量子力学の様々な構成方法 第4部 第2章 §4.2.2 ★★★ 2つの系の純粋状態は、両側の正規直交系の対角な和 ∑kλk∣ak⟩∣bk⟩ に必ず書ける。両側の縮約密度演算子は同じ非零固有値 λk を持つ
定理と証明
定理 4.2.1(Schmidt 分解 ★★★)
∣Ψ⟩∈HA⊗HB を単位ベクトルとし(HA は有限次元とする)、ρ^A=TrB∣Ψ⟩⟨Ψ∣ の正の固有値を λ1,…,λr、対応する正規直交な固有ベクトルを ∣a1⟩,…,∣ar⟩ とする。このとき
∣bk⟩:=λk1(⟨ak∣⊗1B)∣Ψ⟩(k=1,…,r)(4.2.3)
は HB の正規直交系で、
∣Ψ⟩=k=1∑rλk∣ak⟩∣bk⟩(4.2.4)
が成り立つ。さらに ρ^B=TrA∣Ψ⟩⟨Ψ∣=∑kλk∣bk⟩⟨bk∣ で、ρ^A と ρ^B の非零固有値は重複も込めて一致する。
証明
HA の正規直交基底を ρ^A の固有ベクトル全体 {∣ak⟩}(固有値 0 のものも含める)に取る。(4.2.3) の右辺の分子を ∣b~k⟩=(⟨ak∣⊗1)∣Ψ⟩ と書くと、内積は
⟨b~k∣b~l⟩=⟨Ψ∣(∣ak⟩⟨al∣⊗1)∣Ψ⟩=Tr[∣Ψ⟩⟨Ψ∣(∣ak⟩⟨al∣⊗1)]=TrA(ρ^A∣ak⟩⟨al∣)=⟨al∣ρ^A∣ak⟩=λkδkl
である。3つ目の等号で部分トレースの特徴づけ(第4部第1章 の命題)を使った。したがって λk>0 の k では ∣bk⟩=∣b~k⟩/λk が正規直交で、λk=0 の k では ∥b~k∥2=0 から ∣b~k⟩=0 である。A の基底の完全性 ∑k∣ak⟩⟨ak∣=1A を ∣Ψ⟩ に当てると
∣Ψ⟩=k∑(∣ak⟩⟨ak∣⊗1)∣Ψ⟩=k∑∣ak⟩⊗∣b~k⟩=k:λk>0∑λk∣ak⟩∣bk⟩
で (4.2.4) を得る。最後に、(4.2.4) から ∣Ψ⟩⟨Ψ∣=∑k,lλkλl∣ak⟩⟨al∣⊗∣bk⟩⟨bl∣ で、A についてトレースを取ると⟨al∣ak⟩=δkl から ρ^B=∑kλk∣bk⟩⟨bk∣。∣bk⟩ は正規直交なので、これは ρ^B の固有値分解で、非零固有値は λk である。
正の係数 λk を Schmidt 係数、その個数 r を Schmidt 階数と呼ぶ。名前は E. Schmidt が積分方程式の核 K(s,t) を2組の直交関数系の対角な和に展開した仕事(Schmidt (1907), Math. Ann. 63, 433)に由来する。2つの系の状態の言葉で書き直したのは Schrödinger で、同じ論文で「もつれ」の概念を導入した(Schrödinger (1935), Proc. Cambridge Phil. Soc. 31, 555)。
行列で見ると特異値分解
基底 ∣i⟩A、∣j⟩B で ∣Ψ⟩=∑i,jCij∣i⟩∣j⟩ と書くと、係数行列 C は dA×dB の長方行列で、ρ^A の行列は CC†、ρ^B の行列は CTC になる(⟨i∣ρ^A∣i′⟩=∑jCijCi′j)。定理 4.2.1 は、C を C=∑kλkukwkT(uk、wk はそれぞれ正規直交)と書く特異値分解と同じ内容である。Schmidt 係数は C の特異値で、その2乗が ρ^A の固有値である。CC† と CTC=C†C が同じ非零固有値を持つことは、行列の言葉では CC† と C†C の非零固有値が一致するという線型代数の事実に当たる。
2量子ビットでは C は 2×2 で、∣detC∣=λ1λ2 である(行列式は特異値の積に位相を掛けたもの)。第1部第2章で示した「積状態 ⇔detC=0」は、Schmidt 階数が1のときに限って積状態になる、という一般の判定の2量子ビット版である。
Schmidt 分解から分かること
定理 4.2.1 から、もつれについて3つのことがすぐに分かる。第一に、全体が純粋なら、A と B の混合の度合いは同じである。純粋度 Trρ^A2=Trρ^B2=∑kλk2 も、von Neumann エントロピー S(ρ^A)=S(ρ^B)=−∑kλklnλk も一致する。この共通の値 −∑kλklnλk を純粋状態のもつれのエントロピーと呼ぶ(もつれの定量化の一般論は 相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部第4章)。次元の違う系でも同じなので、たとえば1量子ビットと巨大な環境が全体として純粋なら、環境の縮約密度演算子の非零固有値は高々2個しかない。第二に、∣Ψ⟩ が積状態であることと、Schmidt 階数が1であることと、ρ^A が純粋であることは同値である。第三に、Schmidt 階数は min(dA,dB) を超えない。
3つの系には Schmidt 分解は無い
3つの系 A, B, C の純粋状態を ∑kck∣ak⟩∣bk⟩∣ck⟩(各系で正規直交)の形に書けるとは限らない。定理 4.2.1 の証明は、A とそれ以外の2つに分けて使うことはできるが、3つを同時に対角にすることはできない。たとえば (∣↑↑↓⟩+∣↑↓↑⟩+∣↓↑↑⟩)/3 はこの形に書けない。浄化の議論で使うのは常に「注目する系」と「それ以外全部」の2つへの分け方なので、この章では問題にならない。
例題 4.2.2 2量子ビットの状態の Schmidt 分解 ★★
オリジナル∣Ψ⟩=101(2∣↑↑⟩+∣↑↓⟩+∣↓↑⟩+2∣↓↓⟩)(左が A、右が B)とする。
- (1) ρ^A を求め、その固有値と固有ベクトルを求めよ。
- (2) 定理 4.2.1 の手順で ∣bk⟩ を作り、Schmidt 分解を書け。
- (3) ∣detC∣ と λ1λ2 を比べ、もつれのエントロピーを求めよ。
解答
(1) 係数行列は C=101(2112) で、ρ^A=CC†=101(5445)=21(1+54σx)。固有ベクトルは σx の固有状態 ∣±⟩ で、固有値は λ+=21(1+54)=109、λ−=101。
(2) ⟨±∣⊗1 を当てる。⟨+∣↑⟩=⟨+∣↓⟩=21 なので
(⟨+∣⊗1)∣Ψ⟩=101⋅21(2∣↑⟩+∣↓⟩+∣↑⟩+2∣↓⟩)=103∣+⟩,
λ+=103 で割って ∣b+⟩=∣+⟩。同様に (⟨−∣⊗1)∣Ψ⟩=201(2∣↑⟩+∣↓⟩−∣↑⟩−2∣↓⟩)=101∣−⟩ で ∣b−⟩=∣−⟩。したがって
∣Ψ⟩=103∣+⟩∣+⟩+101∣−⟩∣−⟩.
展開すると 2101(4∣↑↑⟩+2∣↑↓⟩+2∣↓↑⟩+4∣↓↓⟩) で元に戻る。
(3) detC=101(4−1)=103、λ+λ−=9/100=103 で一致する。もつれのエントロピーは−109ln109−101ln101=0.0948+0.2303=0.325 nat。最大の ln2=0.693 の半分に満たない。
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