光学と量子エレクトロニクス 第31章 §31.1 ★★★ 1つのモードの場は2つの直交位相 X^1,X^2 で書け、[X^1,X^2]=i/2 から揺らぎの積は 1/16 以上。真空はどの向きにも分散 1/4 の円で、場の揺らぎの大きさは1光子あたりの場 Eph
第30章(第30章)で、光の1つのモードが1つの調和振動子であり、その振動子を量子化すると光子が数えられることと、光子が1個も無い真空でも場が揺らいでいることを確かめた。この章では、その1つのモードがとれる状態のうち、光の実験で最もよく使う2つを調べる。1つはレーザー光の量子状態とされるコヒーレント状態、もう1つは真空より揺らぎの小さい成分を持つスクイーズド状態である。
場の振動を cosωt の成分と sinωt の成分に分けると、量子化したモードではこの2つの成分(直交位相と呼ぶ)が交換しない演算子になり、両方の揺らぎを同時に小さくすることはできない。2つの揺らぎの積の下限をちょうど満たし、しかも2つの揺らぎが等しい状態がコヒーレント状態で、その揺らぎは真空と同じである。積の下限を満たしたまま一方の揺らぎを真空より小さくし、その分だけもう一方を大きくした状態がスクイーズド状態である。コヒーレント状態は古典の電流で場を揺すると現れ、光子数の分布は Poisson 分布になる。スクイーズド状態は、2倍の周波数のポンプ光で振動子のばね定数を揺らす過程(第17章の縮退したパラメトリック過程)で現れ、光子は2個ずつ対で作られる。
この2つの状態の違いは、光で長さや位相を測るときの精度の違いとして表に出る。コヒーレント状態の光で干渉計を動かすと、位相の誤差は光子数 N に対して 1/N で減る(標準量子限界)。干渉計の使っていない入口にスクイーズド真空を入れると、同じ光子数で誤差を e−r 倍に下げることができる。重力波の検出器は、この方法で量子雑音を下げている。
31.1節でモードと直交位相を取り出し、真空の揺らぎを位相平面の円として描く。31.2節で、場を動かす2つの道具(変位演算子とスクイーズ演算子)を、それを作る相互作用とともに導入する。31.3節と31.4節が「出てくるもの」で、コヒーレント状態とスクイーズド状態の性質を順に出す。31.5節で置いた近似と、損失・ホモダイン検出という実験の量を述べ、31.6節で量子力学の調和振動子と量子エレクトロニクスのショット雑音の授業の式と並べる。31.7節でまとめ、干渉計の総合問題を解く。
モード・物質・結合の3つの選び方
場は、体積 V の箱の中で量子化した1つのモード(角周波数 ω、偏光 e)だけを取り出す。第30章の結果から、このモードの Hamiltonian と、位置 r=0 での電場の演算子は
H^=ℏω(a^†a^+21),E^(t)=iEphe(a^e−iωt−a^†eiωt),Eph=2ε0Vℏω(31.1)
である(記法の正本の量子化した場の、1つのモードの項。時間依存は Heisenberg 描像の a^(t)=a^e−iωt から出る)。箱の平面波のモードでは、第30章のモードの体積 Vm(式 (30.9))が箱の体積 V に等しい。Eph は「光子1個ぶんの場」の大きさの目安で、以後の揺らぎの単位になる。
物質は、この章の大部分では登場しない。場の状態を作る装置として、古典の電流(アンテナ)と、2次の非線形感受率 χ(2) を持つ結晶(第17章、第17章)だけを使い、どちらも古典の外場として扱う。結合は、外場がモードの演算子の1次の式で入るか2次の式で入るかの2通りである。1次で入るとコヒーレント状態、2次で入るとスクイーズド状態になる。これを31.2節で示す。
直交位相
a^ はエルミートでないので、そのままでは観測量にならない。実部と虚部に当たるエルミートな組み合わせ
X^θ=21(a^e−iθ+a^†eiθ),X^1=X^0=2a^+a^†,X^2=X^π/2=2ia^−a^†(31.2)
を直交位相(quadrature)と呼ぶ。a^=X^1+iX^2 である。第1章の正準変数で書けば a^=(ωq^+ip^)/2ℏω なので X^1=ω/(2ℏ)q^、X^2=p^/2ℏω で、2つの直交位相は振動子の位置と運動量を無次元にしたものである。[a^,a^†]=1 から
[X^1,X^2]=2i,ΔX1ΔX2≥41(31.3)
が従う。後ろの不等式は、交換子から出る Robertson の不等式 ΔAΔB≥21∣⟨[A^,B^]⟩∣ を当てたものである(ΔA=⟨A^2⟩−⟨A^⟩2)。
電場の演算子 (31.1) を直交位相で書き直すと
E^(t)=2Ephe(X^1sinωt−X^2cosωt)(31.4)
になる。古典の場 E0sin(ωt−ϕ) を sinωt と cosωt の成分に分けたときの2つの係数が、量子論では2つの直交位相の演算子に置き換わる。2つの係数の組は、振幅と位相を極座標とする平面(位相平面)の1点を表す。量子論ではその点が交換しない2つの量になり、式 (31.3) のために、点は少なくとも面積 π⋅21⋅21 の広がりを持つ。
時間発展は位相平面の回転である。a^(t)=a^e−iωt を式 (31.2) に入れると X^θ(t)=X^θ+ωt で、とくに X^1(t)=X^1cosωt+X^2sinωt である。このため実験では、同じ周波数で振動する基準の光(局部発振光)と比べて、決まった位相 θ の成分 X^θ を取り出す(31.5節のホモダイン検出)。回る座標で見れば、状態の広がりの図は止まって見える。
真空の揺らぎ
真空 ∣0⟩ では ⟨a^⟩=0、⟨a^a^†⟩=1、ほかの2次の期待値は 0 なので、どの向き θ についても
⟨X^θ⟩=0,(ΔXθ)2=41⟨a^a^†⟩=41(31.5)
である。真空は位相平面の原点にある、半径 21 の円で描ける(図 31.1)。式 (31.3) の下限 ΔX1ΔX2=41 をちょうど満たし、どの向きにも同じだけ揺らいでいる。X^θ を何度も測ると、結果は平均 0・分散 41 の Gauss 分布に従う(真空の波動関数が X^1 の表示で Gauss 関数であることによる。31.6節)。図の円や楕円は、この Gauss 分布の標準偏差を向きごとに描いた等高線で、楕円を向き θ の直線に射影した幅の半分が ΔXθ になる。
場の揺らぎに直すと、式 (31.4) から (ΔE)2=4Eph2[sin2ωt(ΔX1)2+cos2ωt(ΔX2)2]=Eph2 で(真空では X^1 と X^2 の対称化した相関が 0)、真空の場は時刻によらず大きさ Eph で揺らいでいる。これが第30章の零点エネルギー 21ℏω を場の言葉で言い直したもので、時間平均の電場のエネルギー 21ε0⟨E^2⟩V に磁場の同じ量を足すと ε0Eph2V=21ℏω になる。

図 31.1 1つのモードの状態を位相平面の上の揺らぎの広がりとして描いた図。真空は原点の半径 21 の円、コヒーレント状態 ∣α⟩ は同じ円を (Reα,Imα) へ平行移動したもの、スクイーズド真空は面積を保ったまま一方の向きに縮め他方に伸ばした楕円である。時間がたつと図全体が原点のまわりに角速度 ω で回る。
例題 31.1 1光子あたりの場と、真空の揺らぎの大きさ ★★
オリジナル波長 λ=1064nm のモードを考える。
- (1) 量子化の体積が V=1cm3 のときと、V=λ3(波長の大きさの微小な共振器)のときの Eph を求めよ。
- (2) 古典の場の振幅 E0 のモードのエネルギーは 21ε0E02V(電場と磁場の時間平均の和)である。これが nℏω に等しいとき E0=2Ephn を示し、V=1cm3・n=106 の E0 を求めよ。
- (3) (2) の場に重なる真空の揺らぎ Eph と振幅 E0 の比を求め、光子数が多いほど場が古典に近く見える理由を述べよ。
解答
(1) ω=2πc/λ=1.770×1015s−1、ℏω=1.867×10−19J。V=10−6m3 では Eph=1.867×10−19/(2×8.854×10−12×10−6)=0.103V/m である。V=λ3=1.20×10−18m3 では体積が 1/(8.3×1011) なので Eph=9.36×104V/m と6桁大きくなる。体積の小さい共振器ほど光子1個の場が強く、第34章(第34章)の共振器 QED で原子と光子1個の結合を強くできるのはこのためである。
(2) 21ε0E02V=nℏω を解くと E0=2nℏω/(ε0V)=2nℏω/(2ε0V)=2Ephn。V=1cm3・n=106 では E0=2×0.1027×103=205V/m である。
(3) Eph/E0=1/(2n)=5×10−4。揺らぎの大きさは光子数によらず Eph のままで、振幅だけが n に比例して大きくなるので、光子数が多いほど相対的な揺らぎが小さくなる。31.3節で示すように、この比はコヒーレント状態の位相の揺らぎ 1/(2n) そのものである。
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