量子力学の様々な構成方法 第9部 第1章 §9.1.6 ★★★ 基準から束へは閉部分空間の束として、束から基準へは Piron と Solèr の表現定理として架かる。共通例題②を命題の言葉で解く
基準から束へ:L(H) が持つ性質
9.1.3節と 9.1.4節で、基準のヒルベルト空間 H から命題の束 L(H) を作り、それが完備な直交モジュラー束であることを示した。L(H) はさらに次の3つの性質を持つ。
- (i) 原子的:0 でないどの命題 M も、0 のすぐ上の元(原子=1次元の部分空間、すなわち状態ベクトルの張る直線)を含み、M はそれが含む原子の結びになる。
- (ii) 覆う法則:原子 p と命題 M が p∧M=0 を満たすなら、M と M∨p の間に別の命題は無い。
- (iii) 既約:すべての命題と両立する(定理 9.1.9 の意味で)命題は 0 と 1^ だけである。
(i) は、M の正規直交基底の各ベクトルが原子で、それらの結びが M になることによる。(ii) は次のように示せる。p を ∣ψ⟩ の張る直線とし、∣ψ⟩∈/M とする。∣ϕ⟩=(1^−P^M)∣ψ⟩=0 とおくと M∨p=M⊕span{∣ϕ⟩}(有限次元の部分空間を足しても閉じている)で、M⊆N⊆M∨p を満たす閉部分空間 N は N=M⊕(N∩M⊥)(定理 9.1.8)と書け、N∩M⊥⊆span{∣ϕ⟩} は {0} か span{∣ϕ⟩} のどちらかなので、N=M か N=M∨p になる。(iii) は、すべての射影と交換する射影が 1^ の定数倍の射影、すなわち 0 か 1^ に限られることによる(任意の直線への射影と交換すれば、すべてのベクトルを固有ベクトルに持つ)。原子が状態ベクトルの直線に当たるので、(i) は「命題は、それが確実な純粋状態の集まりで決まる」ことを言い、(ii) は「純粋状態を1つ足すと、命題は1段だけ大きくなる」ことを言う。
束から基準へ:Piron と Solèr の表現定理
逆向きに、命題の束の性質だけからヒルベルト空間を作り直せるかを問う。答えは次の2つの定理で与えられる。証明はこの章では書かず、言明と前提だけを並べる。
定理 9.1.11(Piron の表現定理(1964)★★★)
完備で、原子的で、覆う法則を満たし、既約な直交モジュラー束で、互いに直交する原子を4つ以上含むものは、ある斜体(可換とは限らない体)K と、その上の対合と、エルミート形式を持つ K 上のベクトル空間 V があって、V の「閉じた」部分空間(M⊥⊥=M を満たす部分空間)の束と同型である。
(C. Piron (1964), Helvetica Physica Acta 37, 439–468。)ここで V は直交モジュラー空間と呼ばれるもので、ヒルベルト空間とは限らない。体 K を実数・複素数・四元数に絞るのが次の定理である。
定理 9.1.12(Solèr の定理(1995)★★)
定理 9.1.11 の V が、互いに直交し、エルミート形式で測った長さがすべて等しいベクトルの無限列を含むなら、K は実数 R・複素数 C・四元数のいずれかで、V はその体の上の(無限次元の)ヒルベルト空間である。
(M. P. Solèr (1995), Communications in Algebra 23, 219–243。)2つの定理を合わせると、命題の束の性質 (i)〜(iii) と直交モジュラー律、それに無限個の直交する原子の条件から、基準の L(H) が体の3通りの選び方を除いて組み直せる。命題の束の言葉は、基準のヒルベルト空間とほぼ同じだけの情報を持っている。残る「なぜ実数でも四元数でもなく複素数か」は束の性質だけでは決まらず、合成系のテンソル積や連続的な時間発展の要請を足して答える。この問いは 第9部第5章 で扱う。
束の自己同型(順序と直交補を保つ全単射)が状態ベクトルの空間の何に当たるかも決まっている。dimH≥3 では、原子(直線)の全単射で直交性を両向きに保つもの(p⊥q⇔T(p)⊥T(q))は、ユニタリ演算子か反ユニタリ演算子で引き起こされる(U. Uhlhorn (1963), Arkiv för Fysik 23, 307–340)。これは Wigner の対称性の定理を、遷移確率の代わりに直交性だけで述べたものである。時間発展を束の自己同型の連続な1径数群と考えると、連続性から反ユニタリは除かれ、U^(t)=e−iH^t/ℏ の形になる(Stone の定理)。
授業で習った形との対応
学部の量子力学の授業で書く式と、この章の束の言葉を並べると次のとおりである。
| 基準(授業での書き方) | 命題の束 |
| A^ を測って ak を得る確率 ∣⟨ak∣ψ⟩∣2 | 命題 P^A({ak}) の状態 μ での値 |
| 同時に測れる ⇔ [A^,B^]=0 | 両立する ⇔ 生成する部分束が Boole 束(定理 9.1.9) |
| 状態の重ね合わせ c1∣ψ1⟩+c2∣ψ2⟩ | 2つの原子の結び p1∨p2 に入る原子 |
| 測定後の状態の収縮 ∣ψ⟩→P^∣ψ⟩/∥P^ψ∥ | Lüders の規則 (9.1.14)、条件付き確率 (9.1.15) |
| 対称性はユニタリか反ユニタリ(Wigner) | 束の自己同型(Uhlhorn) |
| Schrödinger 描像(状態が動く) | 状態が μt(P^)=μ(U^(t)†P^U^(t)) へ動く |
| Heisenberg 描像(物理量が動く) | 命題が P^↦U^(t)†P^U^(t) と動く(束の自己同型) |
重ね合わせの行に注意する。束の言葉では、重ね合わせの係数 c1,c2 の比は「p1∨p2 に入るどの原子か」として現れ、位相の情報は原子の選び方の中に入っている。
この章の結果が同値性の地図(第1部第1章)のどこに当たるかを書いておく。地図で第9部に架かる橋は、射影の束から Gleason の定理で密度行列へ渡る橋と、操作的な公理から複素ヒルベルト空間へ渡る橋の2本である。この章では、前者の出発点(射影の束)を基準から作り、その上の状態の一例として Tr(ρ^P^) を確かめた。逆向き(すべての状態が Tr(ρ^P^) の形)が Gleason の定理で、密度行列の構成(第4部第2章)へつながる。後者の橋のうち束の部分が上の Piron と Solèr の定理である。
共通例題②:Rabi 振動を命題の言葉で
2準位系 H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx(σz∣e⟩=+∣e⟩、Ω′=Ω2+Δ2)で、命題 e=「励起状態にある」の射影を P^e=∣e⟩⟨e∣ とする。時間発展は
U^(t)=e−iH^t/ℏ=cos2Ω′t1^+isin2Ω′tΩ′Δσz+Ωσx(9.1.17)
である((Δσz+Ωσx)2=Ω′21^ を使って指数関数を展開した)。Heisenberg 描像では命題が P^e(t)=U^(t)†P^eU^(t) と動く。P^e(t) はやはり1次元の射影で、Bloch 球の上の向きが時間とともに回る原子である。状態 μg(P^)=⟨g∣P^∣g⟩ でのその値は
μg(P^e(t))=(Ω′Ω)2sin22Ω′t(9.1.18)
で、Schrödinger 描像で計算した Rabi 振動の式(共通例題②)と一致する。束の言葉では、Rabi 振動は「命題 e が束の自己同型で動き、固定した状態 μg の上で値を変える」現象として書ける。
例題 9.1.6 動く命題 P^e(t) の向き ★★★
オリジナル上の2準位系で Δ=Ω とする。
- (1) Ω′ を Ω で表し、Ω′t=π となる時刻での μg(P^e(t)) を求めよ。
- (2) その時刻の P^e(t) を 21(1^+r⋅σ) の形に書き、Bloch ベクトル r を求めよ。P^e(t) は時刻 0 のどの命題と同じか。
- (3) (2) の命題の、状態 ∣g⟩ での値を Born の規則で直接求め、(1) と比べよ。
解答
(1) Ω′=2Ω。Ω′t=π では sin2(Ω′t/2)=1 なので、(9.1.18) から μg=(Ω/Ω′)2=21。
(2) Ω′t=π では (9.1.17) の第1項が消えて U^=iσm、σm=(σz+σx)/2 は単位ベクトル m=(1,0,1)/2 の向きのスピンである。P^e=21(1^+σz) なので P^e(t)=σmP^eσm=21(1^+σmσzσm)。σmσzσm は σz を軸 m のまわりに π 回したもので、ez を m に関して折り返すと 2(m⋅ez)m−ez=(1,0,1)−(0,0,1)=(1,0,0) になる。よって r=(1,0,0)、P^e(t)=21(1^+σx)=∣↑x⟩⟨↑x∣ で、時刻 0 の命題「σx=+1」と同じである。
(3) ∣g⟩=∣↓⟩ なので μg(∣↑x⟩⟨↑x∣)=∣⟨↑x∣↓⟩∣2=21。(1) の値と一致する。励起状態の命題は、時間とともに Bloch 球の上を回り、半周期のところで x 方向の命題に重なっている。
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