光学と量子エレクトロニクス 第19章 §19.1 ★★★ 場は古典的な単色波1つ、物質は2準位原子、そこに自然放出と衝突をもたらす環境を加える。環境を入れると状態は純粋でなくなるので、密度行列とそれを表す Bloch ベクトルを使う
第18章(第18章)では、2準位原子と単色のレーザー光の結合に双極子近似と回転波近似を当て、レーザーの周波数で回る座標の上で時間に依らない Hamiltonian
H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx,Δ=ωL−ω0,Ω=ℏdeg⋅E0
を得た。この章はこの Hamiltonian から出発する。
この Hamiltonian の下で状態ベクトルがどう動くかは、2行2列の行列の指数関数を計算すれば分かる。しかし実際の原子は、自然放出で光を出して下の準位へ落ち、衝突で位相を乱される。こうした過程は状態ベクトルの Schrödinger 方程式では書けず、密度行列が要る。2準位系の密度行列は3つの実数で決まり、その3つを並べたベクトル(Bloch ベクトル)は、光の下では回転し、緩和の下では縮む。回転の方程式は磁場中のスピンの歳差と同じ式で、縮み方は縦の緩和時間 T1 と横の緩和時間 T2 の2つで書ける。この2つを合わせたものが光 Bloch 方程式である。
19.1節で、取り出すモード・物質のモデル・結合と環境を選び、密度行列と Bloch ベクトルを定義する。19.2節で、光による回転と緩和を合わせた光 Bloch 方程式を導く。19.3節と19.4節が「出てくるもの」で、前者は時間変化(Rabi 振動・パルスの面積・減衰・エコー)、後者は定常状態(飽和・パワー広がり・弱い光での Lorentz 振動子との一致・3準位の電磁誘起透明化)を扱う。19.5節で置いた近似と実験で確かめる量を述べ、19.6節で学部の量子力学と磁気共鳴で習う形と並べ、19.7節でまとめる。
モード・物質・結合の3つの選び方
場のモードとして、原子の位置で E(t)=Re[E0e−iωLt] と振動する単色のレーザー光を1つだけ取り出し、古典的な場として扱う。光子の数を数えず、振幅 E0 が決まった値を持つとする扱いで、半古典論と呼ぶ。レーザー光は平均の光子数が非常に大きいコヒーレント状態にあり(第31章、第31章)、その光子数の揺らぎが平均に比べて小さいことが、この扱いの根拠になる。どこまでこれが正しいかは 19.5節で札にする。
物質のモデルは、基底状態 ∣g⟩ と励起状態 ∣e⟩ だけを持つ2準位原子で、遷移角周波数を ω0 と書く。記法の正本に従い、σz∣e⟩=+∣e⟩、σ+=∣e⟩⟨g∣、σ−=∣g⟩⟨e∣ とする。結合は双極子相互作用 H^int=−d^⋅E で、第18章の回転波近似の後、レーザーの周波数で回る座標(回転座標)では冒頭の Hamiltonian になる。E0 の位相を選んで Ω を実数にしてある。
ここまでは第18章と同じである。この章で新しく加えるのは、原子を取り巻く環境である。原子は、レーザーのモード以外の無数の真空のモードとも結合していて、そのモードへ光子を出して ∣e⟩ から ∣g⟩ へ落ちる(自然放出)。気体の中では、他の原子との衝突で ∣e⟩ と ∣g⟩ の重ね合わせの相対位相が乱される。これらのモードや衝突の相手は観測せず、原子だけを見る。観測しない自由度と結合した系の状態は、一般に1本の状態ベクトルで書けなくなる。
密度行列と Bloch ベクトル
状態ベクトルで書けない状態は、密度行列 ρ^ で表す。∣e⟩,∣g⟩ の基底で
ρ^=(ρeeρgeρegρgg),ρee+ρgg=1,ρge=ρeg∗(19.1)
で、ρee が励起状態の占有確率、ρeg=⟨e∣ρ^∣g⟩ が2つの準位の間のコヒーレンスである。エルミートで跡が 1 の2行2列の行列は、単位行列と3つの Pauli 行列で展開でき、
ρ^=21(1+uσx+vσy+wσz),u=⟨σx⟩=2Reρeg,v=⟨σy⟩=−2Imρeg,w=⟨σz⟩=ρee−ρgg(19.2)
と書ける。3つの実数を並べた R=(u,v,w) を Bloch ベクトルと呼ぶ。w は占有の差(w=−1 が基底状態、w=+1 が完全な反転)で、u と v がコヒーレンスの実部と虚部である。⟨σ+⟩=ρge=(u+iv)/2 の関係も後で使う。
ρ^ の固有値が負にならない条件は ∣R∣≤1 で、純度は
Trρ^2=21+∣R∣2(19.3)
になる。∣R∣=1(球面上)が純粋状態、∣R∣<1(球の内部)が混合状態で、中心 R=0 は2つの準位を半分ずつ占める完全な混合状態である。純粋状態 ∣ψ⟩=cos(θ/2)∣e⟩+eiϕsin(θ/2)∣g⟩ の Bloch ベクトルは (sinθcosϕ,sinθsinϕ,cosθ) で、θ と ϕ がそのまま球の極座標になる。北極が ∣e⟩、南極が ∣g⟩ である。この半径1の球が Bloch 球で、第15章(第15章)の偏光の Poincaré 球と同じ構成(2成分の複素ベクトルを Pauli 行列で3次元の単位ベクトルへ写す)でできている。
例題 19.1 位相のそろわない原子の集まり ★★
オリジナル多数の原子が、それぞれ ∣ψϕ⟩=cos(π/6)∣e⟩+eiϕsin(π/6)∣g⟩ の状態にある。θ=π/3 は全員に共通だが、相対位相 ϕ は原子ごとに 0 から 2π まで一様にばらばらである。
- (1) 1つの原子の Bloch ベクトルと、励起状態の占有確率を求めよ。
- (2) 集まり全体を表す密度行列 ρ^=∫02π∣ψϕ⟩⟨ψϕ∣dϕ/(2π) の Bloch ベクトルと純度を求めよ。
- (3) 原子1個あたりの双極子の期待値は、(1) の1つの原子と (2) の集まりでどう違うか。
解答
(1) R=(sin3πcosϕ, sin3πsinϕ, cos3π)=(23cosϕ, 23sinϕ, 21) で、長さは 1。ρee=cos2(π/6)=3/4。
(2) ρee=3/4、ρgg=1/4 は ϕ に依らないので平均しても変わらない。コヒーレンス ρeg=cos6πsin6πe−iϕ は ϕ について平均すると 0 になる。したがって R=(0,0,1/2) で、式 (19.3) から純度は (1+1/4)/2=5/8。∣R∣=1/2<1 なので混合状態である。
(3) 双極子の演算子は d^=deg(σ++σ−)(deg を実に選ぶ)なので、期待値は deg⟨σx⟩=degu である。1つの原子では u=23cosϕ で、双極子は 0 でない。集まりでは各原子の双極子の向き(位相)がばらばらで打ち消し合い、平均は 0 になる。占有確率は同じ 3/4 でも、媒質の分極(光を出したり吸ったりする量)は u,v だけで決まるので、2つの状態は光に対してまったく違う応答をする。密度行列の対角成分だけを追うレート方程式(第21章)では、この違いが見えない。
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