解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第5章 §4.5.5 ★★ j=21 の角運動量(スピン)は磁場の中で古典の角運動量と同じ式で歳差運動する。回転する座標に移ると時刻によらない問題になり、共鳴の式(Rabi の式)が出る
スピンと全角運動量
定理 4.5.4 の最も小さい半整数の場合 j=21 を行列で書くと、∣↑⟩=∣21,21⟩, ∣↓⟩=∣21,−21⟩ の基底で
S^=2ℏσ,σx=(0110),σy=(0i−i0),σz=(100−1)(4.5.20)
となる(式 (4.5.11) で S^+∣↓⟩=ℏ∣↑⟩ から作る)。電子・陽子・中性子はこの自由度を持ち、スピンと呼ぶ。スピンを持つ粒子の状態は、位置の波動関数と2成分のスピンの組 ψσ(r)(σ=↑,↓)である。
このような状態を回すには、位置の部分を回すだけでは足りず、スピンの向きも一緒に回さなければならない。回転の生成子は2つの和
J^=L^+S^(4.5.21)
になる(L^ は位置に、S^ はスピンの添字に作用し、互いに可換なので和も式 (4.5.8) の交換関係を満たす)。定理 4.5.2 を当てると、孤立した系の H^ は全体の回転で変わらないので、保存するのは J^ である。L^ と S^ が別々に保存するのは、位置だけを回しても、スピンだけを回しても H^ が変わらない場合に限る。原子の中の電子では、スピン軌道相互作用 ξ(r)L^⋅S^ がこれを破る。L^⋅S^ は位置とスピンを同時に回したときだけ変わらない量で、J^ とは可換だが、L^ や S^ とは可換でない。どの変換で H^ が変わらないかによって、どの量が保存するかが決まる、という Noether の定理の内容がここでもそのまま現れている。
磁場の中の歳差運動
スピンは磁気モーメント μ^=γS^ を伴い、一様な磁場 B の中で H^=−μ^⋅B=−γB⋅S^ のエネルギーを持つ。γ は磁気回転比で、粒子ごとに決まる定数である。この H^ の Heisenberg 方程式は第4部第3章で解いてあり、式 (4.3.16)・(4.3.17) の
dtdS^=γS^×B(4.5.22)
だった。右辺が S^ について1次なので、期待値 ⟨S^⟩ も同じ方程式に正確に従う。
同じ式は古典の括弧だけからも出る。磁気モーメント γL を持つ角運動量 L の Hamiltonian は H=−γB⋅L で、H が L だけの関数なので、L の運動方程式は第1部第11章の括弧 {Li,Lj}=∑kϵijkLk だけで閉じる。位置と運動量に戻らずに、L の3成分を座標とみなしてこの括弧で時間発展を書く形を Lie–Poisson 括弧の形と呼ぶ。計算すると
dtdLi={Li,H}=−γj∑Bj{Li,Lj}=−γj,k∑ϵijkBjLk=γ(L×B)i
となる。式 (4.5.22) と同じ形で、どちらも「角運動量の時間変化はトルク μ×B」の式である。古典と量子で式が一致するのは、交換関係 (4.5.8) が括弧 {Li,Lj} を iℏ 倍しただけのもので、H^ が S^ について1次なので並べ方の問題も起きないからである。スピン 21 は r^×p^ で書けないが、運動方程式を決めるのは括弧の代数だけなので、L と同じ式に従う。
式 (4.5.22) は dtdS^=(−γB)×S^ とも書けるので、スピンは角速度ベクトル −γB で磁場のまわりを回る(Larmor 歳差)。角周波数の大きさは ω0=∣γ∣B である。周波数の典型値(陽子は 1.5T で約 64MHz、電子は 1T で約 28GHz)は第4部第3章の例題 4.3.5 で求めた。前者は NMR・MRI、後者は ESR(電子スピン共鳴)で使う周波数の桁である。
回転する磁場と共鳴
z 向きの強い磁場 B0 に、xy 面内で角周波数 ω で回る弱い磁場 B1 を加える。回る向きは歳差と同じ向き(γ>0 なら上から見て時計回り)にとって、
H^(t)=−γB0S^z−γB1(cosωtS^x−sinωtS^y)(4.5.23)
とする。時刻に依存するが、cosωtS^x−sinωtS^y=V^(t)S^xV^(t)†, V^(t):=eiωtS^z/ℏ と書ける(V^ は z 軸のまわりの角 −ωt の回転で、式 (4.5.5) を有限の角まで積み上げたもの)。そこで状態を ∣ψ(t)⟩=V^(t)∣ϕ(t)⟩ と書き、回転する座標での状態 ∣ϕ⟩ の方程式を作ると、iℏdtd∣ψ⟩=H^∣ψ⟩ から
iℏdtd∣ϕ⟩=(V^†H^V^−iℏV^†V^˙)∣ϕ⟩=(ΔS^z−ω1S^x)∣ϕ⟩,ω0=γB0,ω1=γB1,Δ=ω−ω0(4.5.24)
となる。−iℏV^†V^˙=ωS^z は、回転する座標に移ったことで加わる項で、回転の生成子 S^z に回転の角速度を掛けた形をしている。古典力学で回転座標に移ると遠心力・Coriolis 力が加わるのと同じ種類の項で、z 向きの磁場が実質的に B0−ω/γ に減ったように見える。
回転する座標の Hamiltonian ΔS^z−ω1S^x=2ℏ(Δσz−ω1σx) は時刻によらない 2×2 行列で、固有値は ±2ℏΩ′、Ω′:=ω12+Δ2 である。はじめ ∣↑⟩ にあった状態が時刻 t に ∣↓⟩ にある確率は、2×2 行列の指数関数を計算して
P↑→↓(t)=ω12+Δ2ω12sin22Ω′t(4.5.25)
になる(V^ は S^z の固有状態に位相を掛けるだけなので、実験室の座標でも同じ確率)。これを Rabi の式と呼ぶ1I. I. Rabi (1937), Physical Review 51, 652. 回転する磁場の中のスピンの遷移確率を求め、分子線の磁気共鳴の方法の基礎にした。。共鳴 Δ=0 では、時間 π/ω1(π パルス)でスピンが完全に反転する。共鳴からずれると反転の最大値が ω12/(ω12+Δ2) に下がるので、反転が起きる周波数を探せば ω0=γB0、すなわち磁場の強さか磁気回転比を測ることができる。光の巻ではこの式を2準位原子と光に当てる(光学と量子エレクトロニクス 第19章)。そこでの Rabi 周波数 Ω と離調 Δ が、ここでの ω1 と Δ に対応する。
実際の装置では、回転する磁場の代わりに、コイルで x 向きに振動する磁場 2B1cosωt を加えることが多い。これは同じ大きさで逆向きに回る2つの磁場B1(cosωt,−sinωt) と B1(cosωt,sinωt) の和である。回転する座標では、前者は止まって見え、後者は角周波数 2ω で回って見える。後者を捨てると式 (4.5.24) に戻る。これを回転波近似と呼ぶ。捨てた項は角周波数 2ω≈2ω0 で速く振動するので、ω1≪ω0 なら時間平均すると小さい。図 4.5.3 は ω1/ω0=0.1 で厳密な数値解と比べたもので、ずれは 0.03 程度で、速い小さな振動と、共鳴の位置の (ω1/ω0)2 程度のずれ(Bloch–Siegert のずれ2F. Bloch and A. Siegert (1940), Physical Review 57, 522.)として現れる。ω1/ω0=0.02 ではずれは 0.005 に下がる。

図 4.5.3 振動する磁場 2B1cosωt(共鳴 ω=ω0、ω1/ω0=0.1)でのスピンの反転確率。回転波近似(実線)は π/ω1 で完全に反転する。厳密な解(点線、Schrödinger 方程式の数値積分。scripts/verify_ch4-05.py)は、逆回りの成分による速い小さな振動を伴い、ずれは最大 0.026
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ω1/ω0→0(振動磁場の強さを歳差の角周波数で測った比。∣Δ∣/ω0 も小さくとる) | 証明 条件付き(逆回りの成分を時間平均で捨てる平均化の近似で、誤差 O(ω1/ω0) が保証されるのは時間 O(1/ω1) まで) | 行き先 近似の数理 第7章
例題 4.5.5 陽子の π パルスと、共鳴からずれたときの反転 ★★
オリジナル水の中の陽子を B0=1.5T の磁場に置き、振幅 B1=10μT の回転磁場を加える。
- (1) 共鳴の周波数 ω0/(2π) と、スピンを反転させる π パルスの長さを求めよ。
- (2) 磁場の周波数を共鳴から Δ=ω1 だけずらすと、反転の確率の最大値はいくらか。そのときの最初の最大はいつ来るか。
- (3) 磁場の周波数を固定して B0 のほうを変えて共鳴を探すとき、反転の確率が最大値の半分以上になる B0 の幅を求めよ。
解答
(1) ω0/(2π)=42.58MHzT−1×1.5T=63.87MHz。ω1=γpB1=2.675×108×10−5=2675s−1 で、π パルスの長さは π/ω1=1.17ms。ω1/ω0=2675/(4.013×108)=6.7×10−6 と非常に小さいので、振動磁場を使っても回転波近似の誤差は無視することができる。
(2) 式 (4.5.25) で Δ=ω1 なら ω12/(ω12+Δ2)=21 で、最大値は 1/2。Ω′=2ω1 なので、最初の最大はΩ′t=π、t=π/(2ω1)=0.83ms に来る。
(3) 最大値 ω12/(ω12+Δ2) が 1/2 以上になるのは ∣Δ∣≤ω1 のときである。Δ=ω−γB0 なので、B0 の幅は2ω1/γp=2B1=20μT で、1.5T に対する割合は 1.3×10−5 である。B1 を弱くするほど共鳴の幅が狭くなり、B0 を精密に測れる(その代わり π パルスは長くなる)。
例題 4.5.6 スピン軌道相互作用で保存する量 ★★
オリジナルl=1 の軌道とスピン 21 を持つ電子の6つの状態を考え、H^′=ξL^⋅S^(ξ は定数)とする。
- (1) [L^⋅S^,L^z] と [L^⋅S^,S^z] を求め、J^z=L^z+S^z は保存するが L^z と S^z は保存しないことを示せ。
- (2) L^⋅S^=21(J^2−L^2−S^2) を使って H^′ の固有値と縮退の数を求めよ。J^2 のとる値は j=23,21 とする。
解答
(1) S^ と L^ は可換なので、[L^⋅S^,L^z]=∑i[L^i,L^z]S^i=−iℏL^yS^x+iℏL^xS^y=iℏ(L^xS^y−L^yS^x)。同じ計算で [L^⋅S^,S^z]=iℏ(L^yS^x−L^xS^y) となり、和は 0。L^⋅S^ は2つのベクトル演算子の内積なので、両方を同時に回す J^ についてはスカラーで、片方だけを回す L^ や S^ についてはスカラーでない。定理 4.5.2 から、保存するのは J^z だけである。
(2) L^2=2ℏ2, S^2=43ℏ2 なので、j=23 では 21(415−2−43)ℏ2=21ℏ2、j=21 では 21(43−2−43)ℏ2=−ℏ2。固有値は 21ξℏ2(2j+1=4 重)と −ξℏ2(2重)で、合計 6 個の状態と合う。6×6 の行列を数値で対角化しても同じ値になる(scripts/verify_ch4-05.py)。6重の縮退が 4+2 に分かれ、それぞれの準位の縮退は J^ の 2j+1 重として残る。
1 I. I. Rabi (1937), Physical Review 51, 652. 回転する磁場の中のスピンの遷移確率を求め、分子線の磁気共鳴の方法の基礎にした。
2 F. Bloch and A. Siegert (1940), Physical Review 57, 522.
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com