量子力学の様々な構成方法 第6部 第7章 §6.7.2 ★★★ 光子の数が変わっても、励起の総数が保存すれば問題は1励起の部分空間に閉じ、励起状態の振幅が指数関数で減衰する(共通例題②の緩和の出どころ)
原子と多数のモード
6.7.1 節の模型ではモードが1つで、放出したフォノンは周期的に戻ってきた。モードが連続的に分布すると、放出された量子は戻らず、励起は不可逆に失われる。その最も簡単な例が自然放出である。2準位の原子(基底 ∣g⟩・励起 ∣e⟩、遷移の角振動数 ωe)が電磁場の多数のモード a^k(角振動数 ωk)と結合しているとし、回転波近似をしたハミルトニアン
H^=ℏωeσ^+σ^−+k∑ℏωka^k†a^k+k∑ℏκk(σ^+a^k+a^k†σ^−)(6.7.5)
を考える。σ^−=∣g⟩⟨e∣、σ^+=σ^−†、κk は実数の結合の強さ(角振動数の単位)である。第3項は「原子が励起を失って光子を1個作る」過程とその逆を表し、光子の数を変える。回転波近似で落としたのは σ^+a^k† と a^kσ^−(励起が2つ同時に増える・減る項)で、これらは ωe+ωk の速さで回るので、結合が弱ければ時間平均で消える。
(6.7.5) は励起の総数 N^exc:=σ^+σ^−+∑ka^k†a^k と可換である。σ^+a^k は光子を1個消して原子を励起するので N^exc を変えないからである。したがって初めに ∣e⟩⊗∣0⟩(励起1個)から出発すれば、状態はいつまでも N^exc=1 の部分空間
∣ψ(t)⟩=ce(t)∣e,0⟩+k∑ck(t)∣g,1k⟩
にとどまる。これは「原子が励起している状態1つ」と「光子が1個どこかのモードにいる状態」を並べた空間で、Fock 空間の大部分を使わずに済む。Schrödinger 方程式は
ic˙e=ωece+k∑κkck,ic˙k=ωkck+κkce(6.7.6)
の連立1次方程式になる。
Markov の極限と崩壊率
2つ目の式を ck(0)=0 で解いて1つ目に入れると、c~e:=eiωetce について
c~˙e(t)=−∫0tdsK(t−s)c~e(s),K(τ):=k∑κk2ei(ωe−ωk)τ
になる。記憶の核 K(τ) は、モードが広い帯域 W にわたって滑らかに分布していれば、τ≫1/W でほぼ0になる。そこで c~e(s)≈c~e(t) として積分の上限を無限へ延ばす(Markov の近似)と、∫0∞K(τ)dτ の実部はπ∑kκk2δ(ωk−ωe) で
∣ce(t)∣2=e−Γt,Γ=2πk∑κk2δ(ωk−ωe)(6.7.7)
を得る。虚部は準位のずれ(Lamb のずれの原型)で、ここでは帯域の中心に ωe を置いて0にしている。(6.7.7) は Fermi の黄金律と同じ形で、学部の授業で「遷移の確率 × 終状態の密度」として出すものである。Weisskopf と Wigner は振幅の方程式 (6.7.6) をこの形で解き、自然放出の線幅を導いた(V. Weisskopf and E. Wigner (1930), Z. Phys. 63, 54)。実際の原子での κk の値と、Γ が Einstein の A 係数に一致することは光の巻で導いている(光学と量子エレクトロニクス 第34章)。
放出された光子の状態も同じ近似で出る。t→∞ で ck→κke−iωkt/(ωk−ωe+iΓ/2) となり、光子の周波数の分布は ∣ck∣2=κk2/((ωk−ωe)2+Γ2/4) の Lorentz 形で、半値全幅は Γ である。原子が失った励起は、1個の光子の波束として場に移っている。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの κk/ωe→0(結合が遷移の角振動数に比べて弱い。回転波近似) | 証明 条件付き(落とした項は ωe+ωk で回り、弱結合の van Hove 極限で時間平均が消える。前提は第4部第5章の札と同じ) | 行き先 近似の数理 第14章
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの Γ/W→0(崩壊率が、結合のスペクトル密度の変化の幅に比べて小さい。Markov の近似) | 証明 条件付き(∑kκk2δ(ωk−ω) が ωe のまわりで滑らか。t≲1/W では減衰が2次で始まり、離散モードでは再生時間より前に限る) | 行き先 近似の数理 第14章

図 6.7.2 1励起の部分空間での自然放出。等間隔 δ の4001個のモード(帯域 ±20)と一定の結合 κ で (6.7.6) を厳密に解いた ∣ce∣2(点線)と、(6.7.7) の Γ=2πκ2/δ=0.2513 の指数関数(実線)。t≥2 での差は 4×10−3 以下である。
例題 6.7.2 離散モードで確かめる崩壊と再生 ★★
オリジナル(6.7.5) で、モードを ωk=ωe+kδ(k=−2000,…,2000)、結合を一定の κk=κ とする。κ=0.02、δ=0.01(同じ単位)とする。
- (1) (6.7.7) の Γ を求め、t=10 での ∣ce∣2 の予言値を出せ。
- (2) ごく短い時間では ∣ce∣2≈1−κ2Mt2(M はモードの数)となり、指数関数にならないことを示せ。
- (3) 有限個のモードでは時刻 2π/δ の近くで原子に励起が戻ってくる理由を述べよ。
解答
(1) 等間隔のモードでは ∑kδ(ωk−ωe) を単位の角振動数あたりのモードの数 1/δ に置き換えて、Γ=2πκ2/δ=2π×4×10−4/0.01=0.2513 である。t=10 では e−2.513=0.081 になる。1励起の部分空間の 4002×4002 の行列を対角化して時間発展させた厳密な値も 0.081 である(図 6.7.2)。
(2) ∣ψ(t)⟩=e−iH^t/ℏ∣e,0⟩ を t の2次まで展開すると、∣ce∣2=1−(⟨H^2⟩−⟨H^⟩2)t2/ℏ2+O(t3) である。H^∣e,0⟩=ℏωe∣e,0⟩+ℏκ∑k∣g,1k⟩ なので、分散は ℏ2κ2M になる。M=4001 では κ2M=1.60 で、t=0.01 では 1−1.60×10−4 となり、厳密な時間発展の値と5桁一致した。指数関数なら 1−Γt で1次から減るはずなので、短い時間では Markov の近似は成り立たない。2次で始まる区間の長さは帯域の逆数 1/W 程度で、帯域を ±5 に狭めると指数関数との差は最大 0.04 まで増える。
(3) 時間発展はモードごとの位相 e−ikδt の重ね合わせで、t=2π/δ=628 ですべての位相が同時に1に戻る。放出された光子の波束が、離散化した有限の空間を一周して原子に戻ってくることに当たる。数値では t≈636 で ∣ce∣2 が 0.55 まで戻った。真に連続なモード(無限に大きな空間)では再生時刻が無限に遠くへ去り、減衰は不可逆になる。
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