量子力学の様々な構成方法 第6部 第4章 §6.4.3 ★★★ 詰まった準位の消滅演算子を生成演算子と読み替えると、Fermi の海が新しい真空になり、正の電荷と正の質量を持つ正孔が現れる
粒子と正孔の変換
相互作用の無い電子の1粒子の準位 εk(スピンなどの添字も k に含める)にフェルミ粒子の演算子 c^k を置く。電子 N 個の基底状態は、下から N 個の準位を埋めた
∣FS⟩=εk<μ∏c^k†∣0⟩
である(μ は最後に埋めた準位と最初の空いた準位の間に取った化学ポテンシャル)。第2章で示したとおり、これは基準の言葉では Slater 行列式1つである。
∣FS⟩ は真空 ∣0⟩ から見ると N 個の粒子を含む複雑な状態だが、詰まった準位を「穴があいていない」と見れば、何も励起されていない状態である。そこで
d^k†:=c^k(εk<μ),空いた準位 (εk>μ) はそのまま c^k(6.4.10)
と定義し直す。{d^k,d^k′†}+={c^k†,c^k′}+=δkk′ なので、新しい組も反交換関係を満たす。そして d^k∣FS⟩=c^k†∣FS⟩=0(詰まった準位にもう1個は入れない)、c^k∣FS⟩=0(空いた準位からは取れない)なので、∣FS⟩ は新しい組の真空である。d^k† が作る励起を正孔と呼ぶ。
ハミルトニアンも新しい組で書き直す。詰まった準位では c^k†c^k=1−d^k†d^k なので
H^−μN^=k∑(εk−μ)c^k†c^k=EFS−μN+εk>μ∑(εk−μ)c^k†c^k+εk<μ∑(μ−εk)d^k†d^k(6.4.11)
になる(EFS=∑εk<μεk)。右辺の2つの和の係数はどちらも正で、電子を足しても正孔を作っても、∣FS⟩ からエネルギーが上がる。∣FS⟩ が新しい真空になったことは、ハミルトニアンの言葉では「励起のエネルギーがすべて正になった」ことに当たる。

図 6.4.2 Fermi の海 ∣FS⟩ を真空に取ったときの電子と正孔の対の励起 c^k′†d^k†∣FS⟩=c^k′†c^k∣FS⟩。青い点は詰まった準位、白抜きの点が正孔、赤い点が μ より上に移った電子である。励起のエネルギーは (εk′−μ)+(μ−εk)=εk′−εk>0 である。
正孔の量子数
詰まった準位 k から電子を1個取り除くと、系の全体の量子数から電子1個分が引かれる。結晶運動量 ℏk・スピンの z 成分 σ・電荷 −e の電子を取り除いた状態は、基底状態から見て結晶運動量 −ℏk・スピン −σ・電荷 +e だけずれている。したがって d^kσ† が作る正孔は、運動量 −ℏk、スピン −σ、電荷 +e、エネルギー μ−εk を持つ粒子として振る舞う。
電流についても同じ読み替えができる。電子の群速度を vk=ℏ−1∇kεk とすると、満ちたバンドの電流は −e∑全部vk=0 である(εk=ε−k なので v−k=−vk)。電子が1個 k0 から抜けると、電流は −e(∑vk−vk0)=+evk0 になる。これは、電荷 +e の粒子が「抜けた電子と同じ速度」で動いているのと同じである。
正孔の言葉が便利なのは、バンドの上端の近くに少数の穴があるときである。上端では εk が上に凸なので、電子の有効質量は負になる。正孔のエネルギー μ−εk は下に凸なので、正孔の質量は正になる。共通例題③の自由粒子の伝播と波束の広がりは、バンドの底の電子にも上端の正孔にも、質量を有効質量に置き換えてそのまま当てはまる(第3部第3章)。
例題 6.4.4 1次元のバンドの上端の正孔 ★★
オリジナル格子定数 a の1次元の鎖で、1電子のバンドが εk=−2tcos(ka)(ホッピング t>0)である。バンドがほぼ詰まり、上端の近くに正孔が少しある。
- (1) 上端 k=π/a の近くで εk を展開し、電子の有効質量 m∗ と、正孔のエネルギー εh(q)=εtop−εk の質量 mh を求めよ(q=k−π/a)。
- (2) t=1 eV、a=0.3 nm のとき mh を電子の質量 me を単位にして求めよ。
解答
(1) cos(π+qa)=−cos(qa)≈−1+(qa)2/2 なので、εk≈2t−ta2q2 である。有効質量は m∗=ℏ2/(∂2ε/∂k2)=−ℏ2/(2ta2) で負になる。正孔のエネルギーは εh(q)=2t−εk≈ta2q2=ℏ2q2/(2mh) で、mh=ℏ2/(2ta2) と正になる。バンドの底 k=0 の電子の有効質量も ℏ2/(2ta2) で、このバンドでは底の電子と上端の正孔が同じ大きさの質量を持つ。
(2) ℏ2/(2ta2)=(1.0546×10−34)2/(2×1.602×10−19×(3×10−10)2) kg=3.86×10−31 kg で、mh=0.423me である(verify_ch6-04.py)。半導体の価電子帯の正孔の質量が電子の質量の数分の1から同程度の大きさになるのは、バンドの幅が数 eV、格子定数が 0.3 nm 程度だからである。
真空の選び方は表示の選び方
同じ電子系に対して、真空を ∣0⟩(電子が1個も無い)に取るか ∣FS⟩ に取るかは、物理の内容を変えない書き換えである。ではなぜ ∣FS⟩ を選ぶのかというと、低いエネルギーの励起が少数の c^†・d^† で書けるからである。∣0⟩ を真空にすると、Fermi の海の上の1個の励起でさえ N+1 個の生成演算子の積になる。
この選び方は、量子物理工学の講義で「ハミルトニアンの一番大きい項の固有状態で表示する」と言われたことの第二量子化での形である。運動エネルギー(バンド)が一番大きいなら、その固有状態の Fermi の海を真空に取り、残りを電子と正孔の言葉で書く。Coulomb 反発が運動エネルギーと同じくらい大きいときは、どの状態を真空に取るべきかがはっきりしなくなる(次の節)。基準の言葉で表示の選び方を述べたものは 第1部第3章にある。
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