解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第12章 §4.12.4 ★★★ 光の波長は原子より3桁長いので eik⋅r≈1。残る行列要素 ⟨f∣r^∣i⟩ が 0 になる組は、回転と反転の生成子との交換関係だけで決まる
双極子近似
式 (4.12.12) の H^ω=−2mqA0eik⋅r^e⋅p^ で、電子の波動関数が広がる範囲は a0 程度、光の波長は数百 nm なのでk⋅r∼2πa0/λ∼10−3 である。eik⋅r^=1+ik⋅r^+⋯ の最初の 1 だけを残すのが双極子近似(長波長近似)で、
H^ω≈−2mqA0e⋅p^(4.12.20)
となる。次の項 ik⋅r^ からは磁気双極子と電気四重極子の遷移が出てくるが、その確率は (ka0)2∼10−5 倍程度に小さい。
運動量の行列要素は、位置の行列要素に書き換えられる。H^0=p^2/(2m)+V(r^) と r^ の交換子は、第4部第3章の基本の交換関係から[r^,H^0]=iℏp^/m である。これは古典の Hamilton 方程式 r˙={r,H0}=p/m の量子版で、⟨f∣ と ∣i⟩ で挟むと
⟨f∣p^∣i⟩=iℏm⟨f∣[r^,H^0]∣i⟩=iℏm(Ei−Ef)⟨f∣r^∣i⟩=imωfi⟨f∣r^∣i⟩(4.12.21)
を得る。左辺を m で割った速度の行列要素は、Heisenberg 描像で eiωfit と振動する行列要素 ⟨f∣r^H(t)∣i⟩=⟨f∣r^∣i⟩eiωfit を時間で微分したものにあたる。式 (4.12.20) に入れて E0=iωA0 を使うと
⟨f∣H^ω∣i⟩=−2mqA0imωfie⋅rfi=−ωωfi2E0e⋅dfi,dfi=q⟨f∣r^∣i⟩(4.12.22)
となる。d^=qr^ は電気双極子モーメントの演算子である。共鳴(ω=ωfi)では、行列要素は −dfi⋅eE0/2 になり、授業の −d^⋅E の形と一致する(4.12.6節)。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ka0→0(原子の大きさが光の波長より十分小さい。Lyman α で ka0=2.7×10−3) | 証明 条件付き(束縛状態の波動関数が遠方で指数関数的に減衰し、eik⋅r の Taylor 展開の各項の行列要素が有限なとき、残りの項は (ka0)2 の程度。双極子の行列要素が対称性で 0 になる遷移では次の項が主になる) | 行き先 近似の数理 第7章
選択則は生成子との交換関係で決まる
遷移の速さは ∣e⋅rfi∣2 に比例するので、rfi=⟨f∣r^∣i⟩ が 0 になる組の間では、双極子近似の範囲で遷移が起こらない。この規則を選択則と呼ぶ。選択則は、状態の対称性と r^ の対称性だけで決まり、波動関数の細かい形によらない。ここでは、対称性を生成子で書く第1部第9章(第1部第9章)の見方で導く。
z 軸のまわりの回転と Δm。 回転の生成子は Lz で、記法の正本の流儀(δx=−ϵy, δy=+ϵx)では {x,Lz}=−y, {y,Lz}=x, {z,Lz}=0 である。したがって {x±iy,Lz}=±i(x±iy)。量子化して [⋅,⋅]=iℏ{⋅,⋅} とすると(右辺が1次式なので並べ方の問題は無い)
[L^z,x^±iy^]=±ℏ(x^±iy^),[L^z,z^]=0(4.12.23)
を得る。L^z∣l,m⟩=mℏ∣l,m⟩ の状態で挟むと、⟨l′,m′∣[L^z,x^±iy^]∣l,m⟩=(m′−m)ℏ⟨l′,m′∣x^±iy^∣l,m⟩ だから
(m′−m∓1)⟨l′,m′∣x^±iy^∣l,m⟩=0,(m′−m)⟨l′,m′∣z^∣l,m⟩=0
である。x^±iy^ は m を ±1 だけ、z^ は 0 だけ変える。まとめて Δm=0,±1 で、z^(z 方向の直線偏光)は Δm=0、円偏光 e=(ex±iey)/2 はe⋅r^∝x^±iy^ で Δm=±1 を起こす。式 (4.12.23) は「x^±iy^ は角運動量 ±ℏ を運ぶ」という意味で、光子が角運動量を運ぶことの、半古典論での現れである。
3次元の回転と Δl。 同じ計算を L^x, L^y についても行うと、r^ の3成分は回転のもとでベクトルとして変わる([L^i,r^j]=iℏ∑kϵijkr^k)。このような演算子をベクトル演算子と呼び、角運動量 1 を持つ状態と同じように回転する。角運動量 l の状態に r^ を当てた状態は、角運動量 l と 1 を合成した状態の重ね合わせなので、l′=l−1, l, l+1 のどれかしか含まない(角運動量の合成。第4部第5章で扱う。第4部第5章)。
反転と偶奇。 反転 Π^(r→−r)は連続な変換でないので生成子を持たないが、Π^r^Π^=−r^ という関係は同じ役割をする。H^0 の V が球対称なら、固有状態は偶奇 (−1)l を持ち、⟨f∣r^∣i⟩=⟨f∣Π^Π^r^Π^Π^∣i⟩=−(−1)lf+li⟨f∣r^∣i⟩ だから、lf+li が偶数なら 0 である。偶奇が変わらなければならないので、上の3つのうち l′=l は除かれる。まとめて
Δl=±1,Δm=0,±1(4.12.24)
が電気双極子遷移の選択則である。l≤3 のすべての組 ∣l,m⟩→∣l′,m′⟩ について角度の積分を数値で計算すると、cosθ と sinθeiφ の行列要素が 0 でない組はちょうど式 (4.12.24) を満たすものになる(検算スクリプト)。r^ はスピンに作用しないので、スピンの状態も変わらない。第4部第4章で、調和振動子では q^ が準位を1つずつしか動かさないこと(Δn=±1)を示した。これも同じ種類の選択則で、生成子 n^ との交換関係 [n^,a^†]=a^† が a^† は n を 1 上げることを決めている。

図 4.12.3 水素原子の準位(n≤3。縦の間隔は模式的)と電気双極子遷移。l ごとに列に分けると、許される遷移は隣の列への矢印に限られる。2s は双極子遷移で 1s に落ちられないので寿命が長い(2光子で落ちる)
例題 4.12.4 水素の 1s→2p の双極子行列要素 ★★★
オリジナル水素原子(原子核の質量を無限大とする)の 1s と 2p(m=0)の波動関数は、Bohr 半径 a0 を単位にしてψ1s=e−r/π、ψ2p,0=re−r/2cosθ/32π である(長さの単位 a0)。
- (1) zfi=⟨2p,0∣z^∣1s⟩ を求めよ。
- (2) 運動量の行列要素 ⟨2p,0∣p^z∣1s⟩ を直接計算し、式 (4.12.21) が成り立つことを確かめよ。
- (3) 遷移の波長と ka0 を求めよ。
- (4) ⟨2p,±1∣z^∣1s⟩ と ⟨2s∣z^∣1s⟩ が 0 になる理由を、それぞれ一言で述べよ。
解答
(1) z=rcosθ で、
zfi=32π1∫0∞r4e−3r/2dr∫0πcos2θsinθdθ∫02πdφ=32π1⋅(3/2)54!⋅32⋅2π=2431282a0=0.745a0.
(2) ψ1s は r だけの関数なので ∂zψ1s=rzψ1s′=−cosθψ1s。したがって⟨2p,0∣p^z∣1s⟩=−iℏ∫ψ2p,0(−cosθ)ψ1sd3r=iℏ⋅32π1⋅(3/2)43!⋅34πa0−1=0.279iℏ/a0。一方、ωfi=(E2−E1)/ℏ=83⋅ma02ℏ(En=−2ma02n2ℏ2)で、imωfizfi=i⋅83⋅0.745ℏ/a0=0.279iℏ/a0。一致する。
(3) E2−E1=43×13.606eV=10.20eV で、λ=2πℏc/(E2−E1)=121.5nm(Lyman α。原子核の動きを入れると 0.05% 長くなる)。ka0=2πa0/λ=2.74×10−3 で、双極子近似の誤差は確率で 10−5 程度である。
(4) ⟨2p,±1∣z^∣1s⟩ は Δm=±1 なのに z^ が m を変えないので 0(式 (4.12.23))。⟨2s∣z^∣1s⟩ は 1s と 2s がどちらも偶で、z^ が奇なので 0(Δl=0)。
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