量子力学の様々な構成方法 第7部 第5章 §7.5.5 ★★ 第1部第1章で「採らない構成」に置いた Parisi–Wu の方法を、この章の Nelson の構成と式で並べて区別する
第1部第1章の構成の一覧では、Parisi–Wu の確率過程量子化を採らない構成に置き、Nelson の構成とは名前が似た別物だと断った(第1部第1章)。どちらも「確率過程量子化」(stochastic quantization)と呼ばれ、どちらにも Langevin 型の方程式が出てくるので、ここで違いをはっきりさせる。
Parisi–Wu の方法
G. Parisi と Wu Yongshi(1981)は、虚時間の場の理論(Euclid 化した作用 SE を持つ経路積分)の相関関数を、仮想的な時間 s についての Langevin 方程式の平衡分布として計算する方法を提案した(G. Parisi and Wu Yongshi (1981), Scientia Sinica 24, 483;総説 P. H. Damgaard and H. Hüffel (1987), Physics Reports 152, 227)。動機は、ゲージ固定をせずにゲージ理論の摂動論を組むことだった。
有限個の変数 q=(q1,…,qN)(経路を時間分割した点、あるいは格子の上の場)で書く。SE(q) に対し、仮想時間 s の Langevin 方程式
∂s∂qi=−∂qi∂SE+ηi(s),⟨ηi(s)ηj(s′)⟩=2ℏδijδ(s−s′)(7.5.24)
を考える。分布 P(q,s) の Fokker–Planck 方程式は ∂sP=∑i∂i(P∂iSE+ℏ∂iP) で、括弧の中は P=e−SE/ℏ のとき恒等的に 0 になる。したがって s→∞ の平衡分布は
P∞(q)=∫e−SE/ℏdNqe−SE(q)/ℏ(7.5.25)
で、虚時間の経路積分の重みそのものである。仮想時間で長く走らせた平均が、虚時間の経路積分の期待値(第3部第6章の統計力学の分配関数で重みをつけた平均)を与える。
例題 7.5.5 1変数の Parisi–Wu の過程 ★★
オリジナルSE(q)=κq2/2(κ>0)の1変数について、(7.5.24) の解の平衡分布の分散と、仮想時間 s についての相関を求めよ。次に、共通例題①の虚時間の作用 SE=∫0βℏ(mx˙2/2+mω2x2/2)dτ(周期境界条件)を Fourier 級数x(τ)=(βℏ)−1/2∑ncneiωnτ(ωn=2πn/(βℏ)、c−n=cn∗)で書くと、各モードがこの1変数の問題に分かれることを示せ。
解答
(7.5.24) は dq=−κqds+dη という Ornstein–Uhlenbeck 過程で、拡散係数は ℏ(⟨dη2⟩=2ℏds)。平衡分布は e−κq2/(2ℏ) に比例し、分散は ℏ/κ。仮想時間の相関は ⟨q(0)q(s)⟩=(ℏ/κ)e−κ∣s∣。
作用は ∫0βℏx2dτ=∑n∣cn∣2、∫0βℏx˙2dτ=∑nωn2∣cn∣2 よりSE=∑n2m(ωn2+ω2)∣cn∣2 と、モードごとの2次形式の和になる。各モードは κn=m(ωn2+ω2) の1変数の問題で、平衡で ⟨∣cn∣2⟩=ℏ/κn(n=0 の複素モードは実部と虚部の対で SE に m(ωn2+ω2)(Recn2+Imcn2) で入るので、それぞれの分散 ℏ/(2κn) の和)、仮想時間の緩和の速さは κn である。仮想時間の速さはモードごとに違い、物理の時間 t や虚時間 τ とは何の関係も無い。
2つの構成の違い
表 7.5.1 Nelson と Parisi–Wu の2つの「確率過程量子化」 | Nelson(1966) | Parisi–Wu(1981) |
| 走る時間 | 物理の実時間 t | 仮想的な時間 s(虚時間 τ とも別の、第5の時間) |
| 確率変数 | 粒子の位置 X(t) | 虚時間の経路全体 x(⋅)、あるいは場の配位 |
| 雑音の強さ | 拡散係数 ν=ℏ/(2m) | 雑音の分散 2ℏ(m によらない) |
| ドリフト | b=v+u(波動関数から決まる、または Newton の法則と自己無撞着に決める) | −∂SE/∂q(作用の勾配の流れ) |
| 時間反転 | 対称(D↔−D∗ で法則が不変) | 非対称(勾配の流れは平衡へ緩和する) |
| 再現するもの | 各実時間の ∣ψ(x,t)∣2 と、Schrödinger 方程式の時間発展 | s→∞ で、虚時間の相関関数(e−SE/ℏ での期待値) |
| 目的 | 量子力学の基礎(構成) | 計算法(ゲージ固定のない摂動論・数値計算) |
表 7.5.1 の違いの根は1行目にある。Nelson の過程の時間は粒子が実際に経験する物理の時間で、ある時刻の分布が ∣ψ∣2 になる。Parisi–Wu の時間 s は計算のための補助の変数で、s が有限の途中の状態に物理的な意味は無く、s→∞ の平衡だけが量子力学の答え(虚時間の経路積分)を与える。したがって Parisi–Wu の方法は、量子力学をどこから組み立てるかという意味の構成ではなく、第3部の経路積分という構成の中の計算の手続きである。この巻が Parisi–Wu を独立の部に立てないのはこのためである。
2つが偶然に重なる所が1つある。調和振動子の基底状態の Nelson の過程は、実時間 t について相関 σg2e−ω∣t∣ の Ornstein–Uhlenbeck 過程だった((7.5.18))。一方、β→∞ の虚時間の経路積分の相関は ⟨x(τ)x(0)⟩=σg2e−ω∣τ∣ で、同じ形をしている。これは Parisi–Wu の仮想時間 s の相関(例題 7.5.5 の e−κn∣s∣)とは別の話で、Nelson の基底状態の過程が虚時間の経路積分の測度と一致するという性質による。次節でこれを一般の基底状態について示す。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com