光学と量子エレクトロニクス 第15章 §15.1 ★★★ ばねの強さが向きで違う振動子からは、対称な実の感受率テンソルが出て、主軸の座標で対角になる。分子の大きさと波長の比の1次の項を足すと旋光性が出る
第10章(第10章 )から第14章までは、媒質を等方的とみなし、感受率 χ ( ω ) \chi(\omega) χ ( ω ) を1つの数として扱った。結晶や液晶や延伸したフィルムでは、電場の向きによって電子の束縛の強さが違うので、分極 P \bm{P} P は電場 E \bm{E} E と同じ向きを向かない。この章ではこれを感受率のテンソル χ i j \chi_{ij} χ ij で書く。
この章で取り出すモードは、決まった向きに進む単色の平面波である。平面波の電場は進む向きに垂直な2つの成分を持つので、場のモードは偏光の自由度を含めて2つある。物質のモデルは、ばねの強さが向きで違う Lorentz 振動子(第11章、第11章 )で、そこから対称な実のテンソル χ i j \chi_{ij} χ ij が出る。結合は電場の力 − e E -e\bm{E} − e E で、等方的な場合と同じである。異方性があると、決まった向きに進む波の中で、偏光を変えずに進める偏光が2つだけ選ばれ、その2つは違う屈折率を持つ。2つの偏光の位相が進むにつれてずれることが、複屈折・波長板・偏光の変換のすべての出発点になる。
15.1節で異方的な振動子から χ i j \chi_{ij} χ ij を作り、分子の大きさと波長の比について1次の項として旋光性を足す。15.2 節で、平面波の2つの固有モードを屈折率楕円体で求め、一軸性の結晶の常光線・異常光線と、エネルギーの流れが波数からずれる角(walk-off)を出す。15.3 節から15.5 節が「出てくるもの」で、2成分の複素ベクトル(Jones ベクトル)と波長板の行列、Stokes パラメータと Poincaré 球、偏光の閉じた道に付く Pancharatnam の位相を順に導く。Jones ベクトルは2準位系の状態ベクトルと同じ形をしていて、Poincaré 球は Bloch 球と同じ球になる(第1章で予告した巻の筋の1本、第1章 )。そのため Pancharatnam の位相は、解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第9章 の Berry 位相と同じ式で書ける。15.6 節で置いた近似と測る量と授業の形を述べ、15.7 節でまとめる。
異方的な Lorentz 振動子
第11章の Lorentz 振動子で、電子をつなぐばねの強さが向きによって違う場合を考える。電子の変位を x \bm{x} x とし、ポテンシャルエネルギーを 1 2 ∑ i j K i j x i x j \frac12\sum_{ij}K_{ij}x_ix_j 2 1 ∑ ij K ij x i x j と書く。K i j K_{ij} K ij はポテンシャルの2階微分なので対称な実の行列である。運動方程式は
m d 2 x i d t 2 + m γ d x i d t + ∑ j K i j x j = − e E i (15.1) m\frac{\mathrm{d}^2x_i}{\mathrm{d} t^2}+m\gamma\frac{\mathrm{d} x_i}{\mathrm{d} t}+\sum_jK_{ij}x_j=-eE_i\tag{15.1} m d t 2 d 2 x i + mγ d t d x i + j ∑ K ij x j = − e E i ( 15.1 )
で、複素振幅の流儀(e − i ω t \mathrm{e}^{-\mathrm{i}\omega t} e − i ω t )で解くと、x = − e ( K − m ω 2 − i m γ ω ) − 1 E \bm{x}=-e(K-m\omega^2-\mathrm{i} m\gamma\omega)^{-1}\bm{E} x = − e ( K − m ω 2 − i mγ ω ) − 1 E になる。単位体積あたり N N N 個の原子が局所場を無視できる程度に薄く並んでいれば、P = − N e x = ε 0 χ E \bm{P}=-Ne\bm{x}=\varepsilon_0\chi\bm{E} P = − N e x = ε 0 χ E から
χ i j ( ω ) = N e 2 ε 0 [ ( K − m ω 2 − i m γ ω ) − 1 ] i j (15.2) \chi_{ij}(\omega)=\frac{Ne^2}{\varepsilon_0}\bigl[(K-m\omega^2-\mathrm{i} m\gamma\omega)^{-1}\bigr]_{ij}\tag{15.2} χ ij ( ω ) = ε 0 N e 2 [ ( K − m ω 2 − i mγ ω ) − 1 ] ij ( 15.2 )
を得る。K K K は対称なので、その固有ベクトルを座標軸に取れば K K K は対角 d i a g ( m ω x 2 , m ω y 2 , m ω z 2 ) \mathrm{diag}(m\omega_x^2,m\omega_y^2,m\omega_z^2) diag ( m ω x 2 , m ω y 2 , m ω z 2 ) になり、χ i j \chi_{ij} χ ij も同じ座標で対角になる。この座標軸を主軸 と呼ぶ。主軸のそれぞれの向きに電場をかけたときだけ、分極は電場と同じ向きを向き、それぞれの感受率は第11章の等方的な式で共鳴の角周波数を ω x , ω y , ω z \omega_x,\omega_y,\omega_z ω x , ω y , ω z に替えたものになる。
損失が無く、磁場も無いときは対称な実のテンソル
振動子のモデルを離れても、同じ結論が2つの一般的な性質から出る。第10章で見たとおり、媒質が吸収する仕事率は ω ε 0 2 Im ∑ i j E i ∗ χ i j E j \frac{\omega\varepsilon_0}{2}\operatorname{Im}\sum_{ij}E_i^*\chi_{ij}E_j 2 ω ε 0 Im ∑ ij E i ∗ χ ij E j の形をしている。損失の無い周波数帯(共鳴から十分離れた透明な帯)で、どんな偏光の E \bm{E} E に対してもこれが 0 0 0 になるには、χ i j \chi_{ij} χ ij がエルミート行列 χ i j = χ j i ∗ \chi_{ij}=\chi_{ji}^* χ ij = χ j i ∗ でなければならない。一方、磁場が無く、媒質が時間反転について対称なら、応答の係数は Onsager の相反関係 χ i j = χ j i \chi_{ij}=\chi_{ji} χ ij = χ j i を満たす。エルミートで対称な行列は実の対称行列なので、主軸が必ず存在する。磁場をかけると相反関係が χ i j ( B ) = χ j i ( − B ) \chi_{ij}(\bm{B})=\chi_{ji}(-\bm{B}) χ ij ( B ) = χ j i ( − B ) に変わり、χ i j \chi_{ij} χ ij に純虚数の反対称な成分が入る。その場合の固有モードは円偏光になり、Faraday 効果になる。これは第16章(第16章 )で扱う。
主軸の3つの屈折率を n x = 1 + χ x x n_x=\sqrt{1+\chi_{xx}} n x = 1 + χ xx などと書く。3つが全部違う媒質を二軸性 、2つが等しい媒質を一軸性 という。一軸性では、残りの1つの向き(z z z 軸とする)を光学軸 と呼び、n x = n y = n o n_x=n_y=n_{\mathrm o} n x = n y = n o (常光線の屈折率)、n z = n e n_z=n_{\mathrm e} n z = n e (異常光線の屈折率)と書く。n e > n o n_{\mathrm e}>n_{\mathrm o} n e > n o を正の一軸性、n e < n o n_{\mathrm e}<n_{\mathrm o} n e < n o を負の一軸性という。光学軸のまわりに回転の対称性(3回・4回・6回の軸)を持つ結晶は一軸性になる。2階のテンソルは、3回以上の回転の対称性を持つ軸のまわりで等方的にならざるをえないからである。立方晶の結晶では3つの向きが同等なので、χ i j \chi_{ij} χ ij は等方的になる。
分子の大きさと波長の比の1次の項:旋光性
ここまでは、応答がその点の電場だけで決まる(局所的な)とした。第10章で述べたとおり、応答には分子の大きさ a a a の範囲の電場の変化も寄与し、平面波に対してはそれが波数 k \bm{k} k への依存性 χ i j ( ω , k ) \chi_{ij}(\omega,\bm{k}) χ ij ( ω , k ) になる。k a ≪ 1 ka\ll1 k a ≪ 1 なので k \bm{k} k について展開でき、0次が上の χ i j ( ω ) \chi_{ij}(\omega) χ ij ( ω ) である。等方的な媒質で1次の項が残るのは、鏡に映すと重ならない分子(キラルな分子)が一方の向きに偏って入っているときだけで、その形は
ε r , i j ( ω , k ) = ε r δ i j + i g ∑ l ϵ i j l k l k 0 , k 0 = ω c (15.3) \varepsilon_{\mathrm r,ij}(\omega,\bm{k})=\varepsilon_{\mathrm r}\delta_{ij}+\mathrm{i} g\sum_l\epsilon_{ijl}\frac{k_l}{k_0},\qquad k_0=\frac{\omega}{c}\tag{15.3} ε r , ij ( ω , k ) = ε r δ ij + i g l ∑ ϵ ij l k 0 k l , k 0 = c ω ( 15.3 )
に限られる。g g g は実数の無次元の係数(ジャイレーション)で、ϵ i j l \epsilon_{ijl} ϵ ij l は Levi-Civita の記号である。右辺の第2項はエルミートなので損失を生じず、等方的なテンソルは δ i j \delta_{ij} δ ij と ϵ i j l \epsilon_{ijl} ϵ ij l しか無いのでこの形になる。空間反転 k → − k \bm{k}\to-\bm{k} k → − k で第2項の符号が変わるので、鏡像の分子は逆符号の g g g を持つ。
z z z 向きに進む波(k = n k 0 e z \bm{k}=nk_0\bm{e}_z k = n k 0 e z )では ε r , x y = i g n \varepsilon_{\mathrm r,xy}=\mathrm{i} gn ε r , x y = i g n 、ε r , y x = − i g n \varepsilon_{\mathrm r,yx}=-\mathrm{i} gn ε r , y x = − i g n で、横の2×2 の部分は
( ε r i g n − i g n ε r ) \begin{pmatrix}\varepsilon_{\mathrm r}&\mathrm{i} gn\\-\mathrm{i} gn&\varepsilon_{\mathrm r}\end{pmatrix} ( ε r − i g n i g n ε r )
になる。この行列の固有ベクトルは ( 1 , i ) / 2 (1,\mathrm{i})/\sqrt2 ( 1 , i ) / 2 (固有値 ε r − g n \varepsilon_{\mathrm r}-gn ε r − g n )と ( 1 , − i ) / 2 (1,-\mathrm{i})/\sqrt2 ( 1 , − i ) / 2 (固有値 ε r + g n \varepsilon_{\mathrm r}+gn ε r + g n )で、どちらも円偏光である。横波の条件 n 2 = ( 固有値 ) n^2=(\text{固有値}) n 2 = ( 固有値 ) を g g g の1次まで解くと、屈折率は
n ± = n ˉ ∓ g 2 , n ˉ = ε r (15.4) n_\pm=\bar n\mp\frac g2,\qquad\bar n=\sqrt{\varepsilon_{\mathrm r}}\tag{15.4} n ± = n ˉ ∓ 2 g , n ˉ = ε r ( 15.4 )
になる(添字 ± \pm ± は ( 1 , ± i ) / 2 (1,\pm\mathrm{i})/\sqrt2 ( 1 , ± i ) / 2 の円偏光。どちら回りかは 15.3 節で決める)。x x x 向きの直線偏光は2つの円偏光の和なので、長さ L L L 進むと2つの円偏光の位相が ( n − − n + ) k 0 L = g k 0 L (n_--n_+)k_0L=gk_0L ( n − − n + ) k 0 L = g k 0 L だけずれ、その結果、直線偏光の向きが
ϕ r o t = π g L λ 0 (15.5) \phi_{\mathrm{rot}}=\frac{\pi gL}{\lambda_0}\tag{15.5} ϕ rot = λ 0 π g L ( 15.5 )
だけ x x x から y y y の向きへ回る(λ 0 \lambda_0 λ 0 は真空中の波長)。これが旋光性 である。
逆向き(− z -z − z 向き)に進む波では式 (15.3) の k l k_l k l の符号が変わり、ε r , x y = − i g n \varepsilon_{\mathrm r,xy}=-\mathrm{i} gn ε r , x y = − i g n になる。2つの円偏光の屈折率が入れ替わるので、偏光は進む向きから見て同じ向きに回り、実験室の座標では逆向きに回る。したがって、鏡で反射して同じ媒質を往復させると、旋光は打ち消し合って元の向きに戻る。磁場で決まる Faraday 効果では回る向きが磁場の向きで決まるので、往復で回転が2倍になる。この違いは第16章で扱う。
例題 15.1 異方的な振動子の複屈折と旋光 ★★
オリジナル ある結晶を、x x x と y y y の向きの共鳴の波長が λ x = λ y = 100 n m \lambda_x=\lambda_y=100\,\mathrm{nm} λ x = λ y = 100 nm 、z z z の向きの共鳴の波長が λ z = 105 n m \lambda_z=105\,\mathrm{nm} λ z = 105 nm の異方的な振動子の集まりとみなす。減衰と局所場は無視し、ω p 2 = N e 2 / ( ε 0 m ) \omega_{\mathrm p}^2=Ne^2/(\varepsilon_0m) ω p 2 = N e 2 / ( ε 0 m ) を ω p 2 = 1.2 ω x 2 \omega_{\mathrm p}^2=1.2\,\omega_x^2 ω p 2 = 1.2 ω x 2 とする。
(1) 波長 589 n m 589\,\mathrm{nm} 589 nm での n o = n x n_{\mathrm o}=n_x n o = n x と n e = n z n_{\mathrm e}=n_z n e = n z を求め、正の一軸性か負の一軸性かを答えよ。
(2) 波長 1064 n m 1064\,\mathrm{nm} 1064 nm での n o n_{\mathrm o} n o と n e − n o n_{\mathrm e}-n_{\mathrm o} n e − n o を求め、複屈折が長い波長で小さくなる理由を述べよ。
(3) 別の等方的な液体が g = 1.0 × 10 − 4 g=1.0\times10^{-4} g = 1.0 × 1 0 − 4 を持つ。波長 500 n m 500\,\mathrm{nm} 500 nm の直線偏光が 1 m m 1\,\mathrm{mm} 1 mm 進むと、偏光は何度回るか。
解答 (1) 主軸の向きごとに n i 2 = 1 + ω p 2 / ( ω i 2 − ω 2 ) n_i^2=1+\omega_{\mathrm p}^2/(\omega_i^2-\omega^2) n i 2 = 1 + ω p 2 / ( ω i 2 − ω 2 ) で、ω i ∝ 1 / λ i \omega_i\propto1/\lambda_i ω i ∝ 1/ λ i なので
n i 2 = 1 + 1.2 ( λ x / λ i ) 2 − ( λ x / λ ) 2 . n_i^2=1+\frac{1.2}{(\lambda_x/\lambda_i)^2-(\lambda_x/\lambda)^2}. n i 2 = 1 + ( λ x / λ i ) 2 − ( λ x / λ ) 2 1.2 .
( λ x / λ ) 2 = 0.02883 (\lambda_x/\lambda)^2=0.02883 ( λ x / λ ) 2 = 0.02883 を入れると、x x x では分母が 0.97117 0.97117 0.97117 で n o = 1.4952 n_{\mathrm o}=1.4952 n o = 1.4952 、z z z では ( λ x / λ z ) 2 = 0.90703 (\lambda_x/\lambda_z)^2=0.90703 ( λ x / λ z ) 2 = 0.90703 から分母が 0.87820 0.87820 0.87820 で n e = 1.5383 n_{\mathrm e}=1.5383 n e = 1.5383 。n e − n o = + 0.0431 > 0 n_{\mathrm e}-n_{\mathrm o}=+0.0431>0 n e − n o = + 0.0431 > 0 なので正の一軸性である。z z z の向きのばねが弱い(共鳴が低い)ので、z z z の向きの電場に対して電子が大きく動き、n z n_z n z が大きくなる。
(2) ( λ x / λ ) 2 = 0.00883 (\lambda_x/\lambda)^2=0.00883 ( λ x / λ ) 2 = 0.00883 で同じ計算をすると n o = 1.4868 n_{\mathrm o}=1.4868 n o = 1.4868 、n e = 1.5284 n_{\mathrm e}=1.5284 n e = 1.5284 、n e − n o = 0.0416 n_{\mathrm e}-n_{\mathrm o}=0.0416 n e − n o = 0.0416 。光の周波数が2つの共鳴から遠ざかると、どちらの n i 2 − 1 n_i^2-1 n i 2 − 1 も静電場の値 1.2 ( λ i / λ x ) 2 1.2(\lambda_i/\lambda_x)^2 1.2 ( λ i / λ x ) 2 に近づき、共鳴に近いほうが大きく伸びるという差が小さくなる。そのため複屈折は長い波長でわずかに小さくなり、静電場の値 2.323 − 2.2 = 0.0409 \sqrt{2.323}-\sqrt{2.2}=0.0409 2.323 − 2.2 = 0.0409 に近づく。
(3) 式 (15.5) から ϕ r o t = π × 1.0 × 10 − 4 × 10 − 3 / ( 5 × 10 − 7 ) = 0.628 r a d = 36.0 ∘ \phi_{\mathrm{rot}}=\pi\times1.0\times10^{-4}\times10^{-3}/(5\times10^{-7})=0.628\,\mathrm{rad}=36.0^\circ ϕ rot = π × 1.0 × 1 0 − 4 × 1 0 − 3 / ( 5 × 1 0 − 7 ) = 0.628 rad = 36. 0 ∘ 。g g g は分子の大きさと波長の比の桁の小さい量だが、旋光は2つの円偏光の位相差が積み重なった量なので、波長の 2000 2000 2000 倍の長さを進むと目に見える角度になる。
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