解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第3章 §4.3.1 ★★★ 期待値 ⟨ψ(t)∣A^∣ψ(t)⟩ は、状態を動かしても演算子 U^†A^U^ を動かしても同じ値になる。古典力学にも同じ2通りの書き方がある
第4部第2章では、Hamiltonian H^ が状態 ∣ψ⟩ を時間発展させる Schrödinger 方程式 iℏ∂t∂∣ψ⟩=H^∣ψ⟩ を扱った。この方程式では状態が動き、位置 q^ や運動量 p^ の演算子は時刻によらない。一方、古典力学の Hamilton 方程式は位置と運動量そのものの時間変化を与える式であり、第1部第11章ではそれを、相空間上の関数 A(q,p) の時間変化 dtdA={A,H}+∂t∂A として書き直した。量子力学の側にも、状態を止めて演算子を動かす書き方がある。これが Heisenberg 描像である。
この章で選ぶものは、Schrödinger 方程式を解いて得られる時間発展演算子 U^(t) と、それで演算子を挟んだ A^H(t)=U^†(t)A^U^(t) である。当てる道具は、第1部第11章の「括弧による時間発展」と Lie 級数、第1部第12章の「時間発展は正準変換」の2つである。出てくるものは3つに分けて書く。4.3.3節では、Hamiltonian が q^, p^ の2次式までなら、古典の解の式に初期値の演算子を代入したものがそのまま量子の解になることを示し、波束の広がりを古典の集団の広がりとして読む。4.3.4節では、期待値の運動方程式(Ehrenfest の定理)が古典の運動方程式からずれる仕組みを、4次のポテンシャルの数値計算で確かめる。4.3.5節では、保存量・スピンの歳差運動・ビリアル定理を Heisenberg 方程式から出す。4.3.6節で授業の「期待値の時間微分」の書き方と並べ、4.3.7節で外力で揺すられる調和振動子を題材にした総合問題を解く。
状態を動かすか、演算子を動かすか
第4部第2章の結果を引く。Hamiltonian H^ が時刻を陽に含まないとき、Schrödinger 方程式の解は
∣ψ(t)⟩=U^(t)∣ψ(0)⟩,U^(t)=e−iH^t/ℏ(4.3.1)
と書ける。H^ がエルミートなので U^(t) はユニタリ(U^†U^=U^U^†=1)であり、状態のノルムは保たれる。
実験で測るのは、ある時刻 t での物理量 A^ の期待値である。これを (4.3.1) で書き換えると
⟨ψ(t)∣A^∣ψ(t)⟩=⟨ψ(0)∣U^†(t)A^U^(t)∣ψ(0)⟩
となる。左辺では状態が時刻とともに動き、演算子 A^ は止まっている。右辺では状態が時刻 0 のまま止まり、演算子の側が U^†A^U^ と動いている。この右辺の演算子に名前を付ける。
定義 4.3.1(Heisenberg 描像)
時刻を陽に含まない Hamiltonian H^ のもとで、演算子 A^ の Heisenberg 描像の演算子を
A^H(t):=U^†(t)A^U^(t)=eiH^t/ℏA^e−iH^t/ℏ(4.3.2)
で定める。状態は時刻 0 の ∣ψ⟩:=∣ψ(0)⟩ のまま動かさない。これに対し、状態を (4.3.1) で動かし演算子を止める書き方を Schrödinger 描像と呼ぶ。
2つの描像は時刻 0 で一致し(A^H(0)=A^)、どの時刻でもすべての期待値が一致する。
⟨ψ(t)∣A^∣ψ(t)⟩=⟨ψ∣A^H(t)∣ψ⟩,Tr(ρ^(t)A^)=Tr(ρ^A^H(t)).(4.3.3)
右の式は混合状態の密度行列 ρ^ についての同じ主張で、Schrödinger 描像では密度行列が ρ^(t)=U^ρ^U^† と動く。トレースの中で積を巡回させるとTr(U^ρ^U^†A^)=Tr(ρ^U^†A^U^) となって両辺が等しい。
物理の予言は期待値と確率(射影演算子の期待値)だけなので、2つの描像は同じ理論の2つの書き方であり、どちらを使うかは計算の便利さで決めてよい。ただし、運動方程式の形は2つの描像で大きく違う。Schrödinger 描像の方程式は波動関数についての偏微分方程式で、古典力学の Hamilton 方程式とは見た目が似ていない。次の節で示すように、Heisenberg 描像の方程式は q^, p^ についての常微分方程式で、Hamilton 方程式と同じ形をしている。
古典力学の2つの書き方
古典力学にも、同じ2通りの書き方がある。Hamilton 方程式の流れで、時刻 0 の相空間の点 Γ=(q,p) が時刻 t に Φt(Γ) へ運ばれるとする。
1つ目の書き方では、物理量 A を「時刻 0 にどこから出発したか」の関数として運ぶ。At(Γ):=A(Φt(Γ)) は、Γ から出発した軌道の上で時刻 t に測った A の値であり、第1部第11章の dtdA={A,H} はこの At の時間変化を与える式である。点の分布の方は時刻 0 のまま止めておく。
2つ目の書き方では、点の分布(確率密度)ρ(Γ,t) を動かし、物理量 A(Γ) は止めておく。分布は流れに乗って運ばれるので ρ(Γ,t)=ρ(Φ−t(Γ),0) で、これを微分した式が Liouville 方程式 ∂t∂ρ={H,ρ} である(第3部第1章)。
2つの書き方で平均値が一致することは、変数の取り替え Γ=Φt(Γ′) で確かめることができる。
∫ρ(Γ,t)A(Γ)dΓ=∫ρ(Γ′,0)A(Φt(Γ′))dΓ′.(4.3.4)
ここで dΓ=dΓ′ と置き換えられるのは、Hamilton の流れが相空間の体積を変えない(Liouville の定理。第1部第12章では流れの Jacobi 行列式が 1 であることとして示した)からである。式 (4.3.4) は式 (4.3.3) の古典版で、Hamilton 方程式で個々の軌道を追う書き方が Heisenberg 描像に、Liouville 方程式で分布を追う書き方が Schrödinger 描像に対応する。
符号も揃っている。物理量の側は dtdAt={At,H}、分布の側は ∂t∂ρ={H,ρ}=−{ρ,H} で、括弧の中の順番が逆になる。量子力学でも、次の節で出す dtdA^H=[A^H,H^]/(iℏ) と、ρ^(t)=U^ρ^U^† を微分した dtdρ^=[H^,ρ^]/(iℏ) とで、交換子の順番が逆になる。物理量と分布は逆向きに運ばれる、という同じ事情の表れである。

図 4.3.1 古典と量子の2つずつの書き方。左の列は物理量を運び、右の列は分布(状態)を運ぶ。横の矢印は平均値が一致する理由、縦の矢印は括弧を交換子に置き換える対応を表す。この章の主題は左の列の縦の対応である
例題 4.3.1 2準位系を2つの描像で解く ★★
オリジナルPauli 行列 σx,σy,σz で書いた Hamiltonian H^=2ℏωσx(ω>0)を考える。時刻 0 の状態は σz の固有値 +1 の状態 ∣↑⟩ とする。
- (1) Schrödinger 描像で ∣ψ(t)⟩ を求め、⟨σz⟩ を計算せよ。
- (2) Heisenberg 描像で σz,H(t)=eiH^t/ℏσze−iH^t/ℏ を σy, σz で表し、同じ ⟨σz⟩ が出ることを確かめよ。
- (3) 時刻 t=π/(2ω) での ⟨σy⟩ を、(2) の結果だけから求めよ。
解答
(1) σx2=1 なので e−iωtσx/2=cos2ωt−iσxsin2ωt。σx∣↑⟩=∣↓⟩ を使うと
∣ψ(t)⟩=cos2ωt∣↑⟩−isin2ωt∣↓⟩,⟨σz⟩=cos22ωt−sin22ωt=cosωt.
(2) 同じ展開を両側に使い、σxσzσx=−σz、σxσz=−iσy、σzσx=iσy を代入すると
σz,H(t)=(cos2ωt+iσxsin2ωt)σz(cos2ωt−iσxsin2ωt)=σzcosωt+σysinωt.
∣↑⟩ では ⟨σz⟩=1, ⟨σy⟩=0 なので、⟨↑∣σz,H(t)∣↑⟩=cosωt で (1) と一致する。
(3) 同じ計算で σy,H(t)=σycosωt−σzsinωt となる(次の節の Heisenberg 方程式 dtdσy,H=−ωσz,H からも出る)。t=π/(2ω) では σy,H=−σz なので ⟨σy⟩=−1。Heisenberg 描像では、演算子の時間変化を一度求めておけば、どの初期状態の期待値も初期状態での期待値の組み合わせとして読み出すことができる。この例では (σy,σz) の組が角度 ωt で x 軸のまわりに回っていて、状態ベクトルを追わなくても運動の様子が見える。
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