光学と量子エレクトロニクス 第10章 §10.2 ★★★ 線形・時間並進不変・因果的・局所的な応答は1つの関数 χ(ω) で書け、χ は実数性・上半面での解析性・受動性の3つを満たす
応答関数と感受率
物質の応答に次の4つを仮定する。線形:電場を2倍にすれば分極も2倍になる。時間並進不変:物質の性質が時間によらない。因果的:時刻 t の分極は時刻 t より前の電場だけで決まる。局所的:点 r の分極は同じ点 r の電場だけで決まる。さらに媒質が等方的であるとすると(異方性は第15章)、最も一般の形は
P(r,t)=ε0∫0∞χ(τ)E(r,t−τ)dτ(10.6)
である。χ(τ) は応答関数で、時刻 0 に一瞬だけ加えた電場に対する分極の時間変化を表す。積分を τ≥0 に限ったことが因果性で、τ<0 では χ(τ)=0 と言っても同じである。電場も分極も実数の量なので、χ(τ) は実数である。
時間の Fourier 変換(記法の正本の流儀:f(t)=∫2πdωf~(ω)e−iωt)を取ると、畳み込みは積になる:
P~(r,ω)=ε0χ(ω)E~(r,ω),χ(ω)=∫0∞χ(τ)eiωτdτ.(10.7)
この χ(ω) を感受率と呼ぶ。応答関数 χ(τ) と感受率 χ(ω) は同じ字で書き、引数で区別する。角周波数 ω の単色の電場 E=Re[E0e−iωt] に対しては、式 (10.6) に入れて積分すれば
P=Re[ε0χ(ω)E0e−iωt](10.8)
となる。χ(ω) の絶対値が分極の振幅を、偏角が電場に対する分極の位相の遅れを表す。第1章の分極率 α(ω) は1原子の双極子 d=αE の係数で、原子が希薄で互いの場を感じないなら P=NαE、つまり χ(ω)=Nα(ω)/ε0 である。密な媒質で原子が感じる場が E からずれる補正(局所場)は第11章(第11章)で扱う。
感受率の3つの性質
命題 10.1(感受率の性質 ★★★)
式 (10.6) の χ(τ) が実数で、τ≥0 で積分可能なとき、感受率 χ(ω) は次の3つを満たす。
- (i) 実数性:実数の ω について χ(−ω)=χ(ω)∗。したがって Reχ は ω の偶関数、Imχ は奇関数である。
- (ii) 解析性:χ(ω) は複素数の ω に拡張でき、上半面 Imω>0 で正則である。
- (iii) 受動性:物質がエネルギーを外へ出さない(熱平衡にある)なら、ω>0 で Imχ(ω)≥0 である。
証明
(i) χ(τ) が実数なので χ(−ω)=∫0∞χ(τ)e−iωτdτ=(∫0∞χ(τ)eiωτdτ)∗。
(ii) ω=ω1+iω2(ω2>0)とすると ∣eiωτ∣=e−ω2τ≤1 が τ≥0 で成り立つので、積分 (10.7) は収束し、ω について微分しても収束する。積分範囲が τ≥0 に限られていること、つまり因果性が、上半面での収束を保証している。
(iii) 単色の電場が媒質にする仕事の時間平均を計算する。単位体積あたりの仕事率は E⋅∂tP で、複素表示の時間平均の公式 ⟨Re[Ae−iωt]Re[Be−iωt]⟩=21Re(AB∗) をA=−iωε0χE0, B=E0 に使うと
⟨E⋅∂t∂P⟩=21Re(−iωε0χ(ω))∣E0∣2=21ωε0Imχ(ω)∣E0∣2(10.9)
となる。熱平衡にある物質は、周期的な外力からエネルギーを取り出されることはない(取り出せるなら第二種の永久機関になる)ので、この量は 0 以上である。ω>0 なら Imχ≥0。
(ii) は第12章(第12章)で Kramers–Kronig の関係を出す出発点になる。Reχ と Imχ は独立でなく、一方を全周波数で知れば他方が決まる。(iii) は、反転分布を作った物質(第21章)では成り立たない。そのとき Imχ<0 になり、媒質は光を増幅する。レーザーの利得は、受動性を外部からの励起で破った状態である。
自由電荷の電流を誘電関数に入れる
金属のように自由に動ける電荷があるとき、その電流にも同じ形の線形応答を仮定し、J~f(ω)=σ(ω)E~(ω) と書く(σ(ω) は複素数の伝導度)。単色の場では Ampère–Maxwell の式の右辺は
Jf+∂t∂D → σE0−iωε0(1+χ)E0=−iωε0(1+χ(ω)+ε0ωiσ(ω))E0(10.10)
となり、伝導電流は感受率に iσ/(ε0ω) を足したのと区別がつかない。そこで束縛電荷と自由電荷をまとめた誘電関数
εr(ω)=1+χ(ω)+ε0ωiσ(ω)(10.11)
を定義し、εr=ε1+iε2 と実部と虚部に分けて書く(第12・13章とハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部第6章と同じ書き方)。ω=0 では、ある電荷を「束縛」と呼ぶか「自由」と呼ぶかは帳簿の付け方の違いにすぎない。違いが見えるのは ω→0 で、自由電荷があると ε2∝1/ω と発散する(直流の電流が流れ続ける)。以下では、自由電荷がある場合も εr(ω) に含め、ρf=0, Jf=0 と書き直した方程式を使う。命題 10.1 の3つの性質は εr−1 についても成り立つ(σ(τ) も実数で因果的なため)。ただし ω=0 の極は除く。
例題 10.2 Debye の緩和で3つの性質を確かめる ★★
オリジナル分子の永久双極子が電場の向きにそろう速さが有限で、応答関数が χ(τ)=τDχ0e−τ/τD(τ≥0、χ0>0)で与えられる媒質を考える(Debye の緩和)。
- (1) 感受率 χ(ω) を求めよ。
- (2) 命題 10.1 の (i)(ii)(iii) を確かめよ。
- (3) 時刻 0 に大きさ Es の一定の電場を入れたとき(t<0 では 0)、分極 P(t) を求めよ。
解答
(1) χ(ω)=τDχ0∫0∞e−τ/τD+iωτdτ=τDχ0⋅1/τD−iω1=1−iωτDχ0。
(2) (i) χ(−ω)=χ0/(1+iωτD)=χ(ω)∗。(ii) χ(ω) の極は 1−iωτD=0、つまり ω=−i/τD で、下半面にある。上半面では正則である。(iii) Imχ=χ0ωτD/(1+ω2τD2) は ω>0 で正。緩和の時間スケール ωτD=1 で最大になり、ω→0(双極子が追いつく)と ω→∞(全く追いつかない)では 0 に近づく。分極が電場に遅れて追いつくときにエネルギーが失われる。
(3) 式 (10.6) で E(t−τ)=Es(τ<t)、0(τ>t)なので
P(t)=ε0Es∫0tτDχ0e−τ/τDdτ=ε0χ0Es(1−e−t/τD)(t≥0)
で、t<0 では 0 である。分極は電場を入れる前には現れず(因果性)、時間 τD をかけて静的な値 ε0χ0Es=ε0χ(0)Es に近づく。極が下半面の −i/τD にあることと、時間の応答が e−t/τD で減衰することは、同じ1つの事実の2つの表現である。
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