量子力学の様々な構成方法 第10部 第5章 §10.5.5 ★★★ 整数条件 k=2S/ℏ∈Z を満たす球面を正則偏極で量子化すると、偏極した切断は次数 k 以下の多項式で、S の3成分がスピン j=k/2 の表現に写る。共通例題②の Rabi 振動はこの表現の上の古典の回転そのもの
球面の複素座標と偏極
第10部第2章の球面の面積形式 ωS=Ssinϑdϑ∧dφ と、Darboux 座標 (q,p)=(φ,Scosϑ) を使う(第10部第2章)。球面の点を長さ S のベクトル S=S(sinϑcosφ,sinϑsinφ,cosϑ) と見ると、この Darboux 座標で {Sx,Sy}=Sz(巡回も)が成り立ち、Sz=p は φ の回転の生成子である。北極を原点にした立体射影の複素座標を
u=tan2ϑe−iφ(10.5.11)
と置く(向きを e−iφ にするのは、次の正の条件を満たすためである)。u=re−iφ、r=tan2ϑ で du∧duˉ=2irdr∧dφ、sinϑdϑ=4rdr/(1+r2)2 を使うと
ωS=−(1+∣u∣2)22iSdu∧duˉ,Sz=S1+∣u∣21−∣u∣2,S+:=Sx+iSy=1+∣u∣22Suˉ(10.5.12)
となる。iωS(∂u,∂uˉ)=2S/(1+∣u∣2)2>0 なので、P=span{∂uˉ} は正の正則偏極である。
第10部第3章の北極側の θN=S(1−cosϑ)dφ は、u では
θN=iS1+∣u∣2uˉdu−uduˉ
と書ける(uˉdu−uduˉ=−2ir2dφ、2r2/(1+r2)=1−cosϑ)。θN(∂uˉ)=−iSu/(1+∣u∣2) なので、k:=2S/ℏ として∇∂uˉ=∂uˉ+2k1+∣u∣2u となり、偏極した切断は
FN=f(u)(1+∣u∣2)−k/2(f は正則関数)(10.5.13)
である。因子 (1+∣u∣2)−k/2 は、平面の e−∣z∣2/2 と同じく曲率が付けた重みである。
南極で滑らかであること
FN は北極の近傍でしか意味を持たない。第10部第3章で求めた貼り合わせ FN=e−2iSφ/ℏFS、すなわち FS=eikφFN で南極側の表し方に移る。南極の近傍の座標 v=1/u=cot2ϑeiφ では eiφ=v/∣v∣、(1+∣u∣2)−k/2=∣v∣k(1+∣v∣2)−k/2 なので
FS=vkf(1/v)(1+∣v∣2)−k/2
となる。FS が南極 v=0 で滑らかであるためには vkf(1/v) が v=0 で正則でなければならず、これは f が次数 k 以下の多項式であることと同値である。
定理 10.5.6(球面の量子化(Borel–Weil の最も簡単な場合) ★★★)
整数条件 k=2S/ℏ∈Z>0 のもとで、正の正則偏極について偏極した切断の空間は、次数 k 以下の多項式 f(u) の全体で、k+1=2S/ℏ+1 次元である。S の3成分は偏極を保ち、その上で
S^z=S−ℏudud,S^+=ℏdud,S^−=ℏ(ku−u2dud)(10.5.14)
と量子化される。[S^+,S^−]=2ℏS^z、[S^z,S^±]=±ℏS^± で、空間はスピン j=k/2=S/ℏ の既約表現である。内積は ∥um∥2=(k+1)!km!(k−m)! で、um は互いに直交する。
証明
次元は上の滑らかさの議論による。演算子は、ハミルトンベクトル場を ιXωS=df から Xu=ifuˉ(1+∣u∣2)2/(2S)、Xuˉ=−ifu(1+∣u∣2)2/(2S) と求め、Qpre(f)=−iℏXf+θN(Xf)+f を切断 (10.5.13) に当てて計算する。例えば Sz では Xu=−iu(φ の回転 ∂φ)、θN(XSz)=S−Sz で、Qpre(Sz)=−iℏ∂φ+S、∂φf(u)=−iuf′(u) から S^z の式を得る。S± も同じ計算で、3つとも ∂uˉXu=0 なので偏極を保つ(verify_ch10-05.py で記号計算した)。交換関係は式 (10.5.14) を直接計算すると [ℏ∂,ℏ(ku−u2∂)]=ℏ2(k−2u∂)=2ℏS^z などとなる。S^zum=ℏ(j−m)um なので S^z の固有値は jℏ,(j−1)ℏ,…,−jℏ で、S^+1=0、S^−uk=0 から最高と最低の状態がそろう。内積は ωS/(2πℏ)=(k/π)dxdy/(1+r2)2(u=x+iy)と重み (1+r2)−k から∥um∥2=k∫0∞tm(1+t)−k−2dt=kB(m+1,k+1−m) で、角度の積分から m=m′ は直交する。(mk)um が正規直交基底の定数倍になり、この基底で S^− は S^+ の随伴になる(k=1,2 は例題で確かめる)。既約性は、S^± で u0 から uk まで全部に行けることによる。
球面の線束の正則切断の空間がスピンの表現になるというこの結果は、コンパクト Lie 群の既約表現を旗多様体の上の正則な線束の切断として実現する Borel–Weil の定理の、SU(2) の場合である1J.-P. Serre (1954), “Représentations linéaires et espaces homogènes kählériens des groupes de Lie compacts (d'après Armand Borel et André Weil)”, Séminaire Bourbaki 2, exposé no. 100, 447–454。。第10部第3章の整数条件 2S/ℏ∈Z は、ここではスピンが半整数か整数に限られること(2j∈Z)として現れる。行列力学では同じ条件を、角運動量の代数の表現の最高と最低がそろう条件として出した(第2部第4章)。幾何学的量子化では、それが「南極でも切断が滑らか」という条件に置き換わっている。B. Kostant はこのように、余随伴軌道(ここでは R3 の中の半径 S の球面)の前量子化と偏極から Lie 群の表現を作る方法を一般の群で展開した2B. Kostant (1970), “Quantization and unitary representations”, Lecture Notes in Math. 170, 87–208(Springer)。。
共通例題②:Rabi 振動
k=1(S=ℏ/2)では空間は {1,u} の2次元で、S^z1=2ℏ⋅1、S^zu=−2ℏu、S^−1=ℏu、S^+u=ℏ である。∥1∥2=∥u∥2=21 なので、∣e⟩↔2⋅1、∣g⟩↔2u と対応させると S^z=2ℏσz、S^x=2ℏσx になる。補足の表の2準位系 H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx は、球面の上の1次関数
Hcl=−ΔSz−ΩSx(10.5.15)
の量子化である。古典の流れは S˙={S,Hcl}=ΩR×S、ΩR=(−Ω,0,−Δ) で、S は軸 ΩR のまわりを角速度 Ω′=Ω2+Δ2 で回る。∣g⟩(南極)から出発すると、時刻 t に ∣e⟩ にいる確率は
Pe(t)=(Ω′Ω)2sin22Ω′t(10.5.16)
で、補足の表の正答と一致する。スピン 21 では ⟨σz⟩=2Pe−1 がそのまま Bloch ベクトルの z 成分で、南極 −ez を軸 ΩR/Ω′ のまわりに角 Ω′t だけ回した点のz 成分は −cosΩ′t−(Δ/Ω′)2(1−cosΩ′t) である。これを (1+sz)/2 に入れても式 (10.5.16) が出る。Hcl が S の1次関数なので、量子の時間発展は古典の回転を表現の上に写したものに一致し、振動子のコヒーレント状態が古典の軌道に沿って形を変えずに回ったこと(第10部第4章)と同じ事情である。
半形式つきの球面
正則偏極 span{∂uˉ} の標準束は du の倍である。南極側では u=1/v から du=−v−2dv、du=±iv−1dv で、半形式つきの切断 f(u)(1+∣u∣2)−k/2⊗du が南極で滑らかであるためには vk−1f(1/v) が正則、すなわち f の次数が k−1 以下でなければならない。次元は k になる。演算子の補正は Sz で LXSzdu=d(−iu)=−idu から −ℏ/2、S− で −ℏu、S+ で0で、
S^z=S−2ℏ−ℏudud,S^+=ℏdud,S^−=ℏ((k−1)u−u2dud)(10.5.17)
となる。これは定理 10.5.6 の k を k−1 に替えたもので、スピン j=(k−1)/2=S/ℏ−21 の表現である。内積の重みも (du,du)2=(1+∣u∣2)2/(2S) から (1+∣u∣2)−(k−1) に変わり、次数 k−1 の場合と同じになる。
半形式を入れると、スピン j を与える球面の半径は S=jℏ から S=(j+21)ℏ にずれる。振動子で軌道の面積が 2πℏn から 2πℏ(n+21) にずれたのと同じずれで、球面の Bohr–Sommerfeld 条件とも整合する。Sz=s の円が囲む北側の帽子の ωS の面積は 2π(S−s) なので、半形式つきの条件 2π(S−s)=2πℏ(n+21) は S=(j+21)ℏ のとき s=ℏ(j−n)(n=0,…,2j)を与え、前量子化だけの条件 2π(S−s)=2πℏn は S=jℏ のとき同じ s=ℏ(j−n) を与える(後者では北極と南極の点も葉に数える)。どちらの約束でも、実偏極(円の葉)と正則偏極で Sz の固有値はそろう(図 10.5.3)。

図 10.5.3 スピン j=1 を与える2通りの球面と、その Bohr–Sommerfeld の葉(Sz=s の円)。左は前量子化だけの約束で半径 S=ℏ、葉は北極・赤道・南極で、帽子の面積が 2πℏn。右は半形式つきで半径 S=23ℏ、葉は高さ s/S=32,0,−32 の円で、帽子の面積が 2πℏ(n+21)。どちらも s=ℏ,0,−ℏ を与える。
例題 10.5.5 スピン1の行列を球面から作る ★★
オリジナルk=2(S=ℏ)の球面を、半形式なしの定理 10.5.6 で量子化する。
- (1) 基底 1,u,u2 のノルムの2乗の比を求め、正規直交基底を作れ。
- (2) その基底で S^z、S^+、S^− の行列を求め、S^−=S^+† を確かめよ。
- (3) S^2=S^x2+S^y2+S^z2 を求め、古典の ∣S∣2=S2=ℏ2 と比べよ。半形式つきでスピン1を作るときの半径でも比べよ。
解答
(1) ∥um∥2=2⋅m!(2−m)!/3! から ∥1∥2:∥u∥2:∥u2∥2=32:31:32。正規直交基底は e0=3/2⋅1、e1=3u、e2=3/2u2。
(2) S^z は um に ℏ(1−m) を掛けるので ℏdiag(1,0,−1)。S^+u=ℏ、S^+u2=2ℏu から、正規直交基底でS^+e1=3ℏ⋅2/3e0=2ℏe0、S^+e2=3/2⋅2ℏ⋅31e1=2ℏe1。S^−1=2ℏu、S^−u=ℏ(2u2−u2)=ℏu2 から S^−e0=2ℏe1、S^−e1=2ℏe2。2つの行列は互いの転置(実なので随伴)である。
(3) S^2=21(S^+S^−+S^−S^+)+S^z2 は対角で、各成分が 2ℏ2=j(j+1)ℏ2(j=1)になる。古典の S2=ℏ2 とは ℏ2=jℏ2 だけ違う。半形式つきでスピン1を作る半径は S=23ℏ で、S2=49ℏ2 は j(j+1)ℏ2=2ℏ2 と 41ℏ2 だけ違う。一般に S=(j+21)ℏ なら S2−4ℏ2=j(j+1)ℏ2 で、ずれは j によらない定数になる。振動子の零点が準位によらない定数だったことと同じ形である。
1 J.-P. Serre (1954), “Représentations linéaires et espaces homogènes kählériens des groupes de Lie compacts (d'après Armand Borel et André Weil)”, Séminaire Bourbaki 2, exposé no. 100, 447–454。
2 B. Kostant (1970), “Quantization and unitary representations”, Lecture Notes in Math. 170, 87–208(Springer)。
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