量子力学の様々な構成方法 第5部 第1章 §5.1.1 ★★ 量子に求める形の手本。分布・周辺分布・期待値・Liouville 方程式の4つをそろえる
古典の統計力学では、系の状態を位相空間 (x,p) 上の確率分布 ρcl(x,p) で表し、どの物理量の期待値も ∫Aρcldxdp という同じ形の積分で計算する。量子力学の基準(第1部第2章)では、状態は密度行列 ρ^ で、期待値は Tr(ρ^A^) である。第5部は、量子力学を古典と同じ「位相空間の上の関数」の言葉で組み立て直す構成を扱う。この構成は、密度行列の代わりに位相空間の関数 W(x,p) を状態とみなし、期待値も時間発展もこの関数の上で書く、という要請を出発点に置く。
この章は、部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)のうち、最初の「出発点の要請」を受け持つ。古典の分布が持つ性質を並べ、そのうちどれを量子の分布にも課せるかを決める。結論は次の3点にまとめられる。第一に、実数値・規格化・状態についての線形性・位置と運動量の周辺分布・平行移動との整合の5つは同時に満たせる。E. P. Wigner が 1932 年に書いた関数 W がその答えである。第二に、これに「至る所で非負」を加えると矛盾する。この矛盾は、重ね合わせの干渉項が周辺分布に現れることから直接示せる。第三に、W は高さが 1/(πℏ) を超えず、面積 2πℏ より狭い領域に集まれない。Wigner がこの関数を持ち出した目的は熱平衡の量子補正の計算で、5節でその計算を最後まで行う。W と密度行列の両向きの対応(Weyl 対応)は次の章(第5部第2章)、時間発展の式(Moyal 方程式)は 第5部第3章、負の値の意味は第5部第4章で扱う。この章では1次元・1粒子に話を限る。
1次元の粒子の古典統計力学を、この章で使う形に書いておく。状態は位相空間の確率密度ρcl(x,p,t) で、次の3つを満たす。
ρcl(x,p,t)≥0,∫ρcldxdp=1,⟨A⟩=∫A(x,p)ρcl(x,p,t)dxdp.(5.1.1)
ここでは測度を dxdp のままにし、ρcl が dxdp について規格化されるように取る。『解析力学から様々な理論分野を組み立てる』(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部第3章)は測度を dqdp/(2πℏ) に取っているので、分布の値はそちらの 1/(2πℏ) 倍になる。後で比べる W も dxdp について規格化するので、こちらの取り方に揃えた。
ρcl を p について積分すると位置の分布 P(x)=∫ρcldp、x について積分すると運動量の分布 P~(p)=∫ρcldx が得られる。これを周辺分布と呼ぶ。古典では、もっと一般に u=ax+bp(a,b は実数)という1次結合の分布も、ρcl を直線 ax+bp=u に沿って積分すれば得られる。1つの関数 ρcl が、あらゆる組み合わせの物理量の分布を同時に持っている。
時間発展は Liouville 方程式
∂t∂ρcl={H,ρcl}=∂x∂H∂p∂ρcl−∂p∂H∂x∂ρcl(5.1.2)
で決まる(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部第1章)。分布の各点が Hamilton 方程式に沿って流れ、相空間の体積が保たれることをこの式は表している。温度 T の熱平衡は {H,ρcl}=0 を満たすカノニカル分布
ρcl(x,p)=∫e−βHdxdpe−βH(x,p),β=kBT1(5.1.3)
である。
量子力学でも、位置だけの関数 f(x^) の期待値は ∫f(x)⟨x∣ρ^∣x⟩dx、運動量だけの関数 g(p^) の期待値は ∫g(p)⟨p∣ρ^∣p⟩dp と、それぞれ確率分布の積分で書ける。古典と違い、x^ と p^ は交換しないので、両方をまとめた「同時の分布」は基準の公理の中に用意されていない。この章の問いは、その同時の分布を作れるか、作れるとしたら何を諦めることになるか、である。
例題 5.1.1 古典の調和振動子の熱平衡分布 ★★
オリジナルH=p2/(2m)+mω2x2/2 の熱平衡分布 (5.1.3) について次を求めよ。
- (1) 規格化定数を求め、ρcl を具体的に書け。
- (2) 周辺分布 P(x) と P~(p) を求めよ。
- (3) ⟨x2⟩・⟨p2⟩・⟨xp⟩ と平均エネルギー ⟨H⟩ を求めよ。
解答
(1) Gauss 積分 ∫e−βp2/(2m)dp=2πm/β、∫e−βmω2x2/2dx=2π/(βmω2) の積は2π/(βω) なので
ρcl(x,p)=2πβωe−βH(x,p).
(2) p について積分すると、上の p の Gauss 積分が出て
P(x)=2πβmω2e−βmω2x2/2,P~(p)=2πmβe−βp2/(2m).
(3) どちらも平均 0 の正規分布なので、分散を読み取って⟨x2⟩=1/(βmω2)、⟨p2⟩=m/β を得る。ρcl は x の関数と p の関数の積なので ⟨xp⟩=⟨x⟩⟨p⟩=0 である。平均エネルギーは ⟨H⟩=⟨p2⟩/(2m)+mω2⟨x2⟩/2=1/(2β)+1/(2β)=kBT で、等分配則に一致する。
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