量子力学の様々な構成方法 第9部 第1章 §9.1.5 ★★★ 状態を命題の束の上の確率として定義し、Born の規則がその一例であること、分配律の破れが全確率の公式の破れとして観測にかかることを示す
束の上の確率としての状態
第三の要請を定義にする。
定義 9.1.10(直交補束の上の状態)
直交補束 L の上の関数 μ:L→[0,1] が μ(0)=0, μ(1)=1 を満たし、互いに直交する命題の列 a1,a2,… について
μ(k⋁ak)=k∑μ(ak)(9.1.12)
を満たすとき、μ を L の上の状態と呼ぶ。すべての命題で μ(a)∈{0,1} となる状態を分散のない状態と呼ぶ。
互いに直交する命題は同じ測定の異なる結果(たとえば同じ A^ の異なる固有値)に当たり、同時には「はい」にならないので、加法性 (9.1.12) はそのような命題に限って要請する。直交しない命題の確率を足すことは要請しない。
古典の命題(相空間の部分集合)の上の状態は、相空間の確率測度そのものである。相空間の点 Γ0 に集中した測度 μ(A)=1(Γ0∈A)、0(Γ0∈/A)は分散のない状態で、古典の純粋状態はすべて分散がない。
基準の量子力学では、密度行列 ρ^ から
μρ(P^)=Tr(ρ^P^)(9.1.13)
と決めた関数が状態になる。ρ^≥0 と P^=P^†P^ から Tr(ρ^P^)=Tr(P^ρ^P^)≥0、P^≤1^ から Tr(ρ^P^)≤Trρ^=1 である。互いに直交する射影の結びは和 ∑kP^k なので、トレースの線型性から (9.1.12) が成り立つ。純粋状態 ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣ では μ(P^)=⟨ψ∣P^∣ψ⟩ で、Born の規則に戻る。
量子の純粋状態は分散のない状態ではない。C2 の任意の単位ベクトル ∣ψ⟩ と、それに直交する ∣ψ⊥⟩ をとり、直線 ∣χ⟩=(∣ψ⟩+∣ψ⊥⟩)/2 の命題を考えると μ(P^χ)=21 だからである。(9.1.13) の形の状態はどれも分散を持つ。では (9.1.13) の形でない状態、とくに分散のない状態が L(H) の上にありうるか。この問いが隠れた変数の問題で、dimH≥3 では (9.1.13) 以外の状態が無いこと(Gleason の定理)を 第9部第2章 で、分散のない状態の不可能性を組み合わせだけで示すこと(Kochen–Specker の定理)を 第9部第3章 で扱う。
全確率の公式が破れる
古典では分配律から全確率の公式 (9.1.3) が出た。量子の命題で同じ式を書くと、スピン 21 の状態 ∣↑⟩ では (9.1.11) から
μ(P^z+)=1,μ(P^z+∧P^x+)+μ(P^z+∧P^x−)=0+0=0
となり、まったく成り立たない。束の交わりを使った形の全確率の公式は、量子の命題では意味を失う。
実験で比べられる形にするには、「B が真の場合」を「B を測って『はい』を得た場合」と読み替える。理想的な測定で P^ の答え「はい」を得た後の状態は
ρ^ ⟼ ρ^P^=Tr(ρ^P^)P^ρ^P^(9.1.14)
で(Lüders の規則。基準の射影測定の要請と同じ)、その後に Q^ を問うて「はい」を得る条件付き確率は
μ(Q^∣P^)=Tr(ρ^P^Q^)=Tr(ρ^P^)Tr(P^ρ^P^Q^)(9.1.15)
である。P^,Q^ が交換すれば Tr(P^ρ^P^Q^)=Tr(ρ^P^Q^P^)=Tr(ρ^P^Q^)=μ(P^∧Q^) なので、μ(Q^∣P^)=μ(P^∧Q^)/μ(P^) となり、古典の条件付き確率と同じ形になる。交換しないときは一般に ∑kμ(Q^k)μ(P^∣Q^k)=μ(P^)(Q^k は直交する射影の分解 ∑kQ^k=1^)で、差は
μ(P^)−k∑μ(Q^k)μ(P^∣Q^k)=k=l∑Tr(Q^kρ^Q^lP^)(9.1.16)
である。ρ^=∑k,lQ^kρ^Q^l と分けて、k=l の項が左辺の和に当たることから出る。右辺は異なる k,l の間の交差項で、干渉項と呼ばれる。二重スリットの実験で、どちらのスリットを通ったかを測ると干渉縞が消えるのは、この式で Q^k を「スリット k を通った」としたときの右辺が 0 になることに当たる。
例題 9.1.5 途中で別の軸のスピンを測ると確率が変わる ★★★
オリジナルスピン 21 を状態 ∣↑⟩ に用意する。xz 面内で z 軸から角 α だけ傾いた軸 n=(sinα,0,cosα) のスピン n⋅σ を測り、その後で σz を測る。
- (1) n⋅σ の固有状態 ∣↑n⟩=cos2α∣↑⟩+sin2α∣↓⟩, ∣↓n⟩=−sin2α∣↑⟩+cos2α∣↓⟩ について、1回目の測定の確率を求めよ。
- (2) 2回目に σz=+1 を得る確率の合計 ∑±μ(P^n±)μ(P^z+∣P^n±) を求め、途中の測定をしない場合の μ(P^z+)=1 と比べよ。
- (3) α=π/2(途中で σx を測る)のときの値を求め、差を (9.1.16) の干渉項として確かめよ。
解答
(1) μ(P^n+)=∣⟨↑n∣↑⟩∣2=cos22α, μ(P^n−)=sin22α。
(2) 「はい」の後の状態は Lüders の規則で ∣↑n⟩ または ∣↓n⟩ になり、そこから σz=+1 を得る確率はそれぞれ cos22α, sin22α である。合計は
cos42α+sin42α=1−2sin22αcos22α=1−21sin2α=21+cos2α.
α=0,π(±z 軸で測る=P^z+ と交換する)のときだけ 1 で、それ以外は 1 より小さい。途中の測定の結果を見ずに捨てても、測定をしたかどうかで2回目の確率が変わる。
(3) α=π/2 では合計は 21。差 1−21=21 は (9.1.16) の右辺 Tr(P^x+ρ^P^x−P^z+)+Tr(P^x−ρ^P^x+P^z+) に等しい。実際、ρ^=∣↑⟩⟨↑∣ ではトレースの巡回性から第1項は⟨↑∣P^x−P^z+P^x+∣↑⟩=⟨↑∣↓x⟩⟨↓x∣↑⟩⟨↑∣↑x⟩⟨↑x∣↑⟩=21⋅21⋅21⋅21=41で、第2項も同じく 41、合計 21 になる。
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