解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第3章 §4.3.4 ★★★ 期待値は dtd⟨p^⟩=−⟨V′(q^)⟩ に従い、⟨V′(q^)⟩=V′(⟨q^⟩) の分だけ古典の軌道からずれる
期待値の運動方程式
式 (4.3.7) の期待値をとると、第4部第1章の式 (4.1.18) の Ehrenfest の定理
dtd⟨q^⟩=m⟨p^⟩,dtd⟨p^⟩=−⟨V′(q^)⟩(4.3.14)
がそのまま出る。期待値は Heisenberg 描像の演算子を時刻 0 の状態で平均したもので、どちらの描像で計算しても同じである(式 (4.3.3))。
この2本は、古典の Hamilton 方程式と似ているが、閉じた方程式になっていない。右辺の ⟨V′(q^)⟩ は分布全体の平均で、⟨q^⟩ だけの関数ではないからである。⟨V′(q^)⟩=V′(⟨q^⟩) が成り立つのは、V′ が1次式のとき、すなわち V が2次式までのときに限られ、これは 4.3.3節の場合である。それ以外では、平均のまわりで展開すると、μ:=⟨q^⟩ として
⟨V′(q^)⟩=V′(μ)+21V′′′(μ)(Δq)2+61V′′′′(μ)⟨(q^−μ)3⟩+⋯(4.3.15)
となる(1次の項は ⟨q^−μ⟩=0 で消える)。第2項以降が、古典の力 −V′(μ) からのずれである。ずれが小さいのは、波束の幅 Δq が、力 V′ の傾きが変わる長さに比べて十分小さいときである。
4次のポテンシャルでの数値計算
ずれがどう育つかを、V(q)=q4/4(m=1、長さと時間の単位を適当に選んだ無次元の量)で確かめる。初期状態は中心 q=1、幅 σ=0.1、平均運動量 0 の最小不確定の Gauss 波束とし、ℏ=0.01 とする(運動量の幅は ℏ/(2σ)=0.05)。Schrödinger 方程式を数値で解いて ⟨q^⟩ を求め、同じ初期値 q=1, p=0 の古典の軌道と比べたのが図 4.3.3 である。古典の周期は振幅 1 で 42∫01dx/1−x4=7.42 である。

図 4.3.3 V=q4/4 での位置の期待値 ⟨q^⟩(青の点線=Schrödinger 方程式の数値解)、同じ初期値の古典の軌道 q(t)(赤の細い実線)、同じ平均と分散を持つ古典の点の集団の平均(灰の太い実線、6000 点)。量子の期待値は1本の古典の軌道から1周期のうちに離れていくが、古典の集団の平均とは図の範囲で 0.021 以内で重なる。同じ系の ⟨q^⟩ の時間変化は第4部第2章の図 4.2.2。ここでは古典の集団の平均と比べる
図から3つのことが読み取れる。1つ目に、最初の4分の1周期ほどは ⟨q^⟩ と古典の軌道はほぼ重なる。2つ目に、そのあと ⟨q^⟩ の振動の振幅は小さくなっていき、3周期ほどで 0.2 を下回る。1本の古典の軌道は振幅 1 のまま振動を続ける。3つ目に、古典の点の集団の平均(灰の線)は、量子の期待値とほとんど同じ曲線を描く。
3つ目が要点である。4次のポテンシャルでは振幅の大きい軌道ほど周期が短い(周期は振幅に反比例する)。初期の幅 σ=0.1 の中に振幅の少しずつ違う軌道が混ざっていて、周期がずれた軌道どうしの位相がばらけるので、平均の振動が消えていく。この減衰は古典の集団でも同じように起き、量子力学に固有の現象ではない。数値計算では、Ehrenfest の定理 (4.3.14) の dtd⟨p^⟩=−⟨q^3⟩ は差 2×10−3 以内で成り立ち、古典の力を平均の位置で評価した −⟨q^⟩3 とは t=10 付近で 0.29 違う。古典の軌道からのずれは、式 (4.3.15) の補正項で表される「分布の広がりの分だけ力の平均が変わる」効果である。
このように、Heisenberg 描像で古典の軌道に近い振る舞いが得られるのは、波束の幅が狭いあいだに限られる。幅が狭く保たれる時間は、ℏ が小さいほど長い。一方、分布の広がりを含めた比較の相手としては、1本の軌道より、同じ初期分布を持つ Liouville の集団(4.3.1節の右の列)の方がはるかに長い時間にわたって量子の期待値に近い。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℏ→0(波束の幅 Δq が、力 V′ の傾きが変わる長さに比べて小さい) | 証明 要確認(滑らかなポテンシャルで最小不確定の波束から出発し、時刻を固定して ℏ→0 とすると期待値が古典の軌道に近づくことは Hepp(1974)が示したとされる。前提と、近づく時間の範囲が ℏ にどう依存するかは原論文で未確認) | 行き先 近似の数理 第7章
例題 4.3.4 3次のポテンシャルでは補正が幅だけで決まる ★★
オリジナルV(q)=aq3(a は実の定数)の中の、任意の状態を考える。位置の平均を μ=⟨q^⟩、標準偏差を Δq とする。
- (1) ⟨V′(q^)⟩=V′(μ)+3a(Δq)2 が、状態の形によらず厳密に成り立つことを示せ。式 (4.3.15) と比べよ。
- (2) 補正が μ によらず幅だけで決まることを確かめよ。古典の力が 0 になる μ=0 に波束を静止させて置くと、⟨p^⟩ はどう動き始めるか。
- (3) a=1, μ=1, Δq=0.1 のとき、補正は古典の力の何 % か。式 (4.3.14) が ⟨q^⟩, ⟨p^⟩ だけで閉じないのはなぜか。
解答
(1) V′(q)=3aq2 なので ⟨V′(q^)⟩=3a⟨q^2⟩=3a(μ2+(Δq)2)=V′(μ)+3a(Δq)2。分散の定義 (Δq)2=⟨q^2⟩−μ2 だけを使ったので、Gauss 分布でなくても成り立つ。式 (4.3.15) では V′′′=6a で第2項が 21⋅6a(Δq)2=3a(Δq)2、V′′′′=0 で第3項以降はすべて 0 である。展開が第2項で厳密に終わる。
(2) 3a(Δq)2 には μ が入っていない。μ=0 では古典の力 −V′(0)=0 で、1本の古典の粒子は静止したままだが、波束ではdtd⟨p^⟩=−3a(Δq)2 となり、a>0 なら −q の向き(ポテンシャルが下がる向き)へ動き始める。q>0 の側と q<0 の側で力 −3aq2 が同じ向きにかかり、打ち消し合わないからである。
(3) 古典の力の大きさ V′(1)=3 に対し補正は 3×0.01=0.03 で、1%。補正 3a(Δq)2 は時刻とともに変わる (Δq)2 を含み、(Δq)2 の時間変化には Cqp が、その時間変化にはさらに高次のモーメントが入る。2次のポテンシャルなら V′ が1次式で補正が無いので、ここで初めて期待値の方程式が閉じなくなる。
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