解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第12章 §4.12.1 ★★★ 原子の Hamiltonian の p^ を p^−qA(r^,t) に替えるだけで光との相互作用が入る。光の場は原子の場より桁違いに弱い
原子や分子に光を当てると、決まった波長の光だけが吸収される。吸収された光の強さから、準位の間の遷移がどれだけ起こりやすいかが分かり、励起した原子は決まった寿命で光を出して下の準位に戻る。分光と呼ばれる測定はすべて、この「光によって量子状態の間で遷移が起こる」ことを使っている。授業では、Hamiltonian に −d^⋅E という項を足し、時間に依存する摂動論で遷移確率を出して、Fermi の黄金律と選択則を習う。
この章では、光と物質の相互作用を新しく持ち込まない。第2部第2章(第2部第2章)で、電磁場の中の荷電粒子はL=21mr˙2−qϕ+qr˙⋅A を選んだ系であり、その Hamiltonian が H=(p−qA)2/(2m)+qϕ になることを示した。光は時間と場所で振動する A(r,t) にすぎないので、この H をそのまま量子化し、A について1次の項を小さな摂動として扱えば、遷移確率から選択則まで、すべてが出てくる。道具は第4部第3章(第4部第3章)の相互作用描像で、その古典版は「解ける部分の解に乗った座標で、残りの力による変化だけを追う」定数変化法である。実際、量子の1次の遷移確率と、古典の振動子が外力から吸い取るエネルギーは、同じ関数 sin2(Δt/2)/(Δ/2)2 で書ける。
4.12.1節で選ぶ Hamiltonian と、光の場の大きさを確かめる。4.12.2節で相互作用描像の1次の摂動を当て、4.12.3節から4.12.5節が「出てくるもの」で、Fermi の黄金律、双極子近似と選択則、吸収・誘導放出・自然放出の係数を順に出す。4.12.6節では、授業の −d^⋅E の形がこの章の p^⋅A の形とゲージの取り替え(正準変換)で結ばれることと、振動子強度の総和則が古典の Poisson 括弧から出ることを示す。
選ぶ Hamiltonian
電荷 q、質量 m の粒子(電子なら q=−e)が、ポテンシャル V(r) で原子核に束縛されているとする。光を当てていないときの Hamiltonian を
H^0=2mp^2+V(r^),H^0∣n⟩=En∣n⟩(4.12.1)
とし、その固有状態 ∣n⟩ と固有値 En は分かっているものとする。ここに光の場を入れる。第2部第2章の Hamiltonian H=(p−qA)2/(2m)+qϕ で、原子核の作る静電場は V(r) にすでに入っているので、光の場だけを A(r,t) と ϕ で表す。光の場には、電荷の無い所で
ϕ=0,∇⋅A=0,E=−∂t∂A,B=∇×A(4.12.2)
となるゲージ(Coulomb ゲージ)を選べる。第2部第8章(第2部第8章)で述べたゲージの自由度のうち、光の場で ϕ を消すものを1つ選んだことになる。この章で選ぶ Hamiltonian は
H^(t)=2m(p^−qA(r^,t))2+V(r^)(4.12.3)
である。光は量子化せず、決まった関数 A(r,t) として与える。物質だけを量子力学で扱い、光を古典の場のまま扱うこの立場を半古典論と呼ぶ。
摂動の項を取り出す
式 (4.12.3) の2乗を展開するとき、p^ と A(r^,t) は交換するとは限らないので、並べ方に注意が要る。位置表示で任意の波動関数 ψ に当てると p^⋅(Aψ)=−iℏ∇⋅(Aψ)=−iℏ(∇⋅A)ψ+A⋅(−iℏ∇ψ) だから
p^⋅A−A⋅p^=−iℏ∇⋅A(4.12.4)
であり、Coulomb ゲージでは右辺が 0 になる。第4部第1章(第4部第1章)で述べた積の並べ方の問題は、このゲージでは起きない。したがって
H^(t)=H^0+H^1(t)+H^2(t),H^1(t)=−mqA(r^,t)⋅p^,H^2(t)=2mq2∣A(r^,t)∣2(4.12.5)
と分かれる。H^1 は場について1次、H^2 は2次である。古典の言葉では、H^1 は −qr˙⋅A の r˙ を p/m で置き換えたもので、第2部第2章の一般化ポテンシャル U=qϕ−qr˙⋅A のうち速度に比例する部分にあたる。
光としては、角振動数 ω、波数ベクトル k(∣k∣=ω/c)、偏光の単位ベクトル e(e⋅k=0)の平面波
A(r,t)=Re[A0eei(k⋅r−ωt)],E(r,t)=Re[E0eei(k⋅r−ωt)],E0=iωA0(4.12.6)
を考える。E0=iωA0 は E=−∂tA から出る。e⋅k=0 だから ∇⋅A=0 が成り立つ。
光の場はどれだけ弱いか
H^1 を摂動として扱ってよいかは、光の場の大きさで決まる。比べる相手は、原子の中で電子が感じる電場の目安
Eat=4πε0a02e=5.14×1011Vm−1(4.12.7)
である(a0 は Bohr 半径)。光の強度(単位面積を単位時間に通るエネルギー)は、時間平均した Poynting ベクトルの大きさ I=21cε0∣E0∣2 で、これから ∣E0∣=2I/(cε0) が決まる。
例題 4.12.1 光の場と原子の場を比べる ★★
オリジナル波長 500nm の単色の光が強度 I=1×103Wm−2 で水素原子に当たっている。
- (1) 電場の振幅 ∣E0∣ を求め、e∣E0∣a0 を水素の電離エネルギー 13.6eV と比べよ。
- (2) H^1 と p^2/(2m) の比の目安として e∣A0∣/(ℏ/a0) を求め、H^2 と H^1 の比 e∣A0∣a0/(2ℏ) も求めよ。
- (3) 強度を 1016Wm−2 まで上げたときの ∣E0∣/Eat を求めよ。
解答
(1) ∣E0∣=2×103/(2.998×108×8.854×10−12)=868Vm−1。e∣E0∣a0=868×5.29×10−11eV=4.59×10−8eV で、13.6eV の 3.4×10−9 倍しかない。光が原子の中の電子に及ぼす力は、原子核の力の 10−9 程度である。
(2) ω=2πc/λ=3.77×1015s−1 で ∣A0∣=∣E0∣/ω=2.30×10−13Vsm−1。原子の中の電子の運動量の目安は ℏ/a0 なので
ℏ/a0e∣A0∣=1.055×10−341.602×10−19×2.30×10−13×5.29×10−11=1.85×10−8
である。H^1∼e∣A0∣p/m、p^2/(2m)∼p2/(2m) の比は 2e∣A0∣/p の程度で、やはり 10−8 程度である。H^2/H^1∼e∣A0∣/(2p)=9.26×10−9 で、H^2 は H^1 よりさらに8桁小さい。
(3) ∣E0∣=2×1016/(cε0)=2.74×109Vm−1 で、∣E0∣/Eat=5.34×10−3。集光したパルスレーザーでこの程度の強度になるが、それでも原子の場の 1% に満たない。原子の場に並ぶ強度(1020Wm−2 程度)では、この章の摂動論は使えず、電離が場の中で直接起こる。
この例題から分かるとおり、ふつうの光では H^1 は H^0 に比べてきわめて小さく、H^2 はそれよりさらに小さい。この章では H^1 を1次まで扱い、H^2 は落とす(H^2 は光子2個がかかわる過程、たとえば散乱で初めて必要になる)。
光を古典の場として扱うことにも、近似が含まれている。光を量子化すると、光のモードの状態は光子の数で指定され、光子の数が十分大きければ場の揺らぎは振幅に比べて小さくなる。半古典論は、この極限で光の場を期待値で置き換えたものである。ただし半古典論では、光子が1個も無い状態から原子が光を出す自然放出が出てこない。4.12.5節では、Einstein の熱平衡の議論で自然放出の確率を間接に決める。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの モードの光子数 →∞(場の量子揺らぎが振幅に比べて小さい) | 証明 要確認(吸収と誘導放出の確率が量子化した場の結果と一致することは 4.12.5節の Einstein の関係で整合するが、極限の前提は原論文で確かめていない。自然放出はこの極限に含まれない) | 行き先 近似の数理 第7章
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