量子力学の様々な構成方法 第5部 第2章 §5.2.3 ★★★ Tr(A^B^)=∫AWBW/(2πℏ)。これで期待値が位相空間の積分になり、密度行列との同値が両向きに閉じる
トレースの公式
定理 5.2.5(トレースの公式 ★★★)
2つの演算子 A^、B^ について(A^B^ のトレースが有限なとき)
Tr(A^B^)=∫2πℏdxdpAW(x,p)BW(x,p).(5.2.10)
とくに B^=ρ^ と置くと、(5.2.3) から
⟨A^⟩=Tr(ρ^A^)=∫W(x,p)AW(x,p)dxdp.(5.2.11)
証明
位置の完全系を2回挿入して Tr(A^B^)=∫dx′dx′′⟨x′∣A^∣x′′⟩⟨x′′∣B^∣x′⟩。両方の因子に (5.2.6) を入れる。B^ の因子は x′ と x′′ を入れ替えた形なので位相の符号が逆になり、
Tr(A^B^)=∫dx′dx′′∫(2πℏ)2dpdp′AW(X,p)BW(X,p′)ei(p−p′)(x′−x′′)/ℏ,X=2x′+x′′.
積分変数を (x′,x′′) から (X,u)、u=x′−x′′ に替える。この変換のヤコビアンは 1 である。u の積分は ∫duei(p−p′)u/ℏ=2πℏδ(p−p′) を与え、
Tr(A^B^)=∫dX∫2πℏdpdp′AW(X,p)BW(X,p′)δ(p−p′)=∫2πℏdXdpAW(X,p)BW(X,p).
この定理が位相空間の構成の中心の式である。期待値は「状態の関数 W と物理量の関数 AW の積を相空間で積分する」という、古典の統計力学と同じ形になった。古典と違うのは2点で、W が負になりうること(前の章)と、AW が古典の関数と一致するとは限らないこと(例題 5.2.1)である。2つ目の点を、正の演算子の期待値が負になる例で確かめる。
例題 5.2.3 基底状態での 21(x^2p^2+p^2x^2) ★★★
オリジナル調和振動子の基底状態 ∣0⟩(W0=πℏ1e−2H/(ℏω))で、演算子 C^=21(x^2p^2+p^2x^2) を考える。
- (1) C^ の Weyl 記号が CW=x2p2−ℏ2/2 であることを、例題 5.2.5 の結果 (x^2p^2)W=x2p2+2iℏxp−ℏ2/2 から導け。
- (2) (5.2.11) で ⟨C^⟩ を計算せよ。
- (3) 古典の関数 x2p2 をそのまま W0 で平均したもの、および ⟨x^2⟩⟨p^2⟩ と比べよ。
解答
(1) p^2x^2=(x^2p^2)† なので、命題 5.2.4 から (p^2x^2)W=x2p2−2iℏxp−ℏ2/2。平均すると虚部が消えて CW=x2p2−ℏ2/2。
(2) W0 は x と p について独立な Gauss 関数で、∫x2W0=ℏ/(2mω)、∫p2W0=mℏω/2。よって
⟨C^⟩=2mωℏ⋅2mℏω−2ℏ2=4ℏ2−2ℏ2=−4ℏ2.
位置表示で C^ψ0 を微分して直接計算しても同じ値になる(検算で確かめた)。
(3) 古典の関数の平均は ∫x2p2W0=ℏ2/4 で、⟨x^2⟩⟨p^2⟩ と同じく正である。x^2 と p^2 はどちらも正の演算子だが、交換しないのでその対称化した積は正の演算子でなく、基底状態での期待値は負になる。その差 −ℏ2/2 がちょうど記号の ℏ2 の項である。位相空間で期待値を計算するときは、物理量を古典の関数のまま使ってよいのではなく、その演算子の Weyl 記号を使わなければならない。
どの関数が状態の Wigner 関数か
トレースの公式を2つの状態に当てると
Tr(ρ^1ρ^2)=2πℏ∫W1W2dxdp,Trρ^2=2πℏ∫W2dxdp(5.2.12)
となる。純粋状態 ρ^2=∣φ⟩⟨φ∣ なら左辺は ⟨φ∣ρ^1∣φ⟩≥0 で、前の章の「純粋状態で ∫W2=1/(2πℏ)」は2つ目の式で Trρ^2=1 と置いたものである。これで、位相空間の関数のうちどれが量子状態を表すかを言い切ることができる。
定理 5.2.6(密度行列と Wigner 関数の1対1対応 ★★★)
Wigner 変換 ρ^↦W は、密度行列の全体から次の3条件を満たす関数 W(x,p) の全体への1対1の写像で、逆は (5.2.8) で与えられる。
- (i) W は実数値。
- (ii) ∫Wdxdp=1。
- (iii) どの純粋状態 φ についても 2πℏ∫WWφdxdp≥0(Wφ は φ の Wigner 関数)。
証明
(密度行列 → 関数)ρ^ はエルミートなので命題 5.2.4 から (i)、Trρ^=1 と (5.2.9) から (ii)、ρ^≥0 と (5.2.12) から 2πℏ∫WWφ=⟨φ∣ρ^∣φ⟩≥0 で (iii) が成り立つ。異なる ρ^ は異なる位置表示の行列要素を持ち、Fourier 変換は1対1なので、異なる W に写る。
(関数 → 密度行列)(i)〜(iii) を満たす W に (5.2.8) で演算子 ρ^=QW[2πℏW] を作る。(5.2.7) からその Wigner 関数は W に戻る。(i) と命題 5.2.4 から ρ^ はエルミート、(ii) と (5.2.9) から Trρ^=1、(iii) と (5.2.12) からすべての φ で ⟨φ∣ρ^∣φ⟩≥0、つまり ρ^≥0 である。よって ρ^ は密度行列である。
条件 (iii) が、古典の「至る所で非負」の代わりに入る条件である。W の値そのものは負でもよいが、どの純粋状態の Wφ と重ねて積分しても負にならない。古典の分布の非負性が各点ごとの条件だったのに対し、量子の条件は全体にまたがる条件になっている。この条件のため、勝手な正の Gauss 関数が状態になるとは限らない。
例題 5.2.4 細すぎる Gauss 関数は状態でない ★★★
オリジナルWg(x,p)=2πσxσp1exp(−2σx2x2−2σp2p2) を考える。至る所で正で、積分は 1 である。
- (1) 2πℏ∫Wg2dxdp を求め、σxσp<ℏ/2 なら Wg はどの密度行列の Wigner 関数でもないことを示せ。
- (2) σxσp=ℏ/4 のとき、条件 (iii) を破る純粋状態 φ を1つ挙げ、「⟨φ∣ρ^∣φ⟩」に当たる量を計算せよ。
解答
(1) ∫Wg2=(2πσxσp)21⋅πσx⋅πσp=4πσxσp1 なので
2πℏ∫Wg2dxdp=2σxσpℏ.
Wg が密度行列 ρ^ の Wigner 関数なら、これは Trρ^2 で、1 以下でなければならない(第4部第1章の純粋度)。σxσp<ℏ/2 なら 1 を超えるので矛盾する。等号 σxσp=ℏ/2 で純粋度がちょうど 1 になり、そのとき Wg は Gauss 波束(調和振動子の基底状態を伸縮したもの)の W である。不確定性関係の下限が、位相空間では「Gauss 関数の幅の積の下限」として現れる。
(2) 同じ σx を持つ最小の Gauss 波束 φ、つまり Wφ=πℏ1exp(−2σx2x2−ℏ22σx2p2) を取る。σp=ℏ/(4σx) では Wg の指数の p2 の係数は 1/(2σp2)=8σx2/ℏ2 である。積 WgWφ の指数は、x2 の係数が1/(2σx2)+1/(2σx2)=1/σx2、p2 の係数が (8+2)σx2/ℏ2=10σx2/ℏ2 で、
∫e−x2/σx2dx=πσx,∫e−10σx2p2/ℏ2dp=10σxπℏ.
前の係数は 2πℏ⋅2πσxσp1⋅πℏ1=πσxσp1=πℏ4 なので、全体は
2πℏ∫WgWφdxdp=πℏ4⋅10πℏ=104=1.265
である。
これは「確率」⟨φ∣ρ^∣φ⟩ に当たる量なのに 1 を超えている。ρ^ が密度行列なら ⟨φ∣ρ^∣φ⟩≤Trρ^=1 なので(ρ^≥0 のとき、1つの規格化ベクトルでの値は固有値の和を超えない)、Wg は状態でない。QW[2πℏWg] は、固有値の和が 1 で最大の固有値が 1 を超える演算子、つまり負の固有値を持つ演算子である。
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