量子力学の様々な構成方法 第9部 第1章 §9.1.7 ★★★ 命題の束を出発点に置き、分配律の破れ・直交モジュラー律・両立性と交換性・束の上の状態をそろえて、次の章の Gleason の定理へ渡す
第9部の出発点として、物理量の代わりに yes–no の問い(命題)を基本の対象に置いた。命題の全体には「ならば」の順序と否定が入り、そこから「かつ」(最大の下界)と「または」(最小の上界)が決まる。古典力学では命題は相空間の部分集合で、その束は分配律を満たし、分配律は全確率の公式 μ(A)=μ(A∩B)+μ(A∩Bc) として確率の計算に現れる。基準の量子力学では命題は閉部分空間(射影)で、交わりは共通部分、結びは張る閉部分空間、否定は直交補空間になる。交換する射影の交わりは積で、交換しない射影の交わりは交互射影 (P^Q^)n の極限で求まる。スピン 21 では P^z+∧(P^x+∨P^x−)=P^z+ なのに (P^z+∧P^x+)∨(P^z+∧P^x−)=0 となり、分配律が破れる(Birkhoff–von Neumann 1936)。位置と運動量では、どちらも有界な区間に入ることが確実な状態が無いことから同じ破れが出る。量子の束に残るのは直交モジュラー律で、分配律 P^=(P^∧Q^)∨(P^∧Q^⊥) が成り立つのは P^Q^=Q^P^ のときに限られる。状態は命題の束の上の確率(直交する命題について加法的)として定義でき、Born の規則 Tr(ρ^P^) はその一例である。分配律の破れは、途中で交換しない測定を挟むと確率が変わるという形で観測にかかり、差は干渉項で書ける。橋の節では、基準から作った L(H) が原子的・覆う法則・既約という性質を持ち、逆にそれらの性質から Piron と Solèr の定理でヒルベルト空間が(体の選び方を除いて)組み直せることを述べた。次の 第9部第2章 では、dimH≥3 で束の上の状態がすべて Tr(ρ^P^) の形であること(Gleason の定理)を示し、2次元で破れる理由を調べる。
総合問題 3次元の2つの平面の命題で、束と確率をひととおり調べる ★★★
オリジナルH=C3 の正規直交基底を e1,e2,e3 とし、f=(e2+e3)/2, n=(e2−e3)/2 とおく。命題 P^ を e1,e2 の張る平面への射影、Q^ を e1,f の張る平面への射影とする。状態は純粋状態 ∣ψ⟩=e2 とする。
- (1) (使う道具:9.1.3節の交わり・結びと交互射影)P^∧Q^、P^∨Q^ を求め、∥(P^Q^)n−P^∧Q^∥ を n の式で表せ。
- (2) (使う道具:9.1.4節の両立性の定理)Q^⊥ と P^∧Q^⊥ を求め、P^=(P^∧Q^)∨(P^∧Q^⊥) を確かめよ。このことから P^ と Q^ について何が言えるか。
- (3) (使う道具:9.1.2節と 9.1.4節の直交モジュラー律)M^=∣e1⟩⟨e1∣≤P^ について M^∨(P^∧M^⊥) を計算し、直交モジュラー律が成り立つことを確かめよ。
- (4) (使う道具:9.1.5節の Born の規則と Lüders の規則)μ(P^), μ(Q^), μ(P^∧Q^) を求めよ。次に、先に Q^ を測ってから P^ を問う手順で、P^ が「はい」になる確率の合計 ∑Q^k=Q^,Q^⊥μ(Q^k)μ(P^∣Q^k) を求めよ。
- (5) (使う道具:9.1.1節の全確率の公式と 9.1.5節の干渉項、第1部第2章の射影測定)命題が集合で表される古典の場合に (4) の合計が μ(P^) に等しくなる理由を述べ、量子の場合の差 μ(P^)−∑kμ(Q^k)μ(P^∣Q^k) を干渉項 (9.1.16) として計算して (4) と一致することを確かめよ。
解答
(1) P^ の平面の法線は e3、Q^ の平面の法線は n である(n は e1 にも f にも直交する)。e1 は両方の平面に入り、2つの平面は異なるので P^∧Q^=∣e1⟩⟨e1∣。2つの平面の和は3次元全体なので P^∨Q^=1^。法線どうしの角は ∣⟨e3∣n⟩∣=1/2 から 45∘ で、例題 9.1.3 の θ=45∘ の場合と同じ角度の配置なので、定理 9.1.6 から
∥(P^Q^)n−P^∧Q^∥=(21)2n−1=2−(2n−1)/2.
(2) Q^⊥=∣n⟩⟨n∣。n は e3 成分を持つので P^ の平面に入らず、P^∧Q^⊥=0。よって (P^∧Q^)∨(P^∧Q^⊥)=∣e1⟩⟨e1∣∨0=∣e1⟩⟨e1∣ で、これは2次元の P^ と異なる。定理 9.1.9 から P^ と Q^ は交換しない(両立しない)。直接にも P^Q^e2=P^21f=21e2、Q^P^e2=Q^e2=21f で異なる。
(3) M^⊥ は e2,e3 の張る平面で、P^∧M^⊥=∣e2⟩⟨e2∣。よって M^∨(P^∧M^⊥) は e1,e2 の張る平面で P^ に等しい。(2) で分配律が破れても、M^≤P^ の組では P^ が M^ とそれに直交する部分に分かれる。
(4) μ(P^)=⟨e2∣P^∣e2⟩=1、μ(Q^)=∣⟨f∣e2⟩∣2=21(Q^e2=⟨f∣e2⟩f で e1 成分は無い)、μ(P^∧Q^)=∣⟨e1∣e2⟩∣2=0。Q^ を測って「はい」なら状態は Lüders の規則で f に、「いいえ」なら Q^⊥e2=⟨n∣e2⟩n から n になり、確率はどちらも 21 である。μ(P^∣Q^)=⟨f∣P^∣f⟩=21、μ(P^∣Q^⊥)=⟨n∣P^∣n⟩=21 なので、合計は 21⋅21+21⋅21=21。途中の測定をしないときの μ(P^)=1 と異なる。
(5) 古典では、Q^ を測って結果を見ずに捨てる操作は、状態(相空間の確率分布)を変えない。測った結果で場合分けした確率は条件付き確率 μ(A∩B)/μ(B) で、全確率の公式 (9.1.3) によって合計は μ(A) に戻る。量子では (9.1.16) から、差は
Tr(Q^ρ^Q^⊥P^)+Tr(Q^⊥ρ^Q^P^)=2Re⟨e2∣Q^⊥P^Q^∣e2⟩
である。Q^e2=21f、P^f=21e2、Q^⊥e2=21n を順に使うと ⟨e2∣Q^⊥P^Q^∣e2⟩=⟨Q^⊥e2∣P^Q^e2⟩=21⟨n∣21e2⟩=21⋅21⋅21=41。よって差は 2⋅41=21 で、(4) の 1−21=21 と一致する。差が 0 でないのは P^ と Q^ が交換しないからで、交換すれば Q^P^Q^⊥=P^Q^Q^⊥=0 となって干渉項は消える。これは (2) で見た分配律の破れの、確率の側での現れである。