Q0(g)]=(−iℏ)2[Xf,Xg]=ℏ2X{f,g}=iℏ(−iℏX{f,g})=iℏQ0({f,g})
となり、(P3) は満たされる。符号の −iℏ は、交換子の向き [Xf,Xg]=−X{f,g} の負号を打ち消すように選んだものである。また Xf は Liouville の体積 dqdp を保つ(∂q(∂pf)+∂p(−∂qf)=0)ので、部分積分で ⟨F,−iℏXfG⟩=⟨−iℏXfF,G⟩ が成り立ち、(P2) も満たす。しかし定数関数 1 では X1=0 なので Q0(1)=0 となり、(P4) が破れる。座標についても Q0(q)=iℏ∂p、Q0(p)=−iℏ∂q で、Q0(q) は q を掛ける操作を含まない。これでは位置の演算子と呼べない。
第2段:関数を掛ける項を足す
定数を正しく送るために f を掛ける項を足し、Q1(f)=−iℏXf+f と置く。交換子の新しい項は [−iℏXf,g]=−iℏXf(g) などの掛け算で、
[Q1(f),Q1(g)]=ℏ2X{f,g}−iℏXf(g)+iℏXg(f)=ℏ2X{f,g}+2iℏ{f,g}
となる(Xf(g)={g,f}=−{f,g}、Xg(f)={f,g} を使った)。一方 iℏQ1({f,g})=ℏ2X{f,g}+iℏ{f,g} なので、
[Q1(f),Q1(g)]−iℏQ1({f,g})=iℏ{f,g}(10.3.1)
だけずれる。掛け算の部分が「2回」数えられてしまうのが原因である。
第3段:θ(Xf) でずれを消す
ずれ (10.3.1) は {f,g}=ω(Xf,Xg) の掛け算なので、ω から作った掛け算の項で打ち消せるはずである。ω=dθ と書ける1形式 θ を1つ選び、c を定数として Qc(f)=−iℏXf+cθ(Xf)+f と置く。交換子に新しく加わるのは [−iℏXf,cθ(Xg)]+[cθ(Xf),−iℏXg]=−iℏc(Xfθ(Xg)−Xgθ(Xf)) で、外微分の公式(第10部第2章)
dθ(X,Y)=X(θ(Y))−Y(θ(X))−θ([X,Y])
を X=Xf、Y=Xg に使うと、dθ(Xf,Xg)=ω(Xf,Xg)={f,g} と [Xf,Xg]=−X{f,g} から
Xfθ(Xg)−Xgθ(Xf)={f,g}−θ(X{f,g})
となる。したがって
[Qc(f),Qc(g)]=ℏ2X{f,g}+2iℏ{f,g}−iℏc{f,g}+iℏcθ(X{f,g}),
これと iℏQc({f,g})=ℏ2X{f,g}+iℏcθ(X{f,g})+iℏ{f,g} の差は iℏ(1−c){f,g} である。c=1 でちょうど消える。
命題 10.3.2(前量子化の演算子 ★★★)
dθ=ω となる1形式 θ を1つ選び、
Qpre(f)=−iℏXf+θ(Xf)+f(10.3.2)
と置く。これは要請 (P1)〜(P4) をすべての滑らかな関数 f,g について満たす。θ(Xf) の係数を1以外にすると (P3) が破れる。
証明
(P1) は Xf が f について線形であることから従う。(P3) は上の計算で c=1 と置いたものである。(P4) は X1=0 から Qpre(1)=1。(P2) は、−iℏXf が上で示したとおり対称で、θ(Xf)+f が実関数の掛け算(θ が実の1形式なので)であることから従う。係数 c を変えると差 iℏ(1−c){f,g} が残り、{f,g}=0 となる組(例えば f=q2、g=p2 で {q2,p2}=4qp)で (P3) が破れる。
標準の θ=−pdq では、θ(Xf)=−p∂pf なので
Qpre(f)=−iℏ(∂p∂f∂q∂−∂q∂f∂p∂)+f−p∂p∂f.(10.3.3)
掛け算の部分 f−p∂pf は、f を p について Legendre 変換した形をしている。f=H=p2/(2m)+V(q) では H−p∂pH=V−p2/(2m)=−L で、第10部第2章で見たとおり Lagrangian の符号を替えたものになる。3節でこの −L が作用の位相として現れる。
例題 10.3.1 座標とスクイーズの生成子を前量子化する ★★★
オリジナルθ=−pdq の前量子化 (10.3.3) で次を求めよ。
- (1) q^=Qpre(q)、p^=Qpre(p) を書き、[q^,p^]=iℏ を確かめよ。
- (2) Qpre(qp) を書き、[Qpre(qp),q^]=−iℏq^、[Qpre(qp),p^]=iℏp^ を確かめよ。これが (P3) の何にあたるかを述べよ。
- (3) Q1(f)=−iℏXf+f を使うと [Q1(q),Q1(p)] がどうなるかを計算し、式 (10.3.1) と照らし合わせよ。
解答
(1) f=q:∂pq=0、∂qq=1 なので Xq=−∂p、θ(Xq)=0 で、q^=q+iℏ∂p。f=p:Xp=∂q、θ(Xp)=−p で、p^=−iℏ∂q−p+p=−iℏ∂q。試験関数 F に当てると
q^p^Fp^q^F=(q+iℏ∂p)(−iℏ∂qF)=−iℏq∂qF+ℏ2∂p∂qF,=−iℏ∂q(qF+iℏ∂pF)=−iℏF−iℏq∂qF+ℏ2∂q∂pF
で、差は iℏF。よって [q^,p^]=iℏ。
(2) f=qp:∂pf=q、∂qf=p なので Xqp=q∂q−p∂p、θ(Xqp)=−pq で、掛け算の部分 qp−qp が消え
Qpre(qp)=−iℏ(q∂q−p∂p).
交換子は [q∂q−p∂p,q]=q、[q∂q−p∂p,∂p]=∂p を使って[Qpre(qp),q^]=−iℏ(q+iℏ∂p)=−iℏq^。また [q∂q,∂q]=−∂q、[p∂p,∂q]=0 から[Qpre(qp),p^]=(−iℏ)2[q∂q−p∂p,∂q]=ℏ2∂q=iℏ(−iℏ∂q)=iℏp^。古典の括弧は {qp,q}=−q、{qp,p}=p なので、これは (P3) の [Q(qp),Q(q)]=iℏQ({qp,q}) そのものである。qp は位相空間を q 方向に伸ばし p 方向に縮める流れ(スクイーズ)の生成子で、2次の関数なので Weyl 順序の D^=(q^p^+p^q^)/2 と同じ括弧を持つ(第10部第1章)。
(3) Q1(q)=q+iℏ∂p(θ(Xq)=0 なので前量子化と同じ)、Q1(p)=−iℏ∂q+p。(1) の結果に [q+iℏ∂p,p]=iℏ を加えて [Q1(q),Q1(p)]=2iℏ。一方 iℏQ1({q,p})=iℏQ1(1)=iℏ で、差 iℏ=iℏ{q,p} は式 (10.3.1) のとおりである。θ(Xp)=−p が Q1(p) の余分な p を消し、正しい値 iℏ に戻す。
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