量子力学の様々な構成方法 第6部 第4章 §6.4.5 ★★★ Hubbard 模型を Slater 行列式1つに制限した平均場で、スピンをそろえる得 U と運動エネルギーの損 1/N0 を比べると Stoner 条件 UN0>1 が出る
平均場への分解
金属の強磁性は、局在したスピンからでなく、バンドを動く電子のスピンがそろうことで起きる場合がある。E. C. Stoner はこれを電子のバンドとスピンの偏りで説明した(E. C. Stoner (1938), Proc. R. Soc. Lond. A 165, 372)。Hubbard 模型の言葉で書くと次のようになる。
一様な状態を考え、1サイトあたりの上向き・下向きの電子数を
n↑=2n+m,n↓=2n−m
とおく(n は1サイトあたりの電子数、m は1サイトあたりのスピンの偏り)。n^iσ=nσ+(n^iσ−nσ) と書き、ゆらぎ n^iσ−nσ の積を落とすと
Un^i↑n^i↓≈U(n↓n^i↑+n↑n^i↓−n↑n↓)(6.4.14)
になる。これは2次形式なので、命題 6.4.1 で解ける。上向きの電子は Un↓ だけ、下向きの電子は Un↑ だけ準位が持ち上がったバンドεkσ=εk+Un−σ を感じる。逆向きのスピンの電子が多いほど、そのサイトに入りにくくなるからである。
(6.4.14) の平均場は、試行状態を「上向きの電子 Nn↑/n 個と下向きの電子 Nn↓/n 個をそれぞれ Bloch の準位に下から詰めた Slater 行列式1つ」に制限して、エネルギーの期待値を最小にすることと同じである。Slater 行列式の上では ⟨n^i↑n^i↓⟩=⟨n^i↑⟩⟨n^i↓⟩ が成り立つので(逆向きのスピンの間には交換項が無い)、1サイトあたりのエネルギーは
NsE(m)=ekin(n↑)+ekin(n↓)+Un↑n↓(6.4.15)
になる。ekin(nσ) は、1つのスピンの向きの電子を1サイトあたり nσ 個だけバンドに下から詰めたときの運動エネルギーである。
得と損の比べ方
m が小さいときに (6.4.15) を展開する。1サイトあたり・1つのスピンの向きあたりの状態密度を N(ε)、Fermi 準位での値を N0=N(εF) と書く(両スピンの状態密度 D(ε) を1サイトあたりで数えたときの D(εF)/2 で、量子物理工学の講義の N(EF) と同じ量である)。ekin′(nσ) は「もう1個詰めるときに入る準位のエネルギー」すなわちそのスピンの Fermi 準位で、ekin′′(nσ)=1/N0 である(dnσ=N0dε から)。したがって
ekin(2n+m)+ekin(2n−m)=2ekin(2n)+4N0m2+O(m4)
で、相互作用の項は Un↑n↓=U(n2−m2)/4 である。2つを合わせて
NsE(m)−E(0)=4m2(N01−U)+O(m4)(6.4.16)
を得る。第1項の 1/N0 は、スピンをそろえるために下向きの電子を上向きのバンドの上の空いた準位へ移す運動エネルギーの損で、第2項の −U は、逆向きのスピンの対が減って Coulomb 反発が減る得である。m=0 の常磁性の状態が不安定になる条件は
UN0>1(Stoner 条件)(6.4.17)
である。状態密度が大きい(バンドが狭い)ほど、少しの運動エネルギーの損で多くの電子のスピンを向け直せるので、強磁性になりやすい。Fe・Co・Ni の 3d バンドは狭く、第一原理計算で見積もった UN0 は 1 を超え、4d の Pd はわずかに届かない(J. F. Janak (1977), Phys. Rev. B 16, 255 の計算)。
外から磁場 B をかけると、Zeeman のエネルギーで −μBBm が加わる(1サイトの磁気モーメントは μBm)。m2 の項と釣り合わせるとm=2μBBN0/(1−UN0) で、1サイトあたりの磁化率は
χ=1−UN02μB2N0(6.4.18)
になる。分子の 2μB2N0 は相互作用の無いときの Pauli の常磁性で、相互作用はそれを 1/(1−UN0) 倍に増やす。UN0→1 でこの増強が発散し、自発磁化が出る。

図 6.4.4 平らな状態密度(幅 W、N0=1/W)・1サイトに電子1個の Hubbard 模型の平均場のエネルギー (6.4.15)。この状態密度では E(m) が厳密に m の2次式になり、UN0=U/W が 1 を超えると m=0 が極大に変わって、スピンが全部そろった m=±1 が最小になる。いずれも平均場の近似の曲線である。
例題 6.4.6 平らな状態密度での Stoner の転移 ★★
オリジナル1つのスピンの向きあたり、幅 W にわたって一定の状態密度 N(ε)=1/W(−W/2<ε<W/2)を持つバンドに、1サイトあたり n=1 個の電子を入れる。
- (1) ekin(nσ) を求め、(6.4.15) が m について厳密に 4m2(W−U) だけ変わることを示せ。
- (2) U=1.5W のときの平均場の基底状態の m と、常磁性の状態からのエネルギーの得を求めよ。
- (3) U=0.75W のとき、磁化率は Pauli の常磁性の何倍か。
解答
(1) 準位を下から nσ 個詰めると Fermi 準位は −W/2+nσW で、ekin(nσ)=∫−W/2−W/2+nσWεWdε=2W(nσ2−nσ) である。n↑2+n↓2=(n2+m2)/2 と n↑n↓=(n2−m2)/4 を入れると
NsE(m)−E(0)=4Wm2−4Um2=4m2(W−U)
で、O(m4) の項は無い。N0=1/W なので (6.4.16) の係数 1/N0−U と一致する。
(2) U>W なので係数が負で、m はとりうる最大値まで大きくなる。n↓=(1−m)/2≥0 から ∣m∣≤1 で、m=±1(電子がすべて同じ向き)になる。得は 41(U−W)=8W(1サイトあたり)である。平らな状態密度では、Stoner 条件を超えた瞬間に磁化が全部そろうまで跳ぶ。実際の状態密度には形があるので、O(m4) の項が残って m は途中の値で止まる。この形の違いは verify_ch6-04.py で半楕円の状態密度を使って確かめた(m2 の係数は同じく (1/N0−U)/4)。
(3) UN0=0.75 なので、(6.4.18) の増強は 1/(1−0.75)=4 倍である。
近似の裏付け
型 A(射影) | 小さいもの 試行状態を Slater 行列式1つ(上向きと下向きを別々に詰めたもの)に限る(Hubbard 模型の非制限 Hartree–Fock) | 証明 条件付き(平均場のエネルギーが真の基底エネルギーの上界であることは変分原理で証明済み。Hubbard 模型で強磁性が実際に基底状態になる条件は一般には未解決で、U→∞・半分詰まりから電子1個少ない場合の Nagaoka (1966), Phys. Rev. 147, 392 などの特別な場合だけが証明されている) | 行き先 近似の数理 第13章
平均場の Stoner 条件は、強磁性を出しやすい方向に誤る。(6.4.15) の試行状態は、逆向きのスピンの電子が互いを避ける相関(同じサイトに来ないように波動関数が工夫すること)を持てないので、常磁性の状態の U のエネルギーを高く見積もり、その分だけスピンをそろえることを有利に見せる。このことは総合問題 (4) の2サイトの模型で確かめられる。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com