解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第5章 §4.5.1 ★★★ 波動関数を回す演算子を作り、その生成子が L^=r^×p^ であることを確かめる。「回転で変わらない H^」をこの演算子で定義する
古典力学では、Lagrangian が回転で変わらなければ角運動量が保存する(第1部第10章)。そのとき角運動量は回転の生成子で、角運動量で相空間を動かすと回転が再現される(第1部第9章・第1部第11章)。この章では同じ組み立てを量子力学で行う。選ぶものは回転で変わらない Hamiltonian H^ で、当てる道具は Noether の定理の量子版、つまり「生成子 G^ が H^ と可換なら G^ は保存し、逆も成り立つ」という命題である。
量子力学に移ると、古典力学には無かったものが2つ出てくる。1つ目は固有値の離散性である。角運動量の3成分の交換関係[L^x,L^y]=iℏL^z は、第1部第11章の Poisson 括弧 {Lx,Ly}=Lz を写しただけのものだが、この関係だけからL^2 の固有値が l(l+1)ℏ2 に、L^z の固有値が mℏ(m=−l,…,l)に決まり、さらに半整数の値(スピン)も許されることが分かる。2つ目はエネルギー準位の縮退である。H^ と可換な演算子の組は、同じエネルギーの状態どうしを移り合うので、対称性が大きいほど縮退が大きい。中心力では 2l+1 重、水素原子では Runge–Lenz ベクトルという隠れた保存量のために n2 重になる。
章の後半では、回転の一部しか残らない場合として磁場中のスピンを扱う。スピンの期待値は古典の角運動量と同じ歳差運動の方程式に従い、回転する磁場で共鳴させると向きを反転できる。これが磁気共鳴(NMR・ESR・MRI)の原理である。最後に、角運動量を微分演算子と球面調和関数で導入する授業の書き方と、この章の書き方を並べる。
この章では、粒子の質量を M と書き、m は L^z や J^z の固有値の番号(磁気量子数)に取っておく。空間の向きを表す極座標は (r,θ,φ) で、φ が方位角である。
波動関数を回す
空間の回転 R(3×3 の直交行列で行列式 1)を1つ決める。1粒子の波動関数 ψ(r) を R で回した波動関数を
(U^(R)ψ)(r):=ψ(R−1r)(4.5.1)
で定める。右辺で R−1 を使う理由は、波動関数の山の位置を考えると分かる。元の ψ が点 r0 で最大なら、ψ(R−1r) は R−1r=r0、つまり r=Rr0 で最大になる。山が R で回った先に移るので、これが「波動関数を R で回す」ことになる。同じ理由で、位置の期待値は ∫r∣ψ(R−1r)∣2d3r=R⟨r⟩ と回る(積分の変数を r′=R−1r に替え、回転で体積が変わらないことを使う)。U^(R) は確率の合計を変えないのでユニタリ演算子である。
z 軸のまわりに小さい角 ϵ だけ反時計回りに回す場合を計算する。R−1 は逆回りの回転なので、ϵ2 の項を落としてR−1(x,y,z)=(x+ϵy, y−ϵx, z) である。Taylor 展開すると
ψ(x+ϵy,y−ϵx,z)=ψ−ϵ(x∂y∂ψ−y∂x∂ψ)+O(ϵ2)=(1−ℏiϵL^z)ψ+O(ϵ2),L^z:=−iℏ(x∂y∂−y∂x∂)=x^p^y−y^p^x(4.5.2)
となる。最後の等号は運動量の位置表示 p^j=−iℏ∂/∂xj を使った。第1部第9章では、量子力学の無限小変換を U^(ϵ)=1−iϵG^/ℏ と書き、G^ を変換の生成子と呼んだ。式 (4.5.2) は、z 軸のまわりの回転の生成子が L^z=x^p^y−y^p^x であることを示している。古典の回転の生成子 Lz=xpy−ypx(第1部第9章)の x,py を演算子に替えた形で、x^ と p^y は可換なので積の順序の問題は起きない。
軸を単位ベクトル n に替えても計算は同じで、無限小の回転は 1−iϵn⋅L^/ℏ、生成子は
L^=r^×p^,L^x=y^p^z−z^p^y,L^y=z^p^x−x^p^z,L^z=x^p^y−y^p^x(4.5.3)
である。有限の角 α の回転は、無限小の回転を N 回重ねて N→∞ とした
U^(α,n)=N→∞lim(1−Nℏiαn⋅L^)N=exp(−ℏiαn⋅L^)(4.5.4)
になる(第1部第9章の指数関数の作り方と同じ)。極座標では x∂y−y∂x=∂φ なので L^z=−iℏ∂φ で、exp(−iαL^z/ℏ)=exp(−α∂φ) は φ についての Taylor 展開そのものになり、exp(−iαL^z/ℏ)ψ(r,θ,φ)=ψ(r,θ,φ−α) となる。式 (4.5.1) の定義と一致している。
演算子も回る。状態を U^ で回したとき、演算子 A^ の期待値は ⟨ψ∣U^†A^U^∣ψ⟩ に変わるので、「回した後の A^」は U^†A^U^ である。無限小では第1部第9章の式どおり
U^†A^U^=A^+iℏϵ[A^,G^]+O(ϵ2)(4.5.5)
で、G^=L^z、A^=x^ とすると [x^,L^z]=−y^[x^,p^x]=−iℏy^ から δx^=−ϵy^ となる。古典の回転 δx=−ϵy, δy=+ϵx(記法の正本の向き)がそのまま再現される。
回転で変わらない H^
定義 4.5.1(回転で変わらない Hamiltonian)
Hamiltonian H^ が回転 R で変わらないとは、U^(R)†H^U^(R)=H^ が成り立つことをいう。すべての回転でこれが成り立つとき、H^ は回転対称であるという。ある軸 n のまわりの回転だけで成り立つときは、軸対称であるという。
この章で選ぶ H^ は、回転対称なものの代表として中心力の Hamiltonian
H^=2Mp^2+V(∣r^∣)(4.5.6)
と、回転の一部しか残らないものの代表として、軸対称な調和振動子(総合問題)と一様な磁場の中のスピン(4.5.5節)である。式 (4.5.6) が回転対称であることは、次のように分かる。U^†r^U^=Rr^ で、運動量も同じくU^†p^U^=Rp^ と回る(式 (4.5.5) で A^=p^x とすれば δp^x=−ϵp^y)。直交行列は長さを変えないので ∣Rp^∣2=p^2, ∣Rr^∣=∣r^∣ で、H^ は変わらない。多粒子でも、運動エネルギーと、粒子間の距離 ∣r^a−r^b∣ だけによるポテンシャルの和なら回転対称である。逆に、ポテンシャルが x2 と y2 で係数の違う異方的な振動子や、一様な電場の中の電子は回転対称でない。一様な電場 E∥ez の中ではz 軸のまわりの回転だけが残り、軸対称になる。どの回転が残るかで、次節の定理により保存する量が決まる。
例題 4.5.1 x2−y2 を回す ★★
オリジナルψ(r)=(x2−y2)e−r2/(2b2) を z 軸のまわりに角 α だけ回す。e−r2/(2b2) は回転で変わらないので、多項式の部分 x2−y2 だけを考えればよい。
- (1) 定義 (4.5.1) から、回した後の多項式を α の関数として求めよ。
- (2) L^z(x2−y2) を計算し、exp(−iαL^z/ℏ) を α の1次まで展開した結果が (1) の1次の項と一致することを確かめよ。
- (3) x2−y2 を L^z の固有関数の和に分け、(1) の結果を固有値から説明せよ。α=π/2 と α=π では何が起きるか。
解答
(1) R−1(x,y)=(xcosα+ysinα, −xsinα+ycosα) を代入すると
(xcosα+ysinα)2−(−xsinα+ycosα)2=(x2−y2)(cos2α−sin2α)+4xysinαcosα=(x2−y2)cos2α+2xysin2α.
(2) L^z(x2−y2)=−iℏ(x⋅(−2y)−y⋅2x)=4iℏxy である。1次までの展開は
(1−ℏiαL^z)(x2−y2)=x2−y2−ℏiα⋅4iℏxy=x2−y2+4αxy
で、(1) を展開した (x2−y2)(1−2α2+⋯)+2xy(2α+⋯) の1次の項 4αxy と一致する。高い次数まで比べても一致する(scripts/verify_ch4-05.py で α13 まで確かめた)。
(3) x+iy=rsinθeiφ なので、L^z=−iℏ∂φ を当てると L^z(x±iy)2=±2ℏ(x±iy)2 である。x2−y2=21[(x+iy)2+(x−iy)2] と分けると、固有値 ±2ℏ の成分には exp(−iαL^z/ℏ) が e∓2iα を掛けるだけなので
exp(−ℏiαL^z)(x2−y2)=21[(x+iy)2e−2iα+(x−iy)2e2iα]=Re[(x+iy)2e−2iα]
となり、実部を計算すると (1) に戻る。α=π/2 では e∓iπ=−1 が両方の成分に掛かるので、関数全体の符号が反転する(x2−y2→y2−x2)。α=π では e∓2iπ=1 で元に戻る。m=±2 の成分だけでできた関数は、半回転で元に戻る。回転に対する振る舞いが L^z の固有値で決まることが、この例の要点である。
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