光学と量子エレクトロニクス 第10章 §10.1 ★★★ 原子の大きさと波長の間の長さで平均すると、物質の電荷は束縛電荷 −∇⋅P と分極電流 ∂tP にまとまり、物質中の Maxwell 方程式が閉じた形になる
第1章では、物質を Lorentz 振動子か2準位系に縮め、その応答を分極率 α(ω) という1つの複素数にまとめた(第1章)。第3部では、この分極率を出発点にして、物質の中を進む光の振る舞い(屈折・分散・吸収・反射・偏光・非線形な応答)を順に組み立てる。その最初の段として、この章は物質のモデルをまだ選ばない。仮定するのは、物質の応答が電場に比例し(線形)、過去の電場だけに依り(因果的)、同じ点の電場だけで決まる(局所的)ことの3つだけである。この3つから、物質中の Maxwell 方程式と、物質の光学的な性質を表す光学定数(複素屈折率 n~=n+iκ と吸収係数)が決まる。
章の型(第1章 第1章 の「章の型」)に当てはめると、取り出す場のモードは一様な媒質の中の平面波、物質のモデルは感受率 χ(ω) を持つ連続体、結合は分極 P を通した Maxwell 方程式への寄与である。10.1節で、原子の集まりを平均して巨視的な分極 P を定義し、物質中の Maxwell 方程式を書く。10.2節で、線形・因果的・局所的な応答を感受率 χ(ω) と誘電関数 εr(ω) で書き、χ(ω) が満たす3つの性質(実数性・上半面での解析性・受動性)を示す。10.3節で平面波の分散関係 k2=εrω2/c2 を出し、複素屈折率を定義する。10.4節で、物質中の Poynting の定理から吸収係数を出し、希薄な気体では吸収が1原子あたりの断面積で書けることを示す。10.5節で置いた近似と、光学定数を測る実験の量を述べ、10.6節で授業の書き方(工学の符号の流儀を含む)と対応させ、10.7節でまとめる。
モード・物質・結合の3つの選び方
この章で取り出す場のモードは、一様で無限に広い媒質の中の平面波E(r,t)=Re[E0ei(k⋅r−ωt)] である。真空の箱のモード(第1章)と違い、境界が無いので波数 k は連続に取れる。平面波は、一様な媒質の Maxwell 方程式を空間と時間の並進で対角化したときの固有モードであり、媒質が一様である限り、異なる k と ω の平面波は互いに混ざらない。第14章(第14章)で境界を入れると、境界の両側の平面波が境界条件でつながる。
物質のモデルは、この章では具体的に選ばない。物質の応答はすべて巨視的な分極 P(r,t)(単位体積あたりの電気双極子モーメント)に押し込め、P と E の関係を感受率 χ(ω) という1つの関数で書く(10.2節)。χ(ω) の中身を Lorentz 振動子で与えるのが第11章、自由電子で与えるのが第13章、2準位の原子で与えるのが第18章以降である。
結合は、分極 P が Maxwell 方程式の電荷と電流に入る形で表される。微視的には、原子の中の電子と原子核が電場で動かされ、動いた電荷が作る場がもとの場に加わる。この往復を、平均した量 P だけで閉じた方程式にするのがこの節の仕事である。
微視的な場を平均する
真空中の微視的な Maxwell 方程式は、すべての電荷(電子と原子核)の電荷密度 ρmic と電流密度 Jmic を源に持つ:
∇⋅e=ε0ρmic,∇⋅b=0,∇×e=−∂t∂b,∇×b=μ0Jmic+c21∂t∂e.(10.1)
ここで小文字の e, b は、原子の大きさ a∼10−10m の桁で激しく変わる微視的な場である。光の波長 λ は可視光で 5×10−7m の桁なので、a≪ℓ≪λ を満たす長さ ℓ を選べる。各点 r のまわりの大きさ ℓ の領域で場を平均したものを巨視的な場 E=⟨e⟩, B=⟨b⟩ と定義する(図 10.1)。平均は空間の微分と交換するので、式 (10.1) は E, B と平均した源 ⟨ρmic⟩, ⟨Jmic⟩ の間の同じ形の方程式になる。

図 10.1 巨視的な場の定義。原子の間隔 a より十分大きく、波長 λ より十分小さい長さ ℓ の領域で微視的な場と電荷を平均する。a≪ℓ≪λ が取れることが、物質を連続体として扱う前提である。
平均した電荷密度を、原子(分子)に束縛された電荷と、媒質の中を自由に動ける電荷に分ける。原子 j の重心を Rj、その原子に属する電荷 qjs の重心からの位置を sjs とし、原子が中性(∑sqjs=0)であるとする。束縛された電荷の電荷密度を sjs について Taylor 展開すると
j,s∑qjsδ(3)(r−Rj−sjs)=j∑qjtotδ(3)(r−Rj)−∇⋅j∑djδ(3)(r−Rj)+⋯,dj=s∑qjssjs(10.2)
となる。第1項は原子が中性なので 0、第2項の dj は原子 j の電気双極子モーメントで、省いた項は電気四重極以上である。これを大きさ ℓ の領域で平均すると、∑jdjδ(3)(r−Rj) の平均は単位体積あたりの双極子モーメント、つまり分極
P(r,t)=N⟨d⟩(10.3)
になる(N は原子の数密度、⟨d⟩ は領域の中の双極子の平均)。束縛された電荷の平均の密度は −∇⋅P と書け、これを束縛電荷(分極電荷)と呼ぶ。電荷の保存から、束縛電荷の時間変化には電流 ∂tP が対応する(∂t(−∇⋅P)+∇⋅∂tP=0)。これを分極電流と呼ぶ。原子の中の電荷の回転運動は磁化 M を作り、その電流は ∇×M になる。自由に動ける電荷の密度と電流を ρf, Jf と書けば
⟨ρmic⟩=ρf−∇⋅P,⟨Jmic⟩=Jf+∂t∂P+∇×M(10.4)
である。
物質中の Maxwell 方程式
式 (10.4) を平均した Maxwell 方程式に入れ、電束密度 D=ε0E+P と磁場 H=B/μ0−M を定義すると
∇⋅D=ρf,∇⋅B=0,∇×E=−∂t∂B,∇×H=Jf+∂t∂D(10.5)
を得る。これが物質中の Maxwell 方程式である。束縛電荷と分極電流は D の中に、磁化の電流は H の中に吸収された。式 (10.5) は6つの未知の場(E,B,D,H のうち独立な組)に対して方程式が足りず、P と E、M と B、Jf と E の関係(構成方程式)を与えて初めて閉じる。構成方程式が物質のモデルそのものであり、次の節でその一般的な形を述べる。
光の周波数では磁化の応答はほとんど追いつかないので、この巻では M=0(B=μ0H)と置く。この近似の根拠は 10.5節で述べる。
例題 10.1 平均の領域に入る原子の数と束縛電荷 ★★
オリジナル
- (1) 固体の原子の数密度を N=5×1028m−3 とする。波長 λ=500nm の立方体 λ3 と、その10分の1の長さ ℓ=λ/10 の立方体 ℓ3 に入る原子の数を求めよ。
- (2) 媒質の中で、分極が P=P0e−x2/w2ex の形をしている(P0>0)。束縛電荷の密度 ρb=−∇⋅P を求め、全空間で積分すると 0 になること、x>0 の側に単位面積あたり +P0、x<0 の側に −P0 の電荷があることを示せ。
- (3) (2) の分極が P=P0e−x2/w2cos(ωt)ex と振動するとき、束縛電荷と分極電流が連続の式を満たすことを確かめよ。
解答
(1) λ3=(5×10−7m)3=1.25×10−19m3 なので Nλ3=6.25×109 個、ℓ3=1.25×10−22m3 なので Nℓ3=6.25×106 個である。波長の10分の1の領域にも原子が600万個以上入るので、その中で双極子を平均した P は滑らかな量になり、しかも場は領域の中でほとんど一定とみなせる。これが a≪ℓ≪λ が可視光で取れる理由である。X線(λ∼10−10m)では ℓ が取れず、物質を連続体として扱えない。
(2) ρb=−∂x∂Px=w22P0xe−x2/w2 で、x について奇関数なので全空間の積分は 0 である。x>0 の側の積分は
∫0∞w22P0xe−x2/w2dx=P0[−e−x2/w2]0∞=P0
で、x<0 の側は −P0 である。分極の向き(+x)の先に正、根元に負の電荷がたまる。双極子を矢印で並べたとき、矢印の頭が集まる所に正の電荷が残ることの連続体での表現である。
(3) ρb=−∂xPx、分極電流は Jb=∂tPx なので∂tρb+∂xJb=−∂t∂xPx+∂x∂tPx=0。偏微分の順序を入れ替えられることだけで連続の式が成り立つので、束縛電荷と分極電流は1つの P から作る限り、電荷の保存を自動的に満たす。
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