量子力学の様々な構成方法 第5部 第1章 §5.1.2 ★★★ 位相空間の構成の出発点の要請。5つは同時に課せるが、非負を加えると矛盾する
5つの要請
密度行列 ρ^ から位相空間の関数 Wρ^(x,p) を作る規則を考える。古典の分布の性質に合わせて、次の要請を並べる。
定義 5.1.1(位相空間の分布への要請)
密度行列 ρ^ に関数 Wρ^(x,p) を対応させる規則について、次の条件を考える。
- (W1) Wρ^ は実数値で、∫Wρ^dxdp=1。
- (W2) ρ^ について線形:ρ^=∑kqkρ^k なら Wρ^=∑kqkWρ^k。
- (W3) 周辺分布が正しい:∫Wρ^dp=⟨x∣ρ^∣x⟩、∫Wρ^dx=⟨p∣ρ^∣p⟩。
- (W4) 平行移動と整合する:状態を位置で a、運動量で p0 だけずらすと、W も (x,p)→(x−a,p−p0) とずれる。
- (W5) 至る所で非負:Wρ^(x,p)≥0。
(W2) は混合状態の扱いから要る。確率 qk で状態 ρ^k を用意するという操作は、古典では分布の重み付き和に対応する。量子でも同じ操作が ρ^=∑kqkρ^k になる(第4部第1章)ので、分布の側も重み付き和になってほしい。(W2) を純粋状態 ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣ で読むと、W は ψ と ψ∗ について1次ずつ、つまり ψ の双線形な式になる。(W3) は、位置だけ・運動量だけを測る実験で、基準の Born の規則と同じ確率を出すための条件である。(W4) は、ψ(x)→ψ(x−a) や ψ(x)→eip0x/ℏψ(x) という操作が、位相空間の点を動かすだけになってほしいという条件である。
素朴な候補:周辺分布の積
最初に思いつく候補は、2つの周辺分布の積
Wψprod(x,p)=∣ψ(x)∣2∣φ(p)∣2,φ(p)=2πℏ1∫ψ(x)e−ipx/ℏdx(5.1.4)
である。これは (W1)(W3)(W4)(W5) を満たす。しかし ψ について4次の式なので (W2) を満たさない。さらに、積の候補は位置と運動量の相関を持てない。次の例題でこれを確かめる。
例題 5.1.2 チャープした Gauss 波束の相関 ★★★
オリジナルσ>0、κ を実数として、波束
ψ(x)=(2πσ2)−1/4exp(−4σ2x2+iκx2)
を考える(位相が x2 に比例するので「チャープした」波束と呼ぶ)。
- (1) ⟨x^2⟩ と ⟨p^2⟩ を求めよ。
- (2) 対称化した相関 C=21⟨x^p^+p^x^⟩ を求めよ。
- (3) 積の候補 (5.1.4) で計算した ∫xpWψproddxdp と比べよ。
解答
(1) ∣ψ∣2=(2πσ2)−1/2e−x2/(2σ2) は分散 σ2 の正規分布なので ⟨x^2⟩=σ2。p^ψ=−iℏψ′ を計算すると
p^ψ=−iℏ(−2σ2x+2iκx)ψ=(2σ2iℏ+2ℏκ)xψ.
よって ⟨p^2⟩=∫∣p^ψ∣2dx=(ℏ2/(4σ4)+4ℏ2κ2)σ2=ℏ2/(4σ2)+4ℏ2κ2σ2。
(2) 上の式から ⟨x^p^⟩=∫ψ∗xp^ψdx=(iℏ/(2σ2)+2ℏκ)σ2=iℏ/2+2ℏκσ2。p^x^=x^p^−iℏ なので ⟨p^x^⟩=−iℏ/2+2ℏκσ2。平均を取って
C=2ℏκσ2.
κ>0 なら、右にいる粒子ほど正の運動量を持つ傾向がある。
(3) Wψprod は x の関数と p の関数の積で、∣φ(p)∣2 は偶関数なので∫xpWψproddxdp=⟨x⟩⟨p⟩=0 になる。κ=0 なら正しい値 2ℏκσ2 と食い違う。自由粒子の波束は時間が経つとこの形のチャープを持つようになる(共通例題③)ので、積の候補では自由な広がりすら正しく書けない。
非負の要請は他と両立しない
積の候補が失敗したのは (W2) を満たさないからだった。では (W1)〜(W4) を満たしたうえで (W5) も満たす規則はあるか。答えは否で、(W2)(W3)(W5) の3つだけで矛盾が出る。
定理 5.1.2(非負で双線形な同時分布は無い ★★★)
純粋状態 ψ に ψ の双線形な式で Wψ(x,p) を対応させる規則で、(W3) と (W5) をすべての ψ について満たすものは存在しない。
証明
そのような規則があったとする。x の上で互いに重ならない区間 I1、I2 を取り、ψ1 は I1 の外で、ψ2 は I2 の外で 0 になる規格化された波動関数とする。複素数 c1,c2 で ψ=c1ψ1+c2ψ2 と置くと、双線形性から
Wψ=∣c1∣2W1+∣c2∣2W2+c1c2∗W12+c1∗c2W21
と書ける。W1=Wψ1、W2=Wψ2 で、W12・W21 は ψ1 と ψ2 の交差の項である。各点 (x,p) で、これは (c1,c2) についての Hermite 形式で、(W5) からその値はつねに 0 以上である。つまり 2×2 行列 (W1W21W12W2) が各点で半正定値になる。
x∈/I2 の点を考える。(W3) から ∫W2dp=∣ψ2(x)∣2=0 で、(W5) から W2≥0 なので、ほとんどすべての p で W2(x,p)=0 である。半正定値の 2×2 行列の対角成分が 0 なら、その行と列の非対角成分も 0 になる(∣W12∣2≤W1W2)。したがって x∈/I2 で W12=W21=0。同じ議論を x∈/I1 に使えば、I1 と I2 は重ならないので、すべての x で W12=W21=0 となる。
すると Wψ=∣c1∣2W1+∣c2∣2W2 で、x について積分すると (W3) から
∣φ(p)∣2=∣c1∣2∣φ1(p)∣2+∣c2∣2∣φ2(p)∣2
となるはずである。しかし実際の運動量分布は ∣c1φ1+c2φ2∣2 で、干渉項 2Re(c1c2∗φ1φ2∗) を含む。2つの波束が離れた場所にあると φ1φ2∗ は p について振動し、一般には 0 でない(二重スリットの縞がこれである)。これは矛盾である。
この定理から、位相空間の構成は出発点で要請のどれかを諦めなければならない。Wigner は (W1)〜(W4) を残して (W5) を捨て、その結果 W は負の値も取る「準確率分布」になる。(W5) を残して (W3) を捨てる道もあり、Husimi の Q 関数がそれに当たる(第5部第6章)。どちらを選んでも、古典の分布と同じ性質をすべて持つ関数は作れない。上の証明の要は、重ね合わせの干渉項が運動量の周辺分布に現れることにある。このあたりの議論は Wigner 自身が後年まとめている(E. P. Wigner (1971)、“Quantum-mechanical distribution functions revisited”、Perspectives in Quantum Theory(W. Yourgrau・A. van der Merwe 編)、MIT Press、25 頁以降)。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com