解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第3章 §4.3.5 ★★ [G^,H^]=0 なら G^H は動かない。角運動量の交換関係だけからスピンの歳差運動が古典と同じ式で出て、定常状態ではビリアル定理が厳密に成り立つ
保存量
演算子 G^ が時刻を陽に含まず [G^,H^]=0 を満たすなら、式 (4.3.5) から dtdG^H=0、すなわち G^H(t)=G^ である。演算子そのものが動かないので、G^ の期待値だけでなく、G^ の分散も、G^ の値の確率分布全体も、どの初期状態についても時刻によらない。第1部第11章の Hamilton 形式の Noether の定理({G,H}=0 なら G は保存し、G の生成する変換で H は変わらない)は、交換子に置き換えてもそのまま成り立つ。[G^,H^]=0 は eiϵG^/ℏH^e−iϵG^/ℏ=H^(G^ の生成するユニタリ変換で H^ が不変)と同値だからである。回転の生成子である角運動量については 第4部第5章で詳しく扱う。
磁場中のスピンの歳差運動
スピン S^=2ℏσ を持つ粒子の磁気モーメントを μ^=γS^(γ は磁気回転比)とし、z 方向の一様な磁場 B=Bez の中に置く。Hamiltonian は H^=−μ^⋅B=−γBS^z である。使う性質は角運動量の交換関係 [S^x,S^y]=iℏS^z(添字を巡回させたものも)だけで、これは第1部第11章の {Lx,Ly}=Lz を [⋅,⋅]/(iℏ) に置き換えた形である。Heisenberg 方程式は
dtdS^x,H=iℏ−γB[S^x,S^z]H=γBS^y,H,dtdS^y,H=−γBS^x,H,dtdS^z,H=0
で、ベクトルの形にまとめると
dtdS^H=γS^H×B(4.3.16)
となる。これは古典の磁気モーメントの運動方程式と同じ形である。古典では、角運動量 L に比例する磁気モーメント μ=γL が磁場からトルク μ×B を受けるので、dtdL=μ×B=γL×B である。
スピン 21 は古典の回転する物体を持たないが、Heisenberg 方程式の右辺を決めるのは交換関係(括弧の代数)だけなので、運動方程式は古典の角運動量と同じ形になる。式 (4.3.16) の解は、ω0:=γB として
S^x,H(t)=S^xcosω0t+S^ysinω0t,S^y,H(t)=S^ycosω0t−S^xsinω0t(4.3.17)
で、スピンの横成分が z 軸のまわりに角振動数 ∣ω0∣ で回る(γB>0 なら +z 側から見て時計回り)。これを Larmor 歳差と呼ぶ。期待値の式 (4.3.16) に緩和の項を足したものが Bloch 方程式1F. Bloch (1946), Phys. Rev. 70, 460.で、核磁気共鳴(NMR)と MRI の土台になっている。
例題 4.3.5 Larmor 歳差の周波数 ★★
オリジナル陽子の磁気回転比を γp=2.675×108s−1T−1、電子の磁気回転比の大きさを ∣γe∣=geμB/ℏ(ge=2.0023, μB=9.274×10−24JT−1)とする(値は CODATA 2018。E. Tiesinga et al. (2021), Rev. Mod. Phys. 93, 025010)。
- (1) 時刻 0 に S^x の固有値 +ℏ/2 の状態にあるスピンについて、式 (4.3.17) から ⟨S^x⟩, ⟨S^y⟩ を求めよ。
- (2) B=1.5T(臨床用 MRI の典型的な磁場)での陽子の歳差の周波数 f=γpB/(2π) と周期を求めよ。
- (3) B=1T での電子の歳差の周波数を求めよ。
解答
(1) 初期状態では ⟨S^x⟩=ℏ/2, ⟨S^y⟩=0 なので、式 (4.3.17) の期待値をとって⟨S^x⟩=2ℏcosω0t, ⟨S^y⟩=−2ℏsinω0t。期待値のベクトルが xy 面内を角振動数 ω0 で回る。状態ベクトルを追わずに、演算子の解に初期の期待値を入れるだけで済む。
(2) γp/(2π)=42.58MHzT−1 なので f=63.9MHz、周期 1/f=15.7ns。MRI はこの周波数の電波でスピンを傾け、歳差が出す信号を受ける。
(3) ∣γe∣=2.0023×9.274×10−24/(1.0546×10−34)=1.761×1011s−1T−1 で、f=28.0GHz。陽子より約 660 倍速い。主な理由は、磁気モーメントの単位が質量に反比例し、Bohr 磁子と核磁子の比が陽子と電子の質量比 1836 になることで、g 因子の違い(電子 2.00、陽子 5.59)の分だけ比が 658 に下がる。電子は電荷が負なので γe<0 で、回る向きは陽子と逆になる。
ビリアル定理
保存しない量からも、定常状態について厳密な関係が出る。相空間の伸び縮み δq=ϵq, δp=−ϵp の生成子は G=qp である(第1部第9章の δq=ϵ∂p∂G, δp=−ϵ∂q∂G)。量子力学では q^p^ と p^q^ が定数 iℏ だけ違うので、どちらで書いても時間微分は同じになる。式 (4.3.6) から
dtd(q^p^)H=iℏ1[q^p^,H^]H=(mp^2−q^V′(q^))H(4.3.18)
である。エネルギー固有状態 ∣E⟩ では、どの演算子 A^ についても ⟨E∣A^H(t)∣E⟩=⟨E∣A^∣E⟩ が時刻によらない(U^∣E⟩=e−iEt/ℏ∣E⟩ の位相が打ち消し合う)ので、左辺の期待値は 0 である。運動エネルギーを T^=p^2/(2m) と書くと
2⟨T^⟩E=⟨q^V′(q^)⟩E(4.3.19)
を得る。これがビリアル定理の量子版である。古典では同じ関係が、有界な運動の長時間平均について成り立つ(qp の時間微分の時間平均が 0 になる)。量子の定常状態では時間平均をとる必要がなく、固有状態の期待値そのものについて等式になる。3次元では q^p^ を r^⋅p^ に替えて同じ計算ができ、2⟨T^⟩=⟨r^⋅∇V⟩ となる。Coulomb ポテンシャル V∝−1/r では 2⟨T^⟩=−⟨V⟩ で、水素原子の束縛状態では E=−⟨T^⟩ である。
例題 4.3.6 線形ポテンシャルのビリアル定理 ★
オリジナルV(q)=F∣q∣(F>0)の束縛状態 ∣E⟩ を考える。長さの目盛りを l=(ℏ2/(2mF))1/3、エネルギーの目盛りを Fl=(ℏ2F2/(2m))1/3 とする。
- (1) 式 (4.3.19) から 2⟨T^⟩E=⟨V⟩E を示し、⟨T^⟩E と ⟨V⟩E を E の割合で表せ。
- (2) q>0 の解は Airy 関数を使って ψ(q)∝Ai((q−E/F)/l) と書ける。偶の状態と奇の状態の条件から、基底状態と第1励起状態のエネルギーを Airy 関数の零点で表せ。Ai の最初の零点は −2.338、Ai′ の最初の零点は −1.019 である。
- (3) ℏ=m=F=1 のとき、基底状態と第1励起状態の E, ⟨T^⟩, ⟨V⟩ を求めよ。
解答
(1) q=0 では V′(q)=Fsgnq なので qV′(q)=F∣q∣=V。式 (4.3.19) から 2⟨T^⟩E=⟨V⟩E で、E=⟨T^⟩+⟨V⟩=3⟨T^⟩ から⟨T^⟩E=E/3, ⟨V⟩E=2E/3。調和振動子の等分(⟨T^⟩=⟨V⟩=E/2)と比べて、ポテンシャルが緩やかに増える分だけ ⟨V⟩ の割合が大きい。
(2) q>0 の Schrödinger 方程式 −2mℏ2ψ′′+Fqψ=Eψ は、z=(q−E/F)/l とおくと ψ′′(z)=zψ になり、q→∞ で減衰する解は Ai(z) である。V は偶関数なので固有状態は偶か奇で、偶の状態は ψ′(0)=0、奇の状態は ψ(0)=0 を満たす。q=0 は z=−E/(Fl) にあたるので、偶の状態は Ai′(−E/(Fl))=0、奇の状態は Ai(−E/(Fl))=0 で決まる。最も低いのは Ai′ の最初の零点から出る偶の状態で、
E0=1.019Fl,E1=2.338Fl
が基底状態と第1励起状態(奇)である。Ai の零点 2.338 は、q=0 に壁がある片側だけの線形ポテンシャル(床で跳ねる粒子)の基底状態にもなる。
(3) Fl=2−1/3=0.7937 なので、基底状態は E0=0.809、⟨T^⟩=0.270、⟨V⟩=0.539。第1励起状態は E1=1.856、⟨T^⟩=0.619、⟨V⟩=1.237。固有関数を積分しなくても、エネルギーの内訳はビリアル定理だけで決まる。
ほかの巻では
- 光学と量子エレクトロニクス 第19章:スピンの歳差と同じ式で2準位原子の Bloch ベクトルが回り、緩和 T1・T2 を足した光 Bloch 方程式になる
1 F. Bloch (1946), Phys. Rev. 70, 460.
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com