量子力学の様々な構成方法 第9部 第1章 §9.1.4 ★★★ 量子の命題の束は分配律を満たさず、直交モジュラー律は満たす。分配律が成り立つ組は交換する射影の組に限られる
スピン 21 で分配律が破れる
共通例題②の2準位系(スピン 21)で、H=C2 の命題を考える。σz の固有状態を ∣↑⟩,∣↓⟩、σx の固有状態を∣↑x⟩=(∣↑⟩+∣↓⟩)/2, ∣↓x⟩=(∣↑⟩−∣↓⟩)/2 とし、それぞれの張る直線への射影(命題「σz=+1」など)をP^z+,P^z−,P^x+,P^x− と書く。C2 の命題は 0, 1^ と直線(原子)だけで、異なる2本の直線の交わりは 0、結びは C2 全体である。
P^z+∧(P^x+∨P^x−)=P^z+∧1^=P^z+,(P^z+∧P^x+)∨(P^z+∧P^x−)=0∨0=0.(9.1.11)
左辺と右辺が違うので、分配律 (9.1.4) は成り立たない。
言葉で書くとこうなる。「σx は +1 か −1 のどちらか」は必ず「はい」である。したがって「σz=+1 かつ(σx=+1 または σx=−1)」は「σz=+1」と同じ命題になる。ところが「σz=+1 かつ σx=+1」が確実な状態は無い(そういう状態ベクトルが無い)ので、この命題は 0 で、σx=−1 の側も同じく 0 である。古典の論理では「σx の値で場合分けする」ことで左辺が右辺に等しくなるが、量子の命題では場合分けした各場合が空になる。図 9.1.3 は4つの直線を実平面に描いたもので、∣↑⟩ の直線は ∣↑x⟩ の直線とも ∣↓x⟩ の直線とも原点でしか交わらないが、後の2つが張る平面には含まれる。

図 9.1.3 スピン 21 の4つの命題を、C2 の実の部分 R2 に直線として描いた図。直交補は直交する直線(実線と破線の組)。Bloch 球では z+ と z− は反対の極にあるが、C2 のベクトルとしては直交する。
位置と運動量でも破れる(共通例題③)
無限次元の例として、1次元の粒子 H=L2(R) で、有限の長さの区間 Δ, Δ′ について命題「x∈Δ」と「p∈Δ′」を考える。「x∈Δ」の部分空間は Δ の外で 0 になる関数、「p∈Δ′」の部分空間は Fourier 変換 ψ~(k) が ℏk∈/Δ′ で 0 になる関数である。
補題 9.1.7(台がコンパクトな関数の Fourier 変換)
ψ∈L2(R) が有界な区間の外で 0 なら、その Fourier 変換 ψ~(k)=∫ψ(x)e−ikxdx は k について複素平面全体で正則な関数に延長でき、実軸上の長さが正の区間で 0 になるなら恒等的に 0 である。
証明
ψ の台を [−L,L] とすると、∣e−ikx∣≤e∣Imk∣L なので積分 ∫−LLψ(x)e−ikxdx は複素数 k について絶対収束し、積分記号下で微分できるので正則である。正則関数が長さ正の区間で 0 なら、一致の定理によって複素平面全体で 0 である。
補題を ψ と ψ~ の役割を入れ替えて使うと、運動量の台が有界な ψ は x について正則で、x の区間で 0 になれば恒等的に 0 である。したがって
P^x∈Δ∧P^p∈Δ′=0,P^p∈Δ′∧P^x∈/Δ=0
となる(前者は位置の台が有界な ψ に補題を使い、後者は運動量の台が有界で Δ 上で 0 の ψ に入れ替えた補題を使う)。P^x∈/Δ=1^−P^x∈Δ なので
P^p∈Δ′∧(P^x∈Δ∨P^x∈/Δ)=P^p∈Δ′=0=(P^p∈Δ′∧P^x∈Δ)∨(P^p∈Δ′∧P^x∈/Δ),
と分配律が破れる。この例の主張は不確定性関係 σxσp≥ℏ/2 よりも強い主張になっている。不確定性関係は分散の積の下限を言うだけだが、上の式は「位置も運動量も有界な区間に入ることが確実な状態」が1つも無いことを言う。
直交モジュラー律と、分配律が成り立つ組
分配律は破れるが、直交モジュラー律は残る。
定理 9.1.8(L(H) は直交モジュラー ★★★)
閉部分空間 M⊆N について N=M∨(N∩M⊥) が成り立つ。
証明
∣ψ⟩∈N を射影定理で ∣ψ⟩=P^M∣ψ⟩+(1^−P^M)∣ψ⟩ と分ける。第1項は M⊆N に入り、第2項は ∣ψ⟩ と第1項の差なので N に入り、しかも M⊥ に入る。よって N⊆M+(N∩M⊥)⊆M∨(N∩M⊥)。逆の包含は M⊆N と N∩M⊥⊆N から明らかである。
モジュラー律はどうか。有限次元では次元の公式 dim(M+N)+dim(M∩N)=dimM+dimN が成り立ち、L(H) はモジュラー律も満たす。無限次元では閉部分空間の和 M+N が閉じないことがあり、モジュラー律が破れる組が作れる。Birkhoff と von Neumann は 1936 年の論文で、命題の束にモジュラー律を要請した。そのため彼らが考えた束は、無限次元のヒルベルト空間の L(H) そのものではなかった。現在の量子論理では、L(H) が満たす直交モジュラー律を基本に置く。図 9.1.1(b) の束は直交モジュラーであり、(c) の六角形は違う。
分配律が成り立つ組を特定しておく。
定理 9.1.9(両立性と交換性 ★★★)
射影 P^,Q^ について次は同値である。
- (a) P^Q^=Q^P^。
- (b) P^=(P^∧Q^)∨(P^∧Q^⊥)。
このとき P^,Q^ の生成する部分束は互いに直交する4つの射影 P^Q^, P^Q^⊥, P^⊥Q^, P^⊥Q^⊥ の和の全体で、Boole 束である。
証明
(a)⇒(b):命題 9.1.5 から P^∧Q^=P^Q^, P^∧Q^⊥=P^(1^−Q^) で、この2つは P^Q^⋅P^(1^−Q^)=P^Q^(1^−Q^)=0 なので直交し、結びは和 P^Q^+P^(1^−Q^)=P^ である。
(b)⇒(a):R^1=P^∧Q^, R^2=P^∧Q^⊥ は RanR^1⊆RanQ^, RanR^2⊆(RanQ^)⊥ なので直交し、結びは和 P^=R^1+R^2 である。Q^R^1=R^1, Q^R^2=0 から Q^P^=R^1 で、これはエルミートなので P^Q^=(Q^P^)†=R^1=Q^P^。
最後の主張は、4つの射影が交換し互いに直交して和が 1^ になることから、どの結びと交わりも4つのうちいくつかの和になり、集合 {1,2,3,4} の部分集合の束と同じ構造になることによる。
古典の命題はすべて互いに交換する射影(相空間の部分集合の指示関数)なので、どの組でも (b) が成り立ち、分配律は破れない。量子の命題の束は、互いに交換する命題の組ごとに Boole 束を持ち、それらを貼り合わせたものになっている。どの Boole 束にも入らない組の間で分配律が破れる。
例題 9.1.4 自由粒子:「今 Δ にいる」と「時刻 t に Δ にいる」★★★
オリジナル自由粒子 H^=p^2/(2m) の伝播関数 K(x,t;y,0)=m/(2πiℏt)exp(im(x−y)2/(2ℏt))(共通例題③、第3部第3章)を使う。Δ を有界な区間とし、命題 a=「時刻 0 に x∈Δ」の射影を P^x∈Δ、命題 b=「時刻 t に x∈Δ」の射影を Heisenberg 描像で U^(t)†P^x∈ΔU^(t) とする(t=0)。
- (1) ψ の台が有界なら ψ(x,t)=∫K(x,t;y,0)ψ(y)dy は x の正則関数(に x によらない定数を掛けたもの)に延長できることを示せ。
- (2) a∧b=0 を示せ。x^H(t)=x^+p^t/m を使い、a と b の射影が交換しない理由を述べよ。
- (3) m=ℏ=1、ψ(y,0) を [−1,1] で高さ 1/2 の箱とする。t=1 で ∣ψ(3,1)∣2 を数値で求め、(1) の主張と比べよ。
解答
(1) 指数を展開すると im(x−y)2/(2ℏt)=imx2/(2ℏt)−imxy/(ℏt)+imy2/(2ℏt) なので
ψ(x,t)=2πiℏtmeimx2/(2ℏt)∫g(y)e−i(mx/ℏt)ydy,g(y)=eimy2/(2ℏt)ψ(y).
g の台は ψ と同じく有界なので、補題 9.1.7 から積分は k=mx/(ℏt) の正則関数で、x についても正則である。eimx2/(2ℏt) も正則なので、ψ(x,t) は正則関数になる。
(2) ψ が a∧b に入るなら、ψ(⋅,0) の台は Δ の中にあり、ψ(⋅,t) も Δ の外で 0 である。(1) から ψ(x,t) は正則で、Δ の外の長さ正の区間で 0 なので恒等的に 0、ユニタリ性から ψ=0。よって a∧b=0。同じ議論で、a∧b⊥(時刻 0 に Δ にいて、時刻 t には確実に Δ の外にいる)も、ψ(x,t) が Δ の上で 0 になることから 0 である。よって (a∧b)∨(a∧b⊥)=0=P^x∈Δ で、定理 9.1.9 から2つの射影は交換しない。演算子で言うと、b の射影は x^H(t)=x^+p^t/m のスペクトル射影で、[x^,x^H(t)]=iℏt/m=0 だからである。
(3) ψ(3,1)=∫−112πi1ei(3−y)2/221dy を数値で積分すると ∣ψ(3,1)∣2≈3.90×10−3 になる。初めに [−1,1] の外では確率密度が 0 だった波束が、t=1 では x=3 にも正の確率密度を持つ。(1) によると ψ(x,1) は正則なので孤立点以外で 0 にならず、確率密度はどの有界な区間の外にも残る。
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