光学と量子エレクトロニクス 第18章 §18.2 ★★★ 電場を原子の位置の値で置き換える。捨てた磁気双極子と電気四重極は αfs/2 と ka0/2 の桁。2準位に縮約すると A⋅p^ と −d^⋅E は共鳴でだけ一致する
長さのゲージの Hamiltonian
電子(電荷 −e)と光の場の最小結合は H^=(p^+eA(r^,t))2/(2m)+V(r^) である(Coulomb ゲージで、光のスカラーポテンシャルは 0)。原子の大きさ a0 が波長 λ よりはるかに小さいとき、A(r,t) を原子の中心 r0 の値 A(r0,t) で置き換える。これが双極子近似で、小さいパラメータは ka0=2πa0/λ である。置き換えたあとの A は位置に依らないので、波動関数の位相を ψ→e−ier⋅A(r0,t)/ℏψ と時刻ごとに変えるゲージ変換(Göppert-Mayer の変換)で A を消すことができ、
H^′=2mp^2+V(r^)−d^⋅E(r0,t),E=−∂t∂A,d^=−er^(18.5)
になる。導出は 解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第12章 にあり、ここでは結果だけを使う。式 (18.5) を長さのゲージ、もとの A⋅p^ の形を速度のゲージと呼ぶ。2つの Hamiltonian はユニタリ変換で移り合うので、すべての準位を残して解く限り、物理量の値は同じになる。
捨てた項の大きさ
E(r,t) を r0 のまわりで展開した次の項は、電場の空間変化と原子の電荷分布の結合(電気四重極)と、光の磁場 B と電子の軌道・スピンの磁気モーメントの結合(磁気双極子)である。大きさを、電気双極子の結合 ea0E0 との比で見積もる。電気四重極は電場が原子の大きさの範囲で変わる割合 ka0 の分だけ小さく、展開の係数 1/2 を含めて比は ka0/2=πa0/λ の桁である。磁気双極子は、Bohr 磁子 μB=eℏ/(2m) と光の磁場 B0=E0/c の積なので、比は
ea0E0μBB0=2mca0ℏ=2αfs≈3.65×10−3(18.6)
になる。ここで αfs=ℏ/(mca0)≈1/137 は微細構造定数で、分極率 α と区別するために添字 fs を付けた。遷移の速さは行列要素の2乗に比例するので、許された電気双極子遷移に比べて磁気双極子遷移は 10−5、可視光の電気四重極遷移は 10−7 の桁で遅い。deg=0 になる遷移(同じ偶奇性の準位の間など)では、これらの項が主になる。光格子時計の時計の遷移や、水素の 1s→2s の2光子遷移は、電気双極子で禁じられた遷移を使うことで線幅を極めて狭くしたものである(第24章・第28章、第24章・第28章)。
2準位に縮約するとゲージで結果が変わる
2つのゲージがユニタリ変換で移り合うことは、すべての準位を残したときにだけ成り立つ。変換 e−ier⋅A/ℏ は位置の演算子の関数で、2準位の部分空間を部分空間のまま保たないからである。2準位に縮約した模型で比べてみる。速度のゲージで A の1次の項は (e/m)A(r0,t)⋅p^ で(Coulomb ゲージでは p^⋅A=A⋅p^)、運動量の行列要素は交換関係 [H^A,r^]=−iℏp^/m から
⟨e∣p^∣g⟩=imω0⟨e∣r^∣g⟩(18.7)
になる(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第12章 と同じ式)。電場 E=Re[E0e−iωt] に対するベクトルポテンシャルは A=Re[A0e−iωt]、A0=E0/(iω) なので、e−iωt の項の行列要素は
meA0⋅⟨e∣p^∣g⟩=me⋅iωE0⋅imω0⟨e∣r^∣g⟩=−ωω0deg⋅E0(18.8)
になる。長さのゲージの −deg⋅E0 と比べて ω0/ω 倍で、2つは共鳴 ω=ω0 でだけ一致する。共鳴から離れた光では、縮約した2準位の模型の Rabi 周波数が、どちらのゲージで縮約したかで違う。
どちらが正しいかは、捨てた準位の寄与まで含めた計算と比べて決まる。速度のゲージには A の2次の項 e2A2/(2m) もあり、これは双極子近似のもとですべての準位を同じだけずらす。この項と、ほかの準位を通る2次の寄与を足すと、Thomas–Reiche–Kuhn の総和則によって長さのゲージの結果に戻ることを示すことができる。長さのゲージの模型では、捨てた準位の寄与は遷移の振動子強度で決まるので、共鳴に近い遷移が1つの振動子強度の大部分を持っていれば小さい。このため、量子光学では2準位の模型を長さのゲージで作るのが標準になっている。この巻もそれに従う。共鳴の近くでは ω0/ωL=1−Δ/ωL なので、違いは離調の割合 ∣Δ∣/ω0 の桁にとどまる。
例題 18.2 運動量の行列要素と、ゲージの違いの大きさ ★★
オリジナル例題 18.1 の水素の波動関数を使う(原子単位、ℏ=m=a0=1、ω0=3/8)。
- (1) ⟨2p,0∣∂z∣1s⟩=∫ψ2p,0∂zψ1sd3r を計算し、式 (18.7) が成り立つことを確かめよ。
- (2) 遷移の波長が 780nm の原子に波長 1064nm の光を当てる(第1章の総合問題の光トラップ)。2準位の模型を速度のゲージで作ると、長さのゲージで作った模型に比べて Rabi 周波数は何倍になるか。光シフト(Ω2 に比例する)は何倍になるか。
- (3) (2) と、式 (18.6) の磁気双極子の比を比べ、遠い離調の光で縮約の誤差がどれほど大きいかを述べよ。
解答
(1) ∂ze−r=−(z/r)e−r=−cosθe−r なので
⟨2p,0∣∂z∣1s⟩=−π1⋅42π1∫0∞r3e−3r/2dr∫cos2θdΩ=−42π1⋅(3/2)46⋅34π=−81162.
一方 C=1282/243 に ω0=3/8 を掛けると ω0C=162/81 で、⟨2p,0∣∂z∣1s⟩=−ω0C。p^z=−i∂z なので ⟨2p,0∣p^z∣1s⟩=iω0C となり、式 (18.7)(原子単位で m=1)と一致する。
(2) 式 (18.8) から、Rabi 周波数は ω0/ωL=λL/λ0=1064/780=1.364 倍、光シフトはその2乗の 1.861 倍になる。
(3) 磁気双極子のように原子の構造に由来する補正は 10−3 の桁だが、ゲージの選び方による違いは 86% で、比べものにならないほど大きい。共鳴から 27% も離れた光では、「2つの準位だけを残す」という縮約そのものが不確かになり、どのゲージで縮約したかが結果を左右する。この場合は、ほかの準位も足した分極率(第11章の振動子強度の和、第11章)で計算するのが確かである。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ka0=2πa0/λ→0(原子が波長より十分小さい) | 証明 要確認(多重極展開の第1項。次の項の大きさは ka0/2 と αfs/2 の桁と見積もったが、打ち切りの誤差を評価する定理の形は原論文で確かめていない) | 行き先 近似の数理 第7章
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