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何の実験の量で確かめるか:水素化熱と吸収の色

2026年10月15日6分で読めますAI生成教科書『虎の巻』第2部 第2章 π電子と Hückel 法
目次
  1. 水素化熱から非局在化エネルギーを測る
  2. 光の吸収から HOMO–LUMO の差を測る
  3. Hückel 法が予言として残すもの
  4. 木下の層

AI 生成・木下が未勉強

ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第2章 §2.2.5 ★★ 非局在化エネルギーは水素化熱の差で、HOMO–LUMO の差は光の吸収で測る。2つの量から決めた tt は一致せず、削った電子間相互作用が戻ってくる

水素化熱から非局在化エネルギーを測る

炭素の二重結合に水素 H2\mathrm{H_2} を付けて単結合にする反応(水素化)では熱が出る。Kistiakowsky らは気相の水素化熱を測り、シクロヘキセン(二重結合1本の6員環)で 28.6 kcal mol−128.6\,\mathrm{kcal\,mol^{-1}}、ベンゼンで 49.8 kcal mol−149.8\,\mathrm{kcal\,mol^{-1}} を得た(82 ∘^\circC の測定。G. B. Kistiakowsky, J. R. Ruhoff, H. A. Smith and W. E. Vaughan (1936), J. Am. Chem. Soc. 58, 146)。ベンゼンが二重結合を3本独立に持つ Kekulé 構造なら、水素化熱はシクロヘキセンの3倍の 85.8 kcal mol−185.8\,\mathrm{kcal\,mol^{-1}} になるはずである。実測はそれより 36.0 kcal mol−136.0\,\mathrm{kcal\,mol^{-1}} 小さく、ベンゼンはその分だけ安定である。

Hückel 法でこの安定化に当たる量は非局在化エネルギー 2t2t である。36.0 kcal mol−136.0\,\mathrm{kcal\,mol^{-1}} を1分子あたりに直すと 1.56 eV1.56\,\mathrm{eV} なので、

2t=1.56 eV,t≈0.78 eV(2.2.17)2t=1.56\,\mathrm{eV},\qquad t\approx0.78\,\mathrm{eV}\tag{2.2.17}

を得る。ここで置いた仮定は、σ結合のエネルギーがベンゼンと仮想の Kekulé 構造で同じだということである。実際には Kekulé 構造の結合は長短交互で、ベンゼンの結合はすべて同じ長さなので、σ骨格の歪みのエネルギーも差に含まれる。

光の吸収から HOMO–LUMO の差を測る

分子が光子を1個吸収すると、電子が1個 HOMO から LUMO へ上がる。Hückel 法の言葉では、吸収の始まる光子のエネルギーは HOMO–LUMO の差 Δ\Delta で、波長は

λ=hcΔ=1239.8 eV nmΔ(2.2.18)\lambda=\frac{hc}{\Delta}=\frac{1239.8\,\mathrm{eV\,nm}}{\Delta}\tag{2.2.18}

である。可視光はおよそ 400400〜700 nm700\,\mathrm{nm}(3.13.1〜1.8 eV1.8\,\mathrm{eV})で、可視光の一部を吸収する分子は、吸収されずに残った光の色に見える。

式 (2.2.17) の tt をそのまま使うと、ベンゼンの HOMO–LUMO の差は 2t=1.56 eV2t=1.56\,\mathrm{eV} で、波長は約 794 nm794\,\mathrm{nm} になる。これは可視光の赤い端よりわずかに長い近赤外で、ベンゼンは赤い光の一部を吸収して青緑がかって見えるはずである。実際のベンゼンは無色の液体で、可視光を吸収せず、吸収は紫外にしか無い。したがって、水素化熱から決めた tt と、吸収から決めた tt は一致しない。吸収から逆算すると tt は水素化熱の値の数倍になる。

一致しない理由は、2.2.4節で削ったものにある。水素化熱の差は σ骨格の歪みのエネルギーを含み、吸収のエネルギーは π電子どうしの反発と交換を含む。電子が1個 LUMO へ上がった状態のエネルギーは、軌道のエネルギーの差に、残された正孔と上がった電子の間の相互作用を加えたもので、Hückel 法はこの相互作用を捨てている。Hückel 法の tt は1つの物理量ではなく、合わせたい実験の量ごとに決める調整の定数である。これは C 型の札の「内部の評価なし」の具体的な姿で、定数の値を1つの実験で決めても、別の実験の量を予言できる保証は無い。

Hückel 法が予言として残すもの

それでも Hückel 法の予言のうち、tt の値によらないものは実験とよく合う。1つは、同じ種類の分子の系列の中での順番である。直鎖の共役分子では、鎖を長くするほど HOMO–LUMO の差が小さくなり、吸収は長い波長へずれる(式 (2.2.14))。共役した二重結合を11本持つ β\beta-カロテンは青い光を吸収して橙色に見えるが、二重結合1本のエチレンや2本のブタジエンは無色で、吸収は紫外にある。もう1つは、Hückel 則のように準位の縮退と詰め方だけで決まる性質で、これは行列のグラフの形(対称性)だけから出るので tt によらない。吸収の波長の値そのものを合わせるには、2.2.4節の第四(結合の長さの交互)と第五(電子間相互作用)を戻す必要がある。

例題 2.2.5 水素化熱から決めた tt でベンゼンの色を予言する ★★

オリジナル1 kcal mol−1=4.184 kJ mol−11\,\mathrm{kcal\,mol^{-1}}=4.184\,\mathrm{kJ\,mol^{-1}}、Avogadro 定数 NA=6.022×1023 mol−1N_{\mathrm A}=6.022\times10^{23}\,\mathrm{mol^{-1}}、1 eV=1.602×10−19 J1\,\mathrm{eV}=1.602\times10^{-19}\,\mathrm J とする。

  1. (1) 36.0 kcal mol−136.0\,\mathrm{kcal\,mol^{-1}} を1分子あたりの eV に直し、tt を求めよ。
  2. (2) この tt で、ベンゼンとブタジエンの HOMO–LUMO の差と、対応する光の波長を求めよ。
  3. (3) (2) の結果が実際のベンゼン(無色)と食い違うことから、Hückel 法の tt について何が言えるか。
解答

(1) 36.0×4.184×103 J mol−1/(6.022×1023 mol−1)=2.501×10−19 J36.0\times4.184\times10^3\,\mathrm{J\,mol^{-1}}/(6.022\times10^{23}\,\mathrm{mol^{-1}})=2.501\times10^{-19}\,\mathrm J で、1.561 eV1.561\,\mathrm{eV} である。これが 2t2t なので t=0.781 eVt=0.781\,\mathrm{eV} である。

(2) ベンゼンの差は 2t=1.561 eV2t=1.561\,\mathrm{eV} で、λ=1239.8/1.561≈794 nm\lambda=1239.8/1.561\approx794\,\mathrm{nm} である。ブタジエンの差は式 (2.2.14) で N=4N=4 として 4tsin⁡(π/10)=1.236 t=0.965 eV4t\sin(\pi/10)=1.236\,t=0.965\,\mathrm{eV} で、λ≈1285 nm\lambda\approx1285\,\mathrm{nm} の赤外になる。

(3) Hückel 法は、ベンゼンが近赤外から赤の光を吸収し、ブタジエンはさらに長い波長を吸収すると予言する。どちらも実際には紫外でしか吸収しないので、水素化熱で決めた tt は吸収のエネルギーを数倍小さく見積もる。Hückel 法の tt は、合わせる実験の量ごとに値の違う調整の定数であり、1つの実験から決めた値で別の量を予言することはできない。予言として信頼できるのは、tt によらない順番(ブタジエンの差はベンゼンより小さい)や縮退の性質である。

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